他人の思いは一念三千里と言います。思いは怖い!

余り儲からない仕事をこなさなくてはならない。 と言ってはいけないんでしょうね。チャーハンを絵画の過程における下絵として使用するのですが、私が依頼者にこれはピラフではないのですか?と余計なことを質問したら「うるさいな!」といった顔をされた。

 

私は意外とこうしたことに拘ります。それはピラフはトルコ料理で生米、玉ねぎの微塵切りをバターで炒め肉や野菜、スープを入れて弱火でじっくり炊く、炊き込みご飯の一種である。

チャーハンをピラフの主な違いは、炊いた米を炒めるか、生米を炒めるか。仕上げまで炒めるか、仕上げは炊くかの違いと理解しているのだが、私が正しいようである。

 

チャーハンと言われたが、ピラフ風に描きました。依頼者も解ってくれたようです。

 

というのは絵画の一部とはいえ背景からはチャーハンの中華風な雰囲気ではなかったので完成品はバランスが絵になった。言い間違いということでしょう。

 

例え絵画の仕事とはいえども機略を弄するというのかその時その時に応じたはかりごとが必要なのはこの道が長いとその機略に富んでくるのである。

 

これが生き残りに向ける常に進化といえるのではないでしょうか。

 

仏壇に居煮る時間が多くなった。嫌なことを敢えて挑戦したいた年齢は過ぎ去った。

相談者の悩み相談だけで精一杯。自分のことまで踏み込むゆとりはない。

 

実は問題事項、問題の人など避けることは「念力」それ以上の”神力”という精神力。気力。 不思議な霊力を使うことです。

 

それは余りにも自分勝手、都合で神通力を利用するので普段は余り使わない。

昔、家庭教師が来ることが嫌で嫌でしょうがない時は小学生でしたが親指を立て、念をその方位に向けて”イヤッ!”と氣合いを送ります。そうすると「今日は都合が悪いので休みます」と連絡が入る。自信たっぷりにいつもしていました。

 

今やそうしたことは小学生当時から比べると神力は増しましたので簡単に問題、嫌なことは避けることが出来ます。それをやっちゃうとねー!。逃げてますよね。悪用です。

 

藁人形に杭を刺し、祈ることで人の死すら可能にします。気に食わない人、政治家、芸能人をそうしたいと思う時もありますが、それは必ずや自分に返ってきます。

 

そりゃそうですよね。そんなことが可能でしたらこの世に神も仏もありません。それが出来る私は闇の世界のサタンと同様な人間になってしまいます。私だけではなく誰でも出来るんですよ。人の思いとはそんなに怖いものなのです。

 

一念三千里と言います。思いは一気に三千里を走ります。憎い憎いと思い詰めているとその人には影響しますが、自分の身体すら蝕むことにも成ります。

 

私の相談者の中に肩懲りなど体調不良の方の恐らく六割はそうした人の思いの影響による体調不良です。それを除霊するのは困難を極めます。悪想念を抱く人から説得をしないと真の解決にはなりません。一時的に除霊しても直ぐに舞い戻ります。

 

怖い怖い!。