「でもね!婆さん」に手こずる。

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<業想念!イメージです>真ん中にいる人影は孤独な老人です。

 

習志野の叔母のところに行ってきました。

相変わらずの私が命名した「でもね婆さん」ぶりを発揮し、激しい口論になりました。

というのは叔母のケアマネさんから、叔母の「認知症の検査をしてください」というのである。

 

命名の経緯。会話中でも「でもね!」から必ず始まる。「そうね。解ったわ!」などと決して言わない。

 

それは当然と言えるのだが叔母の電話魔、直ぐに携帯電話をする。ケアマネさんへそれを依頼したのは叔母の電話攻勢、同じことを何回も言う。回数の異常に多いことから、ケアマネさんに報告をしたらしい。

 

事情があって、ケアマネさんを換えた(介護条件によって)というので、余りにも現実を知らないので「認知症の検査」の話をした。案の定、その怒りは想像通りの興奮ぶりであった。「誰が言ったか分かっている」「今から電話をする」などとその興奮ぶりは哀れな姿であった。

 

ケアマネさんに「近々叔母の所へ行きますので確認してから、考えます」と返事をしたと伝えた。私が会っていた限りではそんな様子が見られなかったので。

 

歳も歳なので急変もあり得る。案の定、会ってみると相変わらずの言動と頭の回転が速く、過ぎるくらいの様子は変わりなかったので、認知症検査は行かずに済んだ。

 

興奮している叔母に対し「私が認知症の傾向がないと判断したから、それでいいじゃないですか」と諭す。

 

相変わらずの電話攻勢は止むことはない。それで気が付いたことがある。受信者は二通りいて、一つは叔母と同じように一人住まいの老人(子供と離れ、御主人を亡くし手淋しい境遇の人)もう一つは迷惑をしている人。

一例として5~6メーターの数歩の距離のお宅に叔母の代わりに行くことになった。

 

まず「これから甥がある物を受け取りに行くから、お金は後でね」と電話、そこへ私が向かう、そうすると数歩の距離ですが、又叔母から電話が到着すると鳴っている。「今甥が伺うから」との連絡をする。想像できるでしょう。

 

そんな丁寧というのか十分に通じて、相手も解っているのにその行為は自分が納得しないと済まないのです。

 

そんなことは日常茶飯事、その迷惑されている方がたから私が間に入り緩衝材になっていることを陰で感謝されている。

 

御近所でも叔母との関係が正常な方がたに言えることは「叔母以上の人格者で充分理解に上で付き合って入れている」その他叔母からはバカ者扱い、利用するだけの人、でもお隣なので利用だけしている。そんな器用な事は私には出来ないので私の叔母への人間性、人格を責め続けるが、最近は些か疲れ気味。

 

もう89歳には諭そうとか、変わる事を望むのが無理と解っているが、そうも私の正義感が許せない。

 

足が悪いので私の腕を支えに散歩するが、御近所の方と会うと笑顔で挨拶をし私を紹介得るが(一応自慢の甥なんです)過ぎると「あの人育ちが悪い」また「あの女あの年で男狂い」「あの人気が強くて有り難うと言ったことがない」「あの人挨拶をしても無愛想で変な人」とまあまあ!よくもこれだけ人の悪口を言えるものだと関心というか、哀れで気の毒になってしまう。

 

でもこの歳でこの年代で医者を目指し、学校からも保証されたという成績を修め、父親の夭折により夢が叶わなかったことは気の毒であった。

何しろ頭の回転が凄い。

 

こうした叔母に対し行く度に大声で口論になり、翌朝には声が嗄れている。

家に帰ると疲れ切って、寝込んでしまう。叔母の業想念に私如きはまえないのですがそれでも凄いエネルギーを費やします。方角も私にとってミステリー(凶方位)なのである。今回も最悪の暗剣殺、五黄殺が付いているのだが避けいようがない。帰りは別ルートで方位除けを検討してみた。

 

 

でも叔母と看取るのは役割と自認し又来月通うことになります。

恐らく叔母を看取ったら、仕事(デザインなどは)一カ月以上空けますと失うことになるでしょう。それが人生の大きな変化(転記)の契機になるでしょね。