初心忘れべからず。

70歳を期に仕事が激減し一時が不安の念に苛(さい)なまれましたが、以前ようにとはいえませんが仕事が入るようになりました。

 

それも一番古い得意先でもある、店内装飾の大手会社からの話で美容室を5~6店舗を展開する女社長から店の改装依頼である。

 

勿論私は設計は出来ませんが、ご希望を伺ってから、イメージ画を数点提供するという仕事です。

 

この仕事は私にとって氣學を学ぶきっかけとなりました因縁の仕事といえます。

そのきっかけはイメージ画を示すと「先生!この位置に水回り、入口の方位がまずいんですよね」と言われ、それを「家相」といい、まさに青天の霹靂、予想もしなかったことに戸惑いました。

 

それからですよ。神田の本屋(占いに関する専門店)で家相という本を購入し読み漁り、その後は読書三昧の日々でした。

 

それがこれだけでは終わらないのが私。とうとう「氣學」まで行き着き、中国の文献すら読み漁るようになってこんにちに至ります。

 

それでもその頃、美容室のオーナーから私のデザインが気に入られ、この店の一切、店内改装、新店舗の展開は私が受けるようになりました。それで暖簾(のれん)分けの店などをご紹介頂いと未だに繋がっています。

 

敢えてこの話は後日談があります。

 

それは歳ですね。デザインを始めた当初に比べると大きなプロジェクトなどを手掛けるようになり「美容室の店舗デザイン?」などといった目で取り組んでいたのではないでしょうか。

 

フッと気がつけば己の「自負」が出ていた、それが交渉(打ち合わせ段階)でいみじくも(使おうとしたが、気になって意味を調べると、この場合は誤用です。でも現代では使われているので、偶然にもを「いみじくも」と使うのは誤用)本来の意味は意味は「適切に」と「非常にうまく」

 

自負を慎み、へりくだることなく自分の主張が全面に出てしまい、オーナーから「先生とも数十年お付き合いをしていますが、自信が溢れていますね」と嫌味ではなく好意的な発言がありましたが、実は反省しています。若いころの姿勢と感謝の気持ちを忘れていました。

このオーナーは女性ながら、器の大きい方でむしろ私の成長を喜んでくれるような方です。

 

自負の語源は。

自負の自は自分自身を意味します。

 

そして、負は「貝」という宝や財産という意味合いがあって「人」がその上に立つということで、何らかの財などの背後の力に頼るという語源があります。

 

そこで、自分自身に頼るという意味で自負と言うわけです。

 

言い換えれば自分に頼れるほどの能力や実績があるというわけです。(実に言葉って面白い)

 

数十年前の謙虚な姿勢、私のこんにちある氣學を学ぶきっかけとなったこと、絵画を通じて自分の感性を鋭く鍛え上げてくれた、このきっかけとなる仕事に「自負」という厄介な自我が出てしまったことを深く自省している。

 

ここで迷ったのは自省と自制の違いでした。たかが私のブログでも誤字、脱字はいつもですが、書きながら気になることがあります。上述の場合は自省でしょうね。

 

「自制」は「自分で自分の感情・欲望などを抑えること」とあります。それに対して「自省」は「自分の言動を自ら反省すること」です。

 

説明の通りですが、「自制」は感情や欲望を抑えることから、「自」分を「制」御することのことを「自制」と呼びます。「自省」は「自」分を反「省」することです。先ほどの説明では言動を反省することの説明がありましたが、言動に限らず振る舞いやあり方を反省することも「自省」と言うので、注意しましょう。

 

その氣學を基本に40数年人を占ってきました(本格的に仕事としては30年)。まさに生年月日というのはこの部分ですね。

 

「氣學」は中国5000年以上の歴史からなる学問(運命学)であり、」経験値に基づいた統計学です。

生年月日を重要視するのは、個々人の人間的特質は、私達はこの大自然の氣に触れ、母親の胎内から生まれ落ちた際に、産声を上げ初めて吸い込む人の氣によって形成される。初めて呼吸した瞬間からその性格や運命に大きな影響を与えられ、それぞれ一生を歩むといわれます。人間には様々な概念を学習や経験によって習得するのではなく、生まれた時から既に備わっているという生得説に従っています。

 

それに加え私の生まれながらの感性がより活かされるのです。

 

実はこの時期に氣學を志したきっかけを思い起こさせられたのは恐らく仕事や占いで人のことが分かってしまう。そうしたことで増長していたきらいがありました。

 

それを自省しなさいということでしょう。

でも、きっかけは本(もと)をただせば最初の奥さんも影響が大きいんです。
次元の違う世界を知るきっかけは最初の奥さんの異次元と接することが出来る能力、人知に及ばない超越的な世界が存在することを知ったからなんです。

「本(もと)をただせば」って「本」なのですね。元でも素でもなく面白い。

本(もと)を正ただ・す
物事の原因や起こりを調べてはっきりさせる。 「 - ・せば自分が悪い」
» 本
「本を正す」に関するほかの成句
元が切れる  本を正す  元も子もない  元が取れる  元はと言えば
物事の起こりや原因を調べて、はっきりさせる。「―・せばすべて自分が悪い」

辞書をひいてみました。
本=木+一⇒木を支える太い根⇒ものごとの始まり⇒根本・大本
元⇒人の頭⇒ものごとの始まり⇒元旦・元祖
つまり、下から始まるか、上から始まるかの違いだと思います。
もとをただす⇒根こそぎ正すの意味ですから、「本」が使われるのだと思います。

漢字の思い込みは、私にもありました。
探検⇒探険と思い込んでいたのです。
危険な場所に冒険にいくのですから、探険の方がふさわしいような気もしているのですが・・・。
さぐる・しらべるが探検の本来の意味なんですね。