若村麻由美 に似た女性と出会いました。陰陽師を忘れ「男」になりました。

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<健康オタクが体にいいものばかり、コンニャクの味噌煮>

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ブロッコリーが体にいいとベーコン巻を作りました>

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<大根を頂いて鶏の手羽先と圧力鍋で調理、鶏と大根はごま油で炒めてから煮込んでいます。ちょっと味が期待通りではないのが?>

 

男と女のときめきを感じられない。いきなりではあるがそんな一組の相談を受けることがある。最初から奥さんは浮気をしている。というかご主人以外の男性がいる。

 

それも今のご主人の前からの長ーい関係である。お二人を前に相談内容を告げる前に何かそうしたイメージが先行してしまった。

 

「不幸な夫婦であるな!」とご主人のお仕事の相談には思わず本気になれなかった。

奥さんばかりを見つめてしまったが、考えてみればご主人の仕事に影響が大きい存在であることからすれば見逃せない奥さんの事情である。

 

ここからは相談内容は当然だが省く、奥さんに集中する。

 

一応はご主人には仕事の相談は無難に答えておいた。

いわゆる投資である。私の余り好みではないので無難な返答で済ませた。

 

でも気になるのはこの奥さん。

何かを背負っている。でも、「奥さん!姿勢が良いですね。と声掛けをする。

 

いつも姿勢が良い。見た目もやはり品の良さに関係しているのですね。

「背筋がピンとしている人は、後ろ姿(相談から帰る姿をしっかり見ている)を見ているだけで品位を感じて憧れすら感じます」

 

品に良い人はいつも姿勢が綺麗で、動作も優雅ですね。

 

内面の美しさは外見にも表れるのでしょうか。思わず振り返ってしまうような品を兼ねた女性は、間違いなく姿勢もいいですね。

 

という訳で相談どころではない。気になる女性でした。

でもこのままでは不幸に成るばかり、御主人の仕事のアドバイスは私にとっては有益なんですが、私の世界で見る限り関わることになるのではと直感(俗に言う第六感)で頭にピンと来たがする。

 

帰り際にこの女性も感が鋭いので私の異常な振舞いで悟ったのでしょう。唇で音を発することもなく「又、一人で」とつぶやいた。

 

私の古い相談者からの紹介で私は5~6回相談を受けていたので、全てはご承知。

 

可哀想だな!「背負っている重ーい荷物が」彼女のとっては幸せに成れることをアドバイスすれば簡単です。「昔の恋人のもとに向かえばい」と言えないんです。

 

彼女は一人になるべきで、何か事業を成すべき方なのが存在理由なのです。

正直私の陰陽師という立場よりも恥ずかしながら「男」でした。

 

正しい判断だったのでしょうか。

 

皮肉にも彼女からの紹介者が次に待っていました。

それはそれは汚い言葉ですが、俗に若い女性で「小便臭い」そんな言葉が出るのは上述の彼女が余りにも「謙虚な姿勢の品の良さ」が適わぬ女はいないでしょう。

 

思わず彼女と比較して「小便臭い」と言ってしまったが、そこが転じて、まだ大人の女性としての気品など備わっていない。子供っぽい女性に対して使ったと、使うように歴史的にもなったと思って下さい。

 

「嘴(くちばし)が青い」「尻が青い(蒙古斑が消えていない)といった同じような表現があります。

 

でも別に女性だけ使うってわけはないんですよ。普通に、男性でも「小便臭いガキ」何て言うこと在ります。

 

ただまあ、若干わいせつな表現でもあるので(どうしても排泄は性器と関係して来ますので)、性的意味合いとして使われることが多くなり、女性は余りこうした「汚い」表現はしないので、男性が女性に対して使うことが多くなってのことでしょう。

 

本音を言いましょうか。「出会いがある」と上から言われていると「もしかして?」などと期待をしてしまう、私の愚かさが出ました。

 

でも私は何と物(者)を得るのに苦しみに満ち、血を吐くような思いの歴史なのです。それだけ素晴らしい人との出会いがありました。

 

そう言う意味では私の経験は滅多になく、最高の幸せかもしれません。

叔母に「文泰は幸せそうな顔をしているね」「ハット!70年が一気に!そうかもしれない」と言われて、蘇りそう思えるようになりました。

 

旅行も好し、お金も多い方が良い、でもね「人」との出会いが一番です。

 

こんな数ではなく素晴らしい人(女性)との出会いは「私は本当は最高に幸せだったのかもしれない」と思うようになりました。

 

この根底には母が私を抱くことなく夭逝した私の母性を求めるポカット欠落した心を埋めていたのでしょうね。気づくことは人(女性の姿)を思い出すと分かってきます。

 

こんな気持ちになるのも「今」だからでしょうね。