孤独を親しむというか孤独を愉しむ。後はもっと食を気遣うことでしょうか。

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<このパンを食べていると、他のパンは食べられません。だってバター、スキムミルク、牛乳、卵、砂糖、塩入り。たまにレーズン、ドライフルーツ、ベーコン、ニンジン、カボチャなど100パーセント果汁などでも)

 

私の後輩の事務所から以前関わっていた仕事が再び復活するそうで、私が手掛けていたのですが、どうも新人には手に負えないようです。私が特別な訳ではないのです。長い間関わっていただけなのです。

 

大手大手広告会社からの依頼で私の名前が担当者から出たみたいです。

事務所は新たなデザイナーを推奨したらしいのですが、どうも気に入らないらしいです。

 

そうでしょうね。はっきりは言えませんが、かなり今は話題になっているプロジェクトですから若手では総じて無理でしょうね。国、自治体が絡むと役人相手ですから、明らかになりましたら、報告します。驚きますよ。でもまだ分かりません。大きすぎる話なので競争があります。まとまるといいのですが。

 

その打ち合わせなどでこの暑さで家に籠りがちでしたが、そうもいかずジャケットでネクタイはしませんでしたが、打ち合わせに出かけました。

 

気弱になったのでもないのですが、家に籠り料理のメニューなど考えていて、それを食する楽しみというのも満更でもない。

 

孤独を親しむというか孤独を愉しむということ、自分との対話が出来るようになったことが料理を通じて又生活の変化で自分を知るという作業時間を得た。

これは結構大変でしたが思いもかけない自分の嫌な面が出てくる。そういった負の側面も受け入れて、自分を知ろうと努力しないと、自分にとって何が愉しいのか、何が嫌なのかは分かりません。

 

自分を知らないで一生を終えるのは淋しい。それを知る時間でした。

 

こうしたブログを書いている時はTVもスマホも消して、エアコンの効きを有効にとカーテンを閉め部屋を暗くしています。

そうなるとカーテンの隙間からしか時の変化を知るすべがない。光と腕時計(最近!SEIKOの機械時計、クロノグラフを携帯しているのでそれを見ながら時を知る)によって時間を知るのですが、僅かな隙間から木々の風に吹かれて揺れる姿に目を凝らし、外の多様な自然の動きも微かな変化など時の流れを感じている。

 

こんな!とりとめのないことを考えることも、心を遊ばせる、もっとも贅沢な時間です。

 

このところ思うのですが、かえって仕事が減り、健康面、暑さのせいで家に引き籠ると自分が見えてくるということと自分の顔を取り戻したという実感が湧いてくるのを感じるのです。

 

下重暁子さんの本を読む機会があった内容に。

「孤独とは本来、格好のいいものです。誰とも群れず、誰とも媚びず、自分の姿勢を貫く、すると自然と内面から品が湧き出てくる。そんな成熟した人間だけが到達できる境地なのです」。とありました。

 

その中で、「歳をとるということは、様々な経験を積み重ねて、個性的になって行くことです。最期は一番、その人らしく、個性的になって死ぬべきだと思います」

 

私自身、70歳になって、不安に陥り(今はそれほどでもなく、今回のように以前と比べれば少ないですが仕事が入るようになりました)人(子供も)に期待をしてしまいました。

期待をしてはいけない。期待というのは自分にするものです。(下重氏の言葉を引用)

 

そうだな!という言葉で何やら背筋が伸びたような張りつめた心持ち注意深くなり気持ちが高ぶっています。

 

それは。

家族であっても、夫婦はもともと赤の他人です。自分から生まれた子供であっても、やはり他人は他人。一卵性双生児だって、似ているかもしれませんが、全く違いますよね。だから初めから皆、他人だと思っていると生きやすいんです。余計な期待もしません。

 

自分のものだと思うからしんどくなったり、裏切られた気持ちになるのです。でも自分のものなんて自分一人しかいない。人間はやはり孤独な存在なのです。

 

唯一のストレス解消方のゴルフレッスンにも行き難くなりました。なかなかリセットする方法も少なくなりつつあるのですが、周りには病気を抱えている方が如何に多いか。

 

それを分析すると、殆どが運動不足といえます。私は71歳にしてはゴルフのプロから「良く、200発のボールを打っていてもスタミナが落ちませんね」と言われる。

 

疲れますが、それだけの努力を節制もしています。何しろ”食”に関してはとても気を遣います。気になるのは野菜不足は否めません。でも老人弁当で塩分と動物性たんぱく質は控えられています。それと私は果物は殆ど食べません。それも気になります。