劣等感とどう向き合うか。それで将来の差が出ます。

ゴルフに対しては一番盛んにやっていたころは一カ月に60ラウンド以上していました。それに出張先で得意先との接待ゴルフが加わりますから、相当やっていましたね。

 

私はその当時は霞ケ浦のSゴルフクラブに所属していました。研修会にも所属してハンデはシングルでしたが研修会にはハンデがプラス1とか3とかの日本のトップアマがいましたので私などは下っ端の方でした。

 

今はゴルフラッスンを兼ねストレス解消、リセットが主な目的で理想は月に1~2度ラウンドが出来れば幸せです。

腎臓結石が落ち着く前は、子供に期待しましたが自分の力で頑張ってみようかと思うようになりました。

 

それには健康ですね。幸い体力の衰えは実感しますが、それを怖れるよりも、年齢に関係なく「どんな行動の中にも、賭けの要素がある」

怖れてはいけない。決心し、行動する。それが解決の道だからである。人生の切所(道の物凄く厳しい所)をどうやって乗り切って行くのか。

 

子供を頼ったのは70歳での環境変化であった。今は自分の弱さに流されていると言わざるを得ない。

 

様々に苦悩し、如何に呻吟(しんぎん)しようとも、ある意味では贅沢なものだ思う。皆が食う為に一生懸命働いている。悩むくらいなら手を出せ、頭を使えということだ。気が付きました。

 

何故落ち込むかというと、要するに、自分のことばかり考えているからである。

 

考えたのですが、ゴルフでも何でも究めようとする。それは向上心のようでもあるが、劣等感と向上心は切り離し難く結びついているものであると気が付いたのです。

 

健全な劣等感は、成長の起爆剤になるが、どういう劣等感が健全で、どういう劣等感が不健全かという区別はないというよりもわからない。

 

「優秀な人ほど、劣等感を持つものです」と言われて救われたと思っていた。自分もなれる可能性があり、それを自覚しているからこそ劣等感を抱くのだ。ということは、やはり、劣等感は、成長していく出発点なのである。

 

<占いのお話>

独身の女性の相談者との面談出会った。

それも3~4回目一時は母親同伴であったが、最近は余りに性格が偏っているのでいいか悪いかと迷ったが、母親了解の上で相談後、食事に誘うようになった。30歳も若いですがモデルのようにスタイル、とても美人なのです。

 

でもいつも言っていることですが、結婚をしていない、していても子供がいない方はどうして青い、未熟なのでしょうか(勿論、社会的な立場は人を成長させるので、人によりますが)

 

思ったことを直ぐに口に出す。相手に気遣いがない。自分の発して言葉で相手はどう思うかの配慮、思慮、分別に欠ける。

 

私の独特な表現ですが「人として背負うべき荷物を背負っていない」いつまでも青い!

それが本人は気づいていない。そこそこの学歴も社会的立場の方でも、そういった方がいかに多いか。周りの社会が如何に寛大であるかを分かっていない。でも皆は「気の毒な!」と思っている。むしろ周りが俯瞰し、客観的にみているのである。

 

その相談者である女性を私の行きつけの居酒屋に連れて行ったのですが、仲間の連中には前もって話を通していましたが、私に対しても周りにも皆が「何であんなことを言うのだろうか」となる。悪気なないのは分かっていても気がつかない、ご本人が哀れである。

 

そんな話は幾らでもあります。最近ある席で先輩である私に対し周りの方は気がついているのですが、「悪気がないのでしょうが、何であんなことを言うのでしょうか」と社会で大人の人達は気がついている。こんな事例は幾らでもあります。

 

「悪気はないのでしょうが」という言葉は非常に相手に対し「愚か」と言っているようなもので厳しい言葉ですね。全てこれど済むんでしたら社会は成り立ちませんよ。要するに「稚拙」なのです。それで済んだ生活をしているのでそうなるのでしょう。

 

この猛暑の中、グルフレッスンに行ってきましたが、反省点ははっきりしました。