叔母の家から我が家に帰ると部屋の臭いでホッとします。

昨日、25日日曜日から西習志野の叔母のところに来ています。

一人住まいで子供がいないという(御主人は7年前に亡くなっている)孤独感から1日に数回電話が入る。

 

私が70歳を機会に世間知らずの私が社会との関わり、個人的にも機能(活動)停止状態に至り、数ヶ月は関わっている会社との関係の見直し、整理などに取り組むことにしている。

 

それで時間が出来たこと、健康面でも行動半径を広げる。社会性に欠くところがあるので(公共交通など殆ど利用機会がない)、生活パターンを変えていく、そんな考えで 身近で目の前の叔母の存在から取り組むことにした。

 

何と、都営・西馬込駅から日本橋経由、、東西線で西習志野駅から二つ目、飯山満駅(はさま・えき)と読みます。新興住宅地でマンション、主に公団住宅が相当多く立ち並び荒涼とした未開発の部分と戸建住宅を圧倒するかのように公団住宅の存在感がもの凄い迫力である。

 

足の悪い叔母が気遣って夕食の食材を一緒に買い物をする。そして地元のレストランで昼食をする。日曜日なので家族連れが多いと思っていたがそうでもない。何か若い家族、カップルが地域の新興地独特の寂寞感と質素で節約ムーが漂っている。

 

場所柄と人種であろう(嫌な言い方ですが)。スーパーや肉屋さんなどの買い物行動が何か違うのである。そうした行動バターンは見つめ、分析をするのも万が一近くに住むことになるかも知れないという見方からです。

 

叔母と数日間を過ごし、今まで知らなかった川嶋家の事、過去を知ったからと言っても今更ではあるが、親、兄弟、親戚などの見方が変わったのは明らかである。

 

今後の叔母の財産(不動産)弁護士など諸費用の処理、後見人として受けるか否かどちらにしても私のか係りは叔母からも期待されている。(これが社会との関わり)

 

そんな相談をするのが今回の出向いた目的もある。

 

やりかけの仕事が残っているので、叔母からは帰ることを止められたが些かどことろか大変疲れた。親、兄弟、親戚などの話しが疲れる。殆どが悪口で過去の話を蒸し返してもどうしようもない。毎晩そんな話ばかりで疲れました。

 

88歳、やはり恨みが強い、執着があるんでしょうね。私はそう考えると欲がないというか鈍感でお目出度いなと思います。私もありますがもう!時間が相当経過しているので「どうでもいい」。

 

狭い部屋ですが帰ると部屋臭いでホッとします。でも目まいがしました。疲れから疲れました。 人の思いとは凄いものですね。

健康で生きていけるのが一番ですね。