勝手な批判を言っていた人は何処に?明日は介護。

敢えて黙っていたのだが、それは心の中ではにんまり!密かにほくそ笑むでいる。

 

あれだけ騒いだ小池百合子氏、都知事選挙の時から私は「生理的に合わない。全ての所作が気持ちが悪い」と言い続けていた。その姿勢は皆さんから総攻撃を受けました。 「都政改革をしている。自らも報酬も減額したり、政策を実行しているではないか」と前妻などは小池教の信者のようであった。周りにも支持者は実に多かった。

 

それも至って常識的な人々(知性の人)も街頭演説をわざわざ聞きに行っている。そんな人々からの支持であれだけの勝利を得た。

 

彼女は一言でいえば”したたかな人”。いつも自分のステップアップを考えている。その為に権力者と組む。どうしたら自分の存在価値を世の中に認めさせるかを常に考えて行動している。でもとてもあからさまだから、かえって嫌味に感じられない(笑)計算というよりも天性なんです。政策じゃなく、政治家をやりたいのである。

 

ましてや再来年20年オリンピックの年は小池氏は私の言う衰運期に入る(俗にいう天中殺、大殺界)「これでもか!」という感じで責められますね。以前占った時に言いましたが彼女は面白い星を持っています「災厄を免れる」という幸運の星も持っていますのでしぶといですよ。

 

普通であればここまで支持率を失います。まず、今後(亥、子、丑)戌の今年から現象が現われます。3年は冬の時代でしょう。

 

小池氏は「政治的コミュネーションの天才」ですから、騙される人(民進党すら騙したのですよ)はいるでしょう。まだそれなりの支持率を保ってますから。でも「政治の天才」ではありませんでした。

脚光を浴びても政策がついてこない。ですからプレゼンテーションの新鮮さはあってもコンテンツがない。この手法は続かなかった。都政の失速、国政へのあの悲惨な姿を見れば今後が分かります。

 

18年は金神(こんじん)が在位し、あらゆることが凶とされ、特に土を動かしたり造作・修理・移転・旅行などが忌まれる。 この方位を犯すと家族7人に死が及び、家族が7人いない時は隣の家の者まで殺される(これを七殺(ななさつ)という)と言われて恐れられた。とは方位の1つである。 金神の在する方位に対してはされ、特に土を動かしたり造作・修理・移転・旅行などが忌まれる。 この方位を犯すと家族7人に死が及び、家族が7人いない時は隣の家の者まで殺される(これを七殺(ななさつ)という)と言われて恐れられた。

 

それだけ影響の多い(七殺=民進党、希望の党を見れば解かるでしょう)。とんでもない人ですね。許せない!野党もバカですが。

 

一日も早く退陣し選挙のやり直しをしては如何でしょうか。人材がいないですが探してみます。

 

 

因みに2月は「破れ」がついていますので豊洲、築地など政策面でもことごとくまとまらないでしょうね。今日、今後の姿が物語っていますね。

 

今、私を散々攻撃した人々は何処へ行ったのでしょうか。相談を受け、私が大反対した女性区議会議員など都民ファから都政へ今は惨めなもんです。

 

 

プロゴルファーの松山英樹である。

2018年を占ったのですが、ゴルフ仲間、先輩が2018年はきっとメジャーを取る!と言いきっている方がとても多かった。

 

私だけが18年は17年後半から調子を落としている。18年が最悪、その通りに指を痛めて試合途中棄権をしている。もしかしたら選手生命すら危うい。 18年2月(新年)は歳破といって人生上のあらゆる事が破られる方災である。

歳破または月破(2月も破れが在位)の方位に引越(移転)・旅行等をすると、他動的・突発的に人生上のあらゆる内部的もしくは内面的な事が破られやすくなり、人生計画に大きな狂いを生じることが特徴である。

ただし、表面化することは少ない。 例えば、突然の病気や怪我(指を怪我しましたね!)、人の妨害などにより、人生が挫折する破目になる。 また、私生活に関する人間関係、仕事、家族、健康、恋愛など全般的に争い事が多くなり、 破れをきたす。 思う事・考える事の全てが、うまくいかなくなってくる大凶方である。 人生を木に例えると「歳破は幹を枯らし、月破は枝を枯らす」との例えがある。

 

こうした私の占いが当たっているので小池氏事を全く言わなくなった。と同じでゴルフ仲間、先輩は全く松山のことは言わなくなった。

 

今晩は床につく前にはワイン(歳暮に頂いたもの)を良く飲んだ。それから本も読んでいた。小さいソファーに並べられていたが、いつもニ、三冊は横にして狭いスペースに入れる。だらしがなくて、きちんと元の場所へ並べる気がしなかった。

 

人に対してきちっと、ちゃんと回答しているのも疲れるとこうした単純な気抜き、だらしなさを敢えてする。

 

明日土曜日(翌、日曜日も)は知的障がい者のお世話に行く。待っているので行かざるを得ない。

辛いけどそれが自分の人生の救いになっている。贖罪というのであろうか。

 

朝、四時ころ覚醒し、ウトウト、寒さと闘い勢いをつけておき上がる。 寒風、朝風を受けながら銀輪で向かう。これが又爽快なんです。

 

寒いのに玄関ドアーから顔を出して待っている。手を上げて挨拶。

「寒いね」と言いながらもご本人はNHKの練ドラを見入っている。

 

洗面、口腔ケア。服薬確認。

 

早速風呂の準備。

 

血圧測定、服薬確認、更衣(着換え)の補助、入浴(足を延ばせないので背中が出る。背中にお湯を20回以上かける。赤くなるまで)全身清拭、洗髪。

 

御自分で完全に体を拭きとれないので補助。

 

食事の前に栄養補助飲料、ヨーグルトを準備。

 

食事の準備。食器洗い。

 

清掃(床、台所回り、トイレ、浴室)

 

足白癬(水虫)の薬の塗布。

 

 事務処理、お話し相手。

 

ガス、電気、換気扇の確認。

 

それで帰ります。 何故細かく作業内容を示したかというと(最近ある覚悟があるんです。そして言葉の痕跡を残したいという)終わった後、銀輪で帰宅する時の達成感、爽快感は何ともいえないものがあるんです。

 

介護は奉仕の精神が無ければ絶対に出来ません。お金が頭に浮かびとバカバカしくなります。

 

この方は言葉にならず、会話が成立しません。13年も関わりますと、私は今や通訳です。 スーパー、薬局、御近所など、散歩などに同行しますと忙しいです。

 

これはケアマネ、後見人の方から、勿論ご本人にも気に入られているので13年間も続きました。これがいつかトは言えないが最後の介護の関わりであるだろうと日々、そんな思いでいます。