店も人も若いというのは可能性があります。

いま、「こんなところにCafé」から帰ってきました。

行く時には雨ふりが不安で一応、ビニール傘持参してアクセスが悪いのでいつも自転車で向かっている。

 

やはりは帰りは雨降りでした。傘を自転車を支えながら徒歩で帰宅しました。大森から自宅へ徒歩で30分よりは短いかもしれない。ただ寺町なので周囲は真っ暗で怖いわけではないが大森から帰っていた時に比べると商店街をあると無いとは大違い。

 

今晩もイタリア製の白ワインを一本頂きました。徐々に私のような食べに行く人にとっては有難いボリュームのある料理が増えて来た。

 

パンケーキ(これが正しい表現か、正確に聞いてきます)はこの店の売り!それも幾種類か、それを境内で鍼灸をしている長男が作るというのが又この店ならではである。

 

実は私が今晩、気がついたのは超常連の30代後半の方ですが、私から見てこうして店の方も私に接してくれたら(フレンドリー)いいな!と憧れている。 そこまでとは言わないが人との交わり、関わりというのは実に面白い。でもほんの瞬間、頭をコツンと「あなたはあなたですよ」と言われたような。

 

そうなると肩に荷が軽くなったというか、構えていた(自覚はないが)のが吹っ切れたので目線や言動が素直に穏やかになりました。

 

ですから思うのですが、相手がどうこうではないんです。自分が心を開いてないからこそがそのあらゆる障害、違和感は自身で作っているのです。

 

問題は自分自身です。

 

此処で思うのですが私の相談者の中に数人の方が上述のケースがいかに多いか。

私は行動的というか「火の玉」となっていったがいいでしょう。それがらしさと思うのですが、穏やかと言うのは難しいです。

 

私は忙しさ故に家族や世間に言い訳をしてきました。それは余りにも失うものが多く、人としてはズレていました。

 

又「こんなところにCafé」へ行ってきました。今晩は「いつもよりお高いですがフランスのワインです」と薦めるがままに、流石に香りはフルーティで素直で美味しい。

 

今晩は一本はキツイ、マスターとママに助けてもらいました。それとグラタンとサラダに対して希望を言ってしまいました。

 

気分良い店は「驕り」がない。謙虚で前向きで他人様には立ち入らない。これ以上はという分別がある。思わず「けっして客に媚びる必要はない。このままでいて下さい」と言っておきました。

私は客としてはお金を落とす方でしょう。帰る時もお二人で見送ってくれるが「寒いからいいですよ」と言うのだが父親でもある和尚さんまでもが「いつも有り難うございます」と言ってくれる。 私はこんなお店が新鮮でどのように発展していくのかが期待したい。

 

歴史、古さが店の雰囲気の味となればいいのだが、料理の味も人間関係がその店の姿を築く。

味と接客(人間関係)結局はバランスの良い、己をわきまえるのが大切ですね。姿勢ですね。信念(敢えて言えば改革という勇気です)ですと。若いっていいですね。現状に拘り変革を恐れるこれが問題です。

 

人としても当てはまります。