暫くぶりに講演(座談)をする。

私の京都の叔母の入院と千葉習志野の叔母の体調不良、それと同時くらいの衆議院議員選挙ととても忙しかったので中断をしていた宗教団体青年部の講演依頼があった。

 

今回勘弁していただいたのはテーマがまだ準備不足で決まっていない。それを理由に時間をもらった。

しかし青年部が「30人くらいの参加者ですが、是非先生との座談会もいいのでは。希望者も多いので」と言って来た。

それもいいかなと思い受けることにした。それは実に何が出るか分からないという面白い2時間であった。

 

私の陰陽師としてが一番興味があるようでそれに最初は集中したが、幹部の方一人を例にして生年月日からその方を占う手順と、私がいつも強調する下記の言葉を添えた。

 

氣學とは「人間諸般の運勢と大気(大自然)とは密接な関わりを持つ」との考えに根を置き大気には、人がこの世に生を受けてから常に影響を受け続ける。

目に見えない時々刻々と変化する「氣」(エネルギー)が存在すると考え、その「氣」の種類・性質を探求することによって、人々の幸福に役立てようとする思想であり、その具体的手段としての占術であるといえます。

「氣學」は中国5000年以上の歴史からなる学問(運命学)であり、」経験値に基づいた統計学です。

生年月日を重要視するのは、私達はこの大自然の氣に触れ、生まれ出て後、産声を上げ呼吸をし始めた瞬間からその性格や運命に大きな影響を与えられそれぞれ一生を歩むといわれます。人間には様々な概念を学習や経験によって習得するのではなく、生まれた時から既に備わっているという生得説に従っています。

 

幹部の方を占うと、皆さん驚きを持って座談の半分以上はこの内容であった。

 

そして今回の衆議院選挙の与党側から受けた相談内容の話しが面白く捉えられた。私が最初から小池都知事に対し批判的であったことは証明されたこと。

実例を語ると笑いの渦で小池劇場はこうしたところぐらいは成功裡といえますね。だって「排除」してよかったんですよ。出なければ希望の党民進党の名が変わっただけになっていた。その方が最悪で小池氏は再起は絶望。でもナミの人間ではないですから。

 

又言いますが「大嫌い!気持ち悪い。何の力もないのに」。というと大笑い!

 

「先生は今衆議院選挙後の世界情勢(日本の行く末)をどう思われますか」という質問に即答えたのは「日本の最大の脅威は少子化です」というと皆さんキョトンとした顔をされているのが面白かった。

 

少子化対策こそ、今後国として勝利の道に繋がる(雑誌の言葉を引用する)

スウェーデン、フランス、イスラエル少子化対策の先進国です。

 

後は「強いていえば加えれば」「北朝鮮問題ですね」。

質問は冷戦時代には米ソが核戦争の危機があっても抑止(抑制)が効きましたよね。中国の習近平が外交音痴なだけでバカではありません。またイスラエル、インド、パキスタン三国は核保有を決して口にしない。

 

金正恩はあのヘヤ―スタイルですからね。何をするのか分からない気の小さい男ですから恐い!

 

私は北朝鮮空爆。第三次世界大戦は?答えると非難の的になりますから止め時ます。 人間は愚かですからね。日本から救世主でも出ない限りは救えないでしょうね。

 

日本は世界(地球大で考えると)のヘソです。中心です。米国トランプではなく、日本次第ということです。

 

話が北朝鮮ということになると面白くないですね。

宗教法人の座談に戻ります。30人の講演という堅苦しさがないのでとても楽しいのだが、参加者にこんなことを言われた。

 

「先生の発する言葉に古い(今があまり使われていない)言葉がよく出ますが」と言われた。

「例えば何ですか?」と尋ねると「必定(ひつじょう)」だという。そうかな?と思いながら「恐らく私は時代劇が好きだがら何気なく使っているのでしょうね。そんなに頻繁にですか?」と聞き直す。

 

それと「後生だから」という言葉という。

こんな言葉が印象に残っているのはただ!珍しいのと滅多に使わないから印象が強かったのだと思う。自分ではそんなに頻繁にとは思っていない。

「必定」は辞書でも

ひつ‐じょう〔‐ヂヤウ〕【必定】[名・形動]

そうなると決まっていること。必ずそうなると判断されること。また、そのさま。「このままいくと、失敗は必定だ」とある。その通りですがつかっているかな?

 

「後生(ごしょう)」は。

実はこれ、「後生一生」などという慣用句の省略形と考えられます。

 

後生一生の願い、というと、死ぬまでの一生と、さらに死んだ後生まれ変わった後の一生も含めて、たった一度のお願い、という意味で「それほど滅多にないお願い事」という意味なんですね。

 

で、この「後生(一生の願い)だから助けてください」の( )部分が消えてしまった形だと思います。とあります。

 

現代では「後生だから」という定型で「これひとつだけでいいから叶えて欲しい願い」を指す表現として定着しています。

 

まあつまり、省略されてしまうほどよく使われる言葉だったのでしょうし、よく使う=じゃあ滅多にないお願いじゃないんじゃないか、という別の突っ込みができるわけですが(笑)。

 

人前で語るということはこんな些細な事、細かいことに拘るのですね。もしかしたら格好つけて使っていたのかな。そんな性癖があるから。