障がい者のイベントに参加(介助)、気持ちは清らかに。

昨晩は「こんなところにCafé」に吉方取りに行ってきました。 吉方とは行くたびに納得をしてしまうのですが、店が始めたばかりな割には混雑をしていました。 吉方とは人(客)も勿論「食」も何もかもが素晴らしい。いい方との出会い。食も開店当初に比べると工夫があるので美味しい。

今は金、土曜日しか夜がやっていないので、それも20時30分までなのです。 養源寺と墓場の間の闇間に存在するので奇異でむしろ 面妖、怪しいとさえ思うのである。

 

しかし違って来た。不思議なパワーを感じるようになったのである。それは寺の住職が何ともいえない穏やかであり、坊主というよりも不思議な言い方であるが普通の人なのである。この方の力が大きいのでは。

 

店の隣の裏から本門寺の五重塔に繋がる石段で首つり自殺があったくらいなのだがその思い(意識)がまるで感じていなかった。

 

幼い頃そこを通るだけで恐ろしさを感じたのです、石段の人間の足で蹴上げが、いくつもの水平な段(踏みづら)が異様な寒気すら感じたものでした。雅語では、きざはし(階)と言うところに汚らしい雑草が茂っているのだが、今は全く開放感が漂う。

 

否、違う!今こうしてこの文章を書いていても私の手や右足に何かが憑依している。不快ではないが恐らく女性であろう。この迷霊はこのCaféが出来たことを喜んでいるのかもしれない。憑依は私の場合は痺(しび)れや痒(かゆ)み賭して現われる。 今は顔にもピリピリと軽く痙攣(けいれん)する。今また手にも痺れが。何かを訴えているのでしょうね。存在を分かってくれたのを喜んでいるのかもしれない。 何だか肩まで重くなって来た。「存在を分かってくれた!」と言いたいのでしょう。

 

そんなお店でも何となく不思議なパワーがある。 何なんだろうと考えているよりもそれを知らせたい人が数人いる。

 

今朝は知的障害者のお婆さんが通う施設の年一回のイベントがある。それに私が十年間という何回だったでしょうか。障害者の中で普通の方が体験したことのない光景の中で介護(付添い)をしている。

 

39回というのですが区議、都議、衆議院議員、これだけでも20人以上。その他に施設に関わる方々と福祉関係の方々、それぞれの挨拶で寒空の中で挨拶が始まる。

 

その他、催しものが盛りだくさん。でもそのお婆さんは寒さに耐え切れず、早めの昼食を施設内で昼食にして頂く。

 

実は私としてはそのイベント内での出店が面白い。10年での結論としては唐揚げは特別の美味しい。

後は自家製のパン、これは数点購入した。

 

そこで障害者ですがその光景は異常です。(それは我々から見たらですが)

ぴょんと跳ね回る人。大田区長の挨拶中でも目の前をぴょんぴょん跳ね回る。

 

大声を出す人不思議な行動をします。それに仕事とはいえ対応する施設のスタッフの眼の輝きが澄んでとても綺麗。身を捨てて食事中でもそれを中断して対応する。

 

こんな方々と一緒に又その環境にいる自分はきっと精神を清められていると思う。

こんな障がい者、そのスタッフとボランティアでイベントに協力をしている男性も女性も何と飾り気がないがシンプルで美しい。化粧気のない女性で決して派手ではないむしろ地味な服を着ているが美しい。目だろうな!輝いている。

 

そんな気持ちが洗われて気分が良いままの上述の「こんなところにCafé」へ。