入院から戻ると人の思いがわかります。自分自身の他人の評価もわかります。

今日入院から自宅に帰ってきました。

秘書(本人が言っています)の新潟に一番弟子が帰ってしまいましたが、総菜など買いそろえて行ってくれました。

そんな時、本当に思ってくれる人が分かりますね。Y一家もそうですがこの家族は偽装家族で私の錯覚の世界で娘の家族と思い込んでいます。この娘とはMちゃんで実の娘以上に愛しています。 旦那は婿になりますが、気に入りません。だって子供を3人娘の産ませたんですよ。許せません。そんな娘Mちゃんが私の入院を心配して食事に誘われましたが、私はMちゃんを独り占めしたいんです。旦那はそれなりに生活の基盤ですから応援しています。

 

でも情としてはMちゃんと孫3人です。

折角の誘いには薬が効いていてだるく、頭も胸も重く断りました。それよりもMちゃんと二人で食事の方が恢復すると言いました。

 

旦那にそう伝えてくれるそうで、楽しみになりました。

 

そう!もう一人Sちゃんという、それも偽装な娘で私はバカですね。ネットで写真を見せて「娘です」と自慢しているんです。

こんな心理状態って何なのでしょうね。

 

でも自分の娘以上に可愛いんです。B店でイタリアから帰って来たSちゃんに思わずほっぺたを両手で愛情表現しました。会える分かっていたのでやっぱりそうでした。

 

私の娘に対する気持、憧れは勿論「見た目」それとバカは嫌です。

会話など、女性には適切な表現ではないかもしれませんが、人として「剛毅木訥仁に近し」意味は「意思が強く強固で、素朴で口数が少ない人物が、道徳の理想である仁に最も近い者であるということ。意志がしっかりしていて,飾りけがないのは道徳の理想である仁に近い」

 

大袈裟な表現かもしれませんが私は男女問わずそれが基準です。

 

二人の名を連ねるのは失礼ですが、私はこの二人はなかなかの人物と思っています。

 

ただSちゃんは「選択」の間違い、自分の価値が自己評価の誤り、そんな、こんなもんじゃないのに。というのが胸の中の光をわからない。非凡なのに平凡に生きている。つまらないと思うのです。

 

二人の大好きな女性を語りましたが、それに比べると男はつまらない人が多い。

自分も含めてですが、Mちゃんは女性でありながら精神構造は「男」Sちゃんは非凡なのに平凡の歩みをする。 私は会社の経営者の単純な基準、評価は「即対応」する。それなんです。どんなに忙しくても対応の遅さは悪さにつながります。

そんな会社の経営者は絶対に経営能力がないと断定します。間違いありません。

 

私の周りに成功された方にそうした方は一切存在しません。

これは会社でも個人でも共通しています。個人的にも幸せは一瞬でそれに対して結果ははっきり出ますね。

 

それと対応は根底には愛情(想いやり、感謝、忖度)の欠如で大切な人には即反応します。それだけの幸せしか掴めません。幾らでも事例があります。そんなもんです人生は。

 

入院明けは忙しい、キャンセルした件での対応です。

今晩はMちゃんからの誘いでしたが、19時ころ些か体のだるさが取れたのでお腹が空いて鶴亀に行った。

 

何とも味が濃い。素人だね。 濃い味より薄味の方が絶妙な気遣いが必要、センスがないが仕方ない。又探すか。 と言うのは池上の「ゴンジャ」の帰り、新しい面白いお店を発見、それがお寺の隣、墓場の隣という立地条件。

 

恐らくお寺の関係者の方の経営だろうが、面白い。暗闇の中に忽然と光輝いて存在するという店である。実の面白い。夜は金・土曜日しかやっていないそうで、自宅からより近いので行くつもりである。

 

最近面白い現象がある。

それは大森に行かなくなってお金が財布に残るのが多い。それだけ使わなくなったのでしょうね。行く店は安いんでしょうね。驚きです。安いなりですが。