気分のまま書いた文章です。誤字、脱字があるでしょうが御勘弁。

今回の講演は特にテーマもなく、困りました。それは門徒の青年部でも中小若手経営者の方々が多いのです。

何かその宗教法人が夏休みに合宿をするそうで其の方々が集まっての講演依頼です。以前から「面白い先生がいるよ」と評判が先行し実力が伴わない講演というより座談が面白いんでしょうか。

 

それは合宿の舎監(しゃかん)からのお話らしい。

 

そんなテーマに迷っていてもと、気分転換に大森でも出かけるかと、台風が近づいていると言うので近所で済ますことにした。 鮨屋?今一でね。そうだ!と思い出した居酒屋があった。「鶴亀」と言うのですが料理に工夫があり、種類も多く楽しめると思って行ってみた。 今月はお盆休み明けは何処もヒマ、お盆でお金を使ったので皆さんが控えている。でも九月一日なのでと期待したが、この鶴亀もヒマであった。(ゴルフ場も)

30年前に頻繁に通ったがそんな思い出話しで終わってしまった。 客が居ても結局大きな面(つら)をすることになってしまう。店主もそう扱ってくれるのでそうなってしまうのだが、懐かしくお腹一杯食べて帰って来た。

 

そう考えるとE店はやはりプロの味でしたね。息子さんの代になったら復活しようと思っていますが、マスターとの相性も良かったのでいい思い出ですね。

 

敢えてここでE店が話に上ったのは「味」です。食べることは大好き、贅沢三昧さんざ美味しいものと食べてきました。値段とのバランスでいえばE店はいい思い出です。復活の時期は、それまで私が生きている(元気)かの問題もありますが。

 

いろいろ行きましたが和食という点での話ですが、和食ではE店があらゆる面で一番ですね。ただ食べるところですから不愉快な思いが折角の「味」が、というよりもイライラで胃が硬直して不健康です。

 

敢えてこうして公開したのは皆さんからE店にぷっつり行かなくなった理由を訊ねられます。今までは私の信条としては決して理由を言わない。

たかが私だけの問題です。「美味しく食べれなくなった」と言う理由だけは言っています。 美味しく食べれる人はそれでいいんです。それだけです。

 

このことを講演のテーマでどう表現するかを今検討しています。

 

実はこの時点で既に講演をしています。これが「諦め」「諦観」ということでE店のことを経験をお話ししています。

 

これが大好評!人と人の夫婦、恋人、兄弟、親子等そういう意味も含めて「諦め」「諦」を掘り下げてみました。「諦めは必要なのでしょうか」「諦めはどうしようもないことでしょうか」

 

私は直ぐに人を切り捨てます。親族は難しいでしょうね。私はいいことも悪いこともありました。長い目ではいいことの方が多かったですね。

 

私は夫婦でも切る捨ては即座にしました。果たして?邪魔なのは「情に流される」ことでしょうね。

 

面白い話ですが前妻が出入りしています。話の中で私に指輪を買ってもらっていない!と唐突に行ってきました。今更と思いましたが、そうだったなと思いつつも私の知り合いの方にお願いをしてアメリカのブラント高級品を照会して頂きました。

 

自分でも人が良いなと思いつつも慰謝料は別に男として幸せにしてあげられなたったことがダイヤの指輪で済むのならという気持ちがありました。 でも結局はと止めました。 と言うのは「愛」を測ってみたのです。それでその時間経過で結論を出しました。その時間がとても貴重な経過でした。そんな基準ではどうかという考えもあるでしょうが時間というのは私たちの基準であるのです。それしか測ることがありませんから。

 

また良い出会いがあるでしょう。70歳でも。実いるんです。いい人が、でも70歳の私にはやはり歳の差があり過ぎます。それでも40代後半ですが、お嬢様で独身です。