これからの生き方スタイルの一つ。

今までブログでも公表したことが無いのですが。週ニ回美大の受験生の為のデッサンの先生をしています。これは私の美大の教授からの依頼で高校生を預かっています。 そんな受験生も既に二人づつ6年ということは10人以上と言うことになりますね。

私の生徒には殆ど東京芸大の合格しています。それは私が叶わなかったことを彼らの期待しての気持ちはとても強いと思います。 私の時代は戦後のベビーブームで中学などは16クラス、私は最後のP組でした。受験戦争という表現がありました。 当時の美校は合格の為の型というものがあったようで、私の描くものは、当初からそういう鋳型にはまるようなものではなかったのが叶えなかった理由でしょう。学力もとても厳しかったのだが。

 

何故公開したかというと今回あずかった受験生女性二人は今までは最悪、M,T美大も到底無理でしょうね。親にはそのことは伝えていますが、学力の方は私の立ち入れないところですからね。

 

私の考えはさ絵画(デッサン)とはいえ絵画というのは物を説明する物ではなく、本質というか、芯のようなものをえぐり出すものだということを考えると芸大向きではないとはっきり言っています。

 

この受験生の生徒のご両親も私の絵画の世界での実績と現在を教授から聞いているようで、占いの世界も興味を持たれているようです。レッスンが終わると夕食を頂くのですが、その時は殆どが占いの世界の話になってしまいます。(二人は交代で家を訪れてます)

 

お一人は娘さんのことよりも御主人の会社のことが中心となります。それで方位についてとても興味をもたれて、吉凶の意味と吉の方位に向かい良い磁場からエネルギーを得るという「吉方取り」を熱心に訊ねてきます。

 

簡単に説明をするのがなかなか難しいのですが「地球には磁場という物が世界中に強弱はありますが存在する」磁石はプラス・マイナス次第で磁力のように、互いにはねのけたり(凶)、吸着したりします(吉)。それが吉ですと良い磁場(エネルギー)を得、凶は悪いエネルギーを受けてしまうのです。そのことによって不思議な音や光を発したりもします。

 

と説明をしましたがとても興味を持たれています。

 

才能というのは絵画の世界では描写の素晴らしさと、卑しさ、三パーセントばかりの卑しさが混入させることは大きい効果が得られるようだが、この段階では個性というのがたかがデッサンといえども滲み出るものである。

 

教える楽しさはそれを感じ見出すことであるが、今のところ無我夢中で描いていると言ったところである。

 

モナリザの微笑を加える作者のサービスとは言いませんが、そろそろそんな物が滲み出てくれないといけない時期なのである。

 

それが出て受験用の指導になるのである。それも天分といえるのです。

絵を描くというのは、頭から個性の表現なのである。

 

ただお一人には学力は見当がつかないが絵にも個性が出始めている。私は女性としては好きなタイプ。青年としか言いようがないほど表情も心もみずみずしく、少なくとも、人の世にまみれた濁りと猛々しさがなかった。

 

私が最も好むのは、愛を込めていえば精神の配線がどこか他の人と違っているのである。天然というのではない。日本人離れした風貌も異彩であった。

 

私は受験生というよりも女性としてニコニコしてしまう。私の周りにこういう女性が多い。

美大などどうでもいいのではないか。何て考えています。