早世した友人、何か削がれた気分。明るい気分は衰退期明けの方々。

中学の同窓生で飲み仲間、五人のうち二人が亡くなっている。二人とも早世するとは信じ難いのである。

 

以前その一人についてはお話ししているのだが、通夜、葬儀の連絡が来るはまで全くその気配はなかったのが驚きである。

 

六十代後半でしょう。早いな!まるで地を蹴って昇天したような彼らを惜しみます。彼らの影響(存在)は私にとって大きいのである。呑みながらも口論になること度々であったが底には血を越えた愛情があった。

 

ただ言えるのは彼らが残した精神のリズムを忘れずに生きていくしかない。

先月亡くなったS君は私がいつも攻撃対象で彼の一顰一笑(いっぴんいっしょう)は私にとっては自分を振り返ることになっていた。

 

彼はいつ爆発するか分からない物の傍にいるという、彼の内圧の高い精神にとっては、むしろ慰めになったのかもしれません。(奥様が「主人は言いかたが時々ヤクザになる」と言って笑っていました)

 

寂しさの一つはそうした人柄、精神の潤いを感じるのが批判的でありながら欠かさず私のブログを見てくれていて、そのことは全く触れず、会話にそれを知ることの内容が含まれる。

 

この世におられる、おられないというのは仮のことであった、「空」という絶対の場では、私どもと同じ場所にいて、何の違いもないということです。

ただ一つ、会えない、という小さなことこればかりは、どうするわけにも参りませぬ。

 

一方占いの世界では、この頃はうれしいことが重なる。 俗にいわれている大殺界、天中殺、私は衰運期と言っていますがそれが一気に数人と数家族にと言えるくらい明ける方がいることです。

 

私の指導がその殆ど個人にも、御家族にも大きな影響と与え、実は今年から来年にかけて衰運期の明けることで私を信じてこれまで冬に時代を耐え、家族と協力してくれていたことを不安が無いとはいえない。情も絡み、自信があっても私の心の中では重ったるい気分がわがもの顔に振る舞いのさばる。

 

気になるのはEさんです。今が海外で勉強中ですが、娘以上に愛情が深くなり、つい期待が大きいので厳しい言葉になってしまいます。 このEさんが不思議で光るものが沢山持っているのに、極私的に表現すると日本にいると光が弱くなり、普通、ごく普通になってしまうんです。平凡になってしまうんです。

 

私は日本では取り巻きが良くないと思うのですが、指導者も含めて女性の友人には良い方が何人かいるんですが、上司、指導者も含めて男性は恵まれませんね。 私は海外がEさんの光り輝く場所ではないかと言っています。

 

因みに私も高校時代に海外志向でした。が好きな人がました。こんな若いのに結婚したかったのがその方向性を絶えてしまいました。

 

実は占い的にはスペイン、北欧が将来が輝ける場所でした。それで夢が叶えられなかったのです。それで一生が終わりましたね。今が空しいと言いきれませんが。楽しいこともあります。

 

今は占いが生き甲斐(残りの人生の役割)になっています。それと趣味はゴルフですか。

ゴルフは凄く良くなっていますよ。週ニ回のレッスン、家ではパットの練習を欠かさず(ラウンド中最も多くがパットなのに意外と練習しない人が多い)やっています。

 

目覚めたんです。それは明かしませんが全く今までのゴルフとは逆で近代ゴルフの左主導、腰をきる等とは全く逆。手打ち、身体を意識して使いません(結果、使っているんですが) それが距離がのびているんです。トップが静かになり(いまだ、課題は力みですが)後はラウンド数(経験)だけです。特にパターは場数ですね。

 

今月のラウンドレッスンで長太郎CCが楽しみです。