女系であり、累代重恩(ちょうおん)受けている旧家の間違った習慣の改善。

病院に行くつもりで洗面、髭を剃ろうと電気カミソリをいつもの置いてある場所に自然に手を出すと「無い!」「あれ?無い!何処へやったのだろうか」と慌てる。

 

最近のボケの始まりかと何ともいえない不安感が走る。何とも重苦しい、気無性(気不精/きむしょう)な気分である。

 

確かにこうしたことは、いつもと違う間違い、うっかりが何回かある。それは恐怖感に繋がり、慌てる、焦る。

 

兎に角電気カミソリの行方が分からず、探しまくる。焦っている。 何か自分に普段と違う行為、出来事があっていつもと違う行為があったからかと振り返る。 まだ気がつかない。

 

諦めてカミソリで剃ることにした。髭剃り用のクリームが無いのでボディーシャンプーで間に合わす。髭剃り後の肌荒れを心配しながら何とか終了。

 

重苦しい気分のまま、出かける支度をしながら、フッと目に入るのがソファーの下にそれらしい物の一部が見える。アーッ!充電をソファーの下のコンセントでしていたのを忘れていた。この思い出す為の時間差を衰えと捉えるのか、恐いなーッ。

 

思わず黙然とそのソファーに座りこんでしまった。「あーぁ!」という溜息が出てしまう。

 

午後に相談者がやってくる。

紹介者は私とは20年以上のお付き合い。よく相談者を紹介してくれる。

今回の相談者の方も世田谷の資産家、地所からマンションを数軒所有する私より若いがずっと老けて見える。

 

目の前に座るなり、気になったのは横顔に差す弧影の色が深い、生活には何不自由もない様子だが「他人の想念(業想念)」を受けている。憑依現象ではない。

 

この方を紹介して頂いた方も世田谷の大資産家で私にとっては資産運用の相談を受けている。この方の場合は兄弟、親戚との財産争いによる、やはり業想念を受けていた。それを先祖からの土地、家屋をマンションに建て替えを指導したことで救われた。(資産を会社組織にして兄弟、親戚を役員にして解決)

 

しかし厄介だったのは庭にある稲荷神社が朽ち果てる寸前の姿であった。それを稲荷(お狐さん)の意味を説く。専門の大工さんに稲荷神社を改築してもらい、神社のお祓いをいして(私の紹介)、樹木の生い茂っていた庭が明るく日差しが差し組んでくるようになった。

 

相談者は同じようなものを肩に背負っているような重苦しい空気が漂っている。お宅に伺い、自宅と敷地を隈無く見て回る。 旧家の為、先祖の思いがそこら中に蔓延っていると言ってもいい。それは黄泉の国(みよの)からの思いの強さと多くの先祖によることで起こる現象である。

 

この相談者で何代と言ってましたっけ、そう室町時代、鎌倉辺りが原点の様である。

そういうお宅は古式ゆかしい習慣が残るが先祖から何十代引き継がれる行事、習慣が長い間に間違って解釈され行われて来ている。

 

まずが仏壇と神棚の位置が問題。こんな旧家でも何百年という間、不自然であったために小さな争い、不幸が続いていたのにその原因が気がつかない。

  • 仏壇は仏間がある場合は仏間に。床の間に置いても上座なのでOK。
  • 居間やリビングなど、人が行き来するところでも可。自身がお参りしやすい場所が一番。
  • 上に部屋があっても特に問題は無いが、気になる場合は「雲」などが書かれた紙を天井に貼る。
  • 駄目な方角は無いが、直射日光が当たる場所や、多湿な場所は避ける。
  • 宗派ごとに推奨する方角は存在するが、間取りによって無理のないように置いて良い。
  • 神棚がある場合、向い合せは避ける。仏壇の上も余り進めない。
  • 床の間(上座)の向かいは下座になるため、避ける。

まず宗派によっても多少の違いがあるが、私は居間やリビングなど、人が行き来するところでも可。自身がお参りしやすい場所が一番であり、薦めている。

 

仏壇(先祖)に朝「おはよう!」「行ってきます!」夕「只今!」「祈り、供え物をするときに語りかける、報告をする」そんな普段、家族同然の行為が大切なんです。

 

このお宅は習慣化して心がこもっていない。まず仏壇と神棚が薄汚れている。

 

その点を指摘、改善されることを約束、まだまだこうした旧家はあるある!後日また伺うことにしている。ただ深刻な悪霊的なものはない。

 

それはこのお宅に89歳の相談者の母親が実に良い。後光(オーラ)がゴールドに輝き、この家を支えている。女系であり、累代重恩(ちょうおん)受けているのがそうさせている。

 

私は神仏習合という考え方はしていません。私の心の位置が古神道ですが、一部考え方と言うよりもイエスキリスト個人に親しみがあります。その件は後日。