70歳になると生活の固定化が顕著。

歳をとると悲しみも多くなる。 ですから楽しいことも見つける努力もする。ゴルフ、美味しいところで飲食。行動半径が狭くなってきたので行かないところ、行けなくなったところも出てくる。

 

悲しみは寂しさからではない。それは心にそう多くは占めていない。

今はゴルフに夢中で美味しい料理があればそれだけでほぼ満足なのである。 それにお洒落、お洒落をして行くところが無ければならないが、最近は行動半径が狭くなったのでその機会も少なくなっている。仕方が無いだろう。

 

その悲しみは、満たされないのが原因でもあるのだがゴルフでも目標が無い、クラブチャンピオンを獲るとか勝負、試合めいたものが無い(競うことが好きですから) 美味しいもの、料理は味わうだけではない、そうはいかない人間関係が存在する。その為に不味くなったりもする。

 

お洒落はそれを披露する場所が必要である。素敵なレストラン、Bar、粋な居酒屋などで素敵な人との会話などそうした場所すら少なくなったのがこうした気分に陥るのであろう。

 

自宅での料理をするようになったのは今までの私としては後ろ向きな行動。考えてみれば非主体的になっている自分に気がついた。ネガティブ思考と言うのではないが歳をとると以前のようにものの考え方が積極的・発展的であることを意識して控えめになる。 それが悟った年寄りの姿なのように思い、振舞う。格好つけているんです。

 

主体的というのは今までは余りにも自分の意志・判断に基づいて行動する傾向があり過ぎた。その反動でしょう。特に今年の運勢は「言い過ぎ、やり過ぎ、口は災いのもと」という年なのでまるで布団をかぶって大人しくしているような日々を送っている。

 

ゴルフも目標を持つためにコースのメンバーになってクラブライフを楽しもうかとも検討しましたが、いま70歳の私には無駄であり、どう考えてもそうなる。まずは車が無い。まさかゴルフが復活するとは思わず車との縁を切った。ゴルフにとって車は必要不可欠なものなので不便極まりない。

 

そこでゴルフは自分との戦いなので自分へのチャレンジという、目標を持つこと、上手になるのは自分を克服出来ることなので、目標はスコア72(レギュラーティで)に挑むことにする。

 

いい仲間と楽しいゴルフもいいのだが、私はどうしても挑戦的になってしまう。まだいいのはゴルフは個人スポーツ同伴者はいても自分が主体、だから私の性分に合う。

 

幾分かはいい仲間とゴルフをしてその中で自分と闘うことのする。

 

後十年で理想的なスイングに近いものを見出したい。今は距離も伸びているので歳による体力、精神力との闘いである。

 

此処で生活のパターンの固定化が目立つ。

ゴルフ(健康面でスポーツジムでも通っている気分)、外食は心地よい家庭的なお店数件に固定。いままでよりも料理をする。

 

以前から関わりの介護事業への関わりを深くする。母が早世し祖母に育てられたので老人に関わる仕事を最後にと思っていたので70歳はいい機会である。

絵画は宗教法人に関わる仏画の関わり、美大受験生の絵画教室など出来るだけ増やさずにこなすようにする。

 

占いは続けますよ。これは定年が無いしね、不定期ですが不動産関係は奉加金はデカイしね。いろいろなケースの相談はかえって人生勉強になりますから楽しい(不謹慎かな)

 

因みに今晩は甘塩鮭を頂いたのでただ焼くのはへそ曲がりの私は嫌った。

鮭はお酒を入れ沸騰したフライパンで3~4分、その間、醤油とバターを器に入れてラップして20秒程度チンする。かき混ぜる。

 

鮭に醤油バターをかけるだけ、飾りにレタスかサラダ菜を添える。私はサラダ菜でした。

それと作り溜めをしていた大根と手羽元の煮物とで夕食しました。 最近ある方の影響でたくわんが好きになりました。酒の摘みにもなるし、軽くE店で教えてもらった細切りピーマンと塩コンブを和えただけの摘みで呑みました。