良い妻になるのは良い友達になのです。

人を占っていて自分のことを振り返る。

70歳になると残された可能性のある時間を計算してしまう。人の結婚の世話を焼くのも恐らく自分も本当は望んでいるからであろう(整体の先生K氏のお世話をしている)

 

結婚の相談などを受けていると女性の相談者30代後半の方の言葉がとても印象に残っています。

「結婚をしないで、何て馬鹿なことをしたんでしょう。これまで見たものの中で最も美しかったのは、腕を組んで歩く老夫婦の姿でした」と言われたのが印象に残っています。

 

そうなんです。私も前妻と部屋で飲食、お酒がまわったので家まで送ることになりました。

その時足がふら付いていたので抱えて行きました。それが途中から自然に10歳年下でお互いのそんな若くもないのに手を繋いでいました。同じ60代(当時は)

 

その手の温もりが、まるで春の温もりのような忘れていた感触でした。何かが目覚めたような感覚がある。

 

その相談者である彼女は多趣味で生活は十分にエンジョイし、生き生きと生きている様子でした。

ところが35歳を過ぎると寂しさが襲って来たとのこと、私はこう言いました。「人類は太古の昔から、帰りが遅いと心配してくれる人を必要としている」

 

重ねて言いました「結婚は多くの苦痛があるが、独身には喜びがない」

 

慰めるかのように「悪い夫を手に入れるう女性は、たいがい結婚を急ぎ過ぎた人です。よい夫を得られるなら、幾ら結婚が遅れても、遅すぎることはありません」、と。

 

でもね!よく有り勝ちなのが「不幸な結婚の半数は、当事者の一方が憐憫(れんびん=ふびんに思うこと。あわれみの気持)の気持ちからする気になった結婚です」

 

「正しい結婚を送るのはよい。しかし、それよりも更によいのは、ぜんぜん結婚しないことだ。そういうことの出来る人は稀にしかいないが、そういうことの出来る人は実に幸せだ」。

 

そうかな?女は?” 大きな”つまずきの石”である。女を恋しながら、何かをすることは困難である。だがここに、恋が妨げにはならない、たった一つの方法がある。それは恋する女と結婚することである。

女にとっては、自分を愛している以上に、自分を愛してくれる男と結婚するのが一番良い。 こう言いたい「結婚したまえ、君は後悔するだろう。結婚、君は後悔するだろう。

 

若い結婚(離婚)を希望する相談者の言葉と私の歳以前のお年寄りの経験話しを窺っていると「昔は、結婚というのはハナから辛いものあと覚悟をしていた。今みたいに夢なんか抱いていなかった。花嫁は泣きながら嫁に行ったんです。だから僅かな幸せを喜べた。つまりマイナス始まっていたので、ちょっとしたプラスが全て幸せになり、結婚も上手く行っていたんです」と。

 

70歳になって悟ったのです。今は独りですが、理想的な伴侶は「その女性がもし男であっなら、きっと友達に選んだろう。と思われるような女でなければ妻に選んではいけない」 というい女性に出会ってみたい。まだ可能性があるのでしょうか。 私には可能性が少ないのでは、というのは私が女性が求めるのは「お母さん!」甘えられる人。どちらにもなれる女性は稀であろう。

 

何を贅沢なことを言っているんだ。