無為自然に生きていくことが出来るであろうか。

昨晩はお見合いの立会い。下文のような立場であるが、大それたことであるのに妙に楽しげでもある。

それに私なりの準備をしていたこと、それと男性Kさんは承知、女性Fさんも印象は既に形作られている。

自信というのではないが、僅かな根拠と私の世界からの判断がそうしたのでしょうね。

 

見合い(みあい)とは、結婚を希望する男性と女性が、第三者の仲介によって対面する日本の慣習である。などということを改めて読み返しました。

 

第三者は「世話人」と呼ばれている。

近年では、結婚相談所や結婚情報サイト等、結婚情報サービス提供業者の出現により、結婚を希望する男女がお互いの個人情報を世話人を介さずに直接照会できるようになったが、このようなサービス提供業者の仲介により男女が初めて対面することも、「見合い」と呼ばれることがある。

多数の男女が一堂に会して結婚相手となりうる相手を探す事を目的とするパーティを、「集団見合い」と呼ぶことがある。

 

以前にもこうした紹介から結ばれたという経験は二回ほどありましたが、今回は上述の第三者という仲介ということを意識したことはありません。

 

それは友人同士で気楽に取り組んでいたようなことを思い出しますが、今回は何故か人の「心に中に分け入る」ような姿勢であった。

それは恐らく男性Kさん、お相手の女性Fさん、女性のFさんは私の習慣で当然占っていた。それがメールのやり取り、其の適度な積極性(礼としては当たり前ですが、見合いとなればそうはいかない)それが嫌味がない。

 

それは気持ちをコントロールできる。バランスの良いお利口さんといえますね。心に分け入ると、とても「素」のままの自分、生地のまま。手を加えていない本質が見える。

 

占い的にはとても強い星を持っています。真反対にKさんの星は強弱で言えば弱い。尻に敷かれますね。星が強いのは心にゆとりが生まれて(FさんはKさんの芯の頑固さ、譲らない偏屈さを知って)動ける。

 

Kさんの大きな特徴が育ちの良さ。血統でしょうね。というのは人品骨柄卑しからず」といえます。

 

人と人は今回ほど等閑視出来ませんね。後はお任せ!

 

私も今月で70歳、この歳ですし、絵の世界ではここまでやって来られたし、もう終わりにする。人生の終わりではないがキャリアの終わりにする。

ですからそんな「終わり」という意識がお二人の「始まり」のお手伝いをしたのでしょうね。偶然ですが、良いスタートをきることが出来ました。そんな想いです。

 

「疲れたんです」。

生まれながらにして備え持っている才能。天から与えられた才能。天資が無かった。ただ器用なだけに気付きながらの今までやって来たことが。

 

天賦とは、天から賦与されたものという意味で、つまりは生まれつきの資質というわけだ。

才能とは、物事を巧みになしうる生まれつきの能力であり、才知の働きのこと。

両者とも「生まれつき」ということが共通項です。

 

生まれつきの資質=天賦は誰にもあるわけだが、才能となるとそうはいかない。

何しろ「巧みになしうる」というフレーズがあるからです

しかしだ、我々がふつう才能という言葉を使うときは、「人並み外れた」というニュアンスを含んでいる。

で、「天賦の才能」なんだが、天がくれた才能が人並み外れたものかどうかを判断する基準を私は知っている。

 

それは「人並み外れた」に向かう途中でお試し(ある種の困難さ)があるかどうかなんです。だから、伸び悩む時期が続くときは、そのことを喜んでいいと思う。

あー、天は途方も無い才能を私にくださったんだと。

 

それが無かった。感じられなかった。

 

無為自然に生きていくことが出来るであろうか。