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GW明け、普段のペースに戻る。

今回のGWでは時間がたっぷりあったので気になっていた場所を歩いた。

銀座、浅草へはやはり行かなかった。無目的で銀座を昔懐かしいだけと海外ブランド巡りも其の価値を進んで行こうとは思えない。 浅草も結局飲み食いで費やする。懐かしい浅草時代の友人にも会いたいが、出会い(ではない)出遇いでいい。

 

出会い、出逢い、出合い、出遇い…

「出逢い」は両方から来た者が一点で逢うという意味があります。出会いと出逢うは意味は同じ。たまたまあう{えっ!」という意味なんです。

 

だからたまたま「出遇う」という字が使われるんです。ちなみに出合うはぴったりとあわさるという意味。

出遭うはふいに、ひょっとであうという意味です。漢字によって意味が変わるんですよ。

 

私自身強く感じるんだけど、生活のなかでたくさんの出遇いがあります。

その人ともう一度会える保証はどこにもありません。

 

少なくとも、今日、その場所でその人と会うのは今日一度だけです。そもそも今日という一日は、今日一度だけなんです。

それが一期一会。

 

そして、いい出遇いであれ、いやな出遇いであれ、その出遇いが私に影響を与えます。たくさんの出遇いに影響された積み重ね。今日の私、これはまぎれもない事実です。

たとえ今は会えない人との出会いも、今の私に影響をあたえています。

星空だから出遇いは永遠なんですよ。

終わりのある出遇いなんてないんです。今の私の中に生きてるんです。

そうすると場所ではなく、人でもない。

 

30数年というえびす家との付き合いも間(あいだ)に抜けた時があるが、浅草から復活してもう!6年にもなる。月、水、金、土曜日と通ったことは今更驚いてしまった。

 

そうだとするとえびす家の存在は大きい。とことん心休まるところでもある。でも神は休まる場所でありながら、けっして100%そうさせてくれない。

 

何処かに些細ではあるが、憎いくらいに諭される。微かに気遣い、気持ちに刺さる物事もあるが当たり前のように与える。それが自然なのであろう。神は巧みな配慮をする。

それを超えるものがこの店には存在する。忖度である。忖度(気遣い)も受ける側の捉え方にもある。(森友学園の問題を機に、出回りはじめたひとつの言葉がある。「忖度」籠池泰典理事長も記者会見で連発)

 

50%で良好ということであろう。それ以上最高といえるのであろう。

 

毎日、居酒屋へ行くのが「流浪」だとすれば、その居酒屋中が、漂流者だらけである。ひょっとすると、人が酒を飲みに行くというのは、仮の・時間を限っての・漂泊しに行くのかもしれない。

 

日本の居酒屋に「酒の香を慕う霊」たちが、部屋中に充満しているように思えた。汎神的な日本的霊性というべきものがあったのかもしれない。

 

居酒屋とは流浪の民の坩堝だろう。この民族の特性が”流浪”と癖と”悒愁=憂愁”という事をとらえている。

 

居酒屋といえば、えびす家へGW明で全てのリズムが総崩れし、それを補うかのように17時をちょっと過ぎた頃に飛び込むように入店する。

 

そこで刺身と堪能し、徐々にいつものペース(テンポ)に戻る。

そこにT御夫妻がいらっしゃる。奥様とは古い友人で仲良し。御主人公認でもあり、面白いのは御主人が後からいらっしゃる奥様の席を私の隣にして席を空けてある。

 

そこには整体のKさんがいる。相変らすゴルフ談議、そこへT御夫妻が加わり、話が弾み(又このT御夫妻の奥様が加わると話はユニークな世界へと発展する。御主人の黙する姿が面白い)Tさんの御主人が整体に興味を抱く。

木下さんは独特な世界を持っていられて身体から発する何かを感じ取る天賦の才能があるのでしょうね。天から与えられた才能。天資と言えるかも知れません。

 

それに興味を持たれ仕事に繋がるとよいのですが。そんな才能がありながら仕事に繋がる欲はないんです。私と似ていますが、それば人間性というものでしょうから無理をしないで良い伴侶が導く、導かれるタイプなのでしょう。

 

それが17日のお見合いとなったのですが、ご縁が繋がるといいですが。あッ!LINEが入っている。御都合で24日になりそうである。