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ホテルのバーで似非紳士を振る舞う。

大きな仕事が入りました。 それと独り住まいの叔母が自傷行為未遂で交代で見守っています。

 

仕事はとてつもなく大きなプロジェクトでその一翼を担うのがむしろ名誉なことで、余り儲かりません。でも忙しくなりそうです。

 

今日はこの数日雨の日が続きますが、土・日は知的障害者のボランティアで入浴と食事のお世話に行くのだが、正直6時に起床し支度をして出かけるのが辛くなってきた。

 

正直、雨降りですと合羽をを着るわけですから、億劫ですね。それに自転車がこの頃恐い!バランスを失うと踏ん張りが以前の力強さがない。

 

慌てて四股を踏んで上下50回(最初は精一杯)それが100回になり、200回を目指す。いま真剣に検討しているのは加圧式トレーニングです。

 

松山秀樹のような下半身どっしりとしたものが欲しい。70歳にしてゴルフの為に。

 

それで唯一のんびり出来たのが今日(日曜日)、ボライティア帰り買い物をして、雨ですから出かける気にもなれず、これから忙しくなるので普段出来ない細かいことをすることにした。

 

例えばシャンプー、ボディシャンプーなどの詰め替え、洗濯、恥ずかしながら冬は下着も股引(ももひき)風を履きますのでそのゴムが緩んだのを交換(マメでしょう!)

 

服が並みの量ではないので整理整頓、忘れている物も出てくる。、

 

時計のコレクションので希少価値(殆どがレトロ調)があるもので皮ベルトが剥がれてしまったのですが、時計屋で交換とはいきません。ベルトを含んでの価値ですから、接着剤で修理をする。

 

トイレ周りの細かい汚れをタワシでこすり落とす(風呂場との境などの水垢ですね)隅っこですが丁寧に。

 

すると仕事先から打ち合わせをしたいと日曜日なのにと気が重い。

 

新宿のホテルで待ち合わせ。ホテルのバーはラウンジが満席の時でも神殿のように森閑としている。

そこで我々も似非(えせ)紳士として静まり返っている。似非であろうが無かろうが、当人は紳士のつもりでいれば、バーもそのつもりで扱う。他の利用客である諸氏も、そのつもりで神妙にしている。いかがわしいといえばそれまでだが、皆心地よげにしている。アホらしいが仕事そっちのけで眺めていた。

 

何故かこんな場所の方が小声でも打ち合わせは捗る。

あのまま家でいるよりはかえってホテルのバーもいいものだ。自分が田舎者(似非というのが)の意識でそこのいたのでそれこそ外国へでも行った気分であった。

 

今回は立場は今までとは大分違うので自分以外の作品を見ることが多い。そうなると作品に匠気が見える。(市気というのか)技術、技巧を凝らす気持ちが見えてくるのは以前にない気分である。

 

年齢でしょうか。いわゆる市気匠気のある芸術家が多くなりました。立場が変わったからなのか。理想のない技巧家と称して人の歓心を得ようとする、おもねる気持ちというのでしょうね。

 

以前言いましたが、芸術は快感の秩序化であり、ただ芸術とは何事が突出している。趣味(センス)がいいというのは、出来るだけ無個性なものとして抑えざるを得ない。芸術は自己を主張しすぎる。