生活を一変しようとしている。

f:id:bunsanjp:20170405120401j:plain

えびす家を軸に生活を一変しようとしている。

BACCOはスタッフはとても良い。お客さんは好き嫌いというレベルでは語れない。それだけ私の世界と時間の経過が異質で私の場所ではないということでしょうね。 全てではないのですが、人種が違うような気がします。数人ですが、無愛想で微笑みがない人、それは仕方がないのです。年齢差とBACCOの常連さんですから。そこだけに来る。

 

意外とそうした女性はストレスが溜まります。気を遣います。疲れるところは避けます。

我慢したり、忍耐強くなくなったのでしょうね。

 

さすがに、えびす家でもありますよ。まあ!私みたいな者でも大切に扱ってくれる心地よさがあるから行ってますがね。

 

嫌いなご夫婦(奥さんだけですが)来れば早々に帰ることにしている。克己心に打ち勝てなくなりました。

 

でもね、いいこと楽しいことばかりはないですが、こうした嫌なことはその人に何かを教えている。鍛えられているのですが、超克という、それに打ち勝てません。

 

それで「癪に障る」事が多くなった。

 

腹が立った時には胸や腹が痛むことから、こう言うようになった。 「障る」と「触る」は同源ではあるが、「癪」は体の部位のように触れられるものではなく、「癪」という病気になることを表しているので、「癪に触る」と書くのは間違いである。 「積」に「病垂れ」で「癪」と書くのは、辛苦が積もって起こる病という意味から作られた和製漢字。

 

腹が立つ。気に障る。癇(かん)に障る。ということである。

 

自己コントロールが下手になったのです。家に帰ると下痢になってしまうことがある。

 

最近は毎朝、血圧測定をするようになった。表を作り書きこんでいる。それは周りが血栓ができて脳梗塞に罹患した人がいて、ネットで調べました。

 

そうするとコーヒー(外人はだから脳梗塞など脳の病はないそうです)一日3杯以上、あと納豆がいいそうです。

 

そのコーヒーですが、毎朝ドリップ式でコーヒーを淹れて(煎れる)います。

(1)「煎(い)れる」の意味

 

「煎」という語は、「薬草を煎(せん)じる」という用法に見られるように、

お茶の葉を、火にかけ沸騰させたお湯の中に入れ、煮出してお茶を

作ることを言います。

もしこれをコーヒーに当てはめるなら、パーコレータやターキッシュコ

ーヒーの抽出過程が似ていますね。

 

(2)「淹(い)れる」の意味

 

「淹」という語は、現在普通に行われているように、火から降ろしたお

湯で、急須に入れた茶葉を浸してお茶を作ることを指します。

これをコーヒーに当てはめるとプレス式が近いですが、広義ではドリッ

プ式でも大丈夫そうですね。

 

(3)「入(い)れる」の意味

 

上記の「淹れる」と「煎れる」の両方の意味を兼ね備えているのが、

「入れる」になります。

「入れる」はコーヒーを「作る」の意味だけでなく、カップに「注ぐ」

という意味でも使われますので、一番無難な表現だと言えるでしょう。

 

ちなみに「淹れる」と「煎れる」は、常用漢字(※)ではありません。

つまり「入れる」だけが、義務教育課程で学習する漢字ということにな

ります。

 

常用漢字とは、個々人の漢字の使用を制限するものではありません。

しかし、不特定多数の人を対象にした情報の場合は、常用漢字の範

囲内で記述される方が好ましいようです。

 

(参考)「点てる(たてる)」の意味

 

湯を加えた抹茶を、茶筅(ちゃせん)で手早くかき回すことを「茶を点

てる」と言います。

この意味からすると「コーヒーを点てる」という表現は、ちょっと苦しい

感じもします。

でも、お茶を点てるようにコーヒーを入れるという気持ちが伝わってき

て、これもまた趣のある表現かも知れません。

 

このコーヒーをドリップ式で入れると心が落ち着くんです。実は私は紅茶党なんです。

それが宗旨替えをしました。でも美味しいとは思ってはいないままに飲んでいます。

 

こんな最近の心境ですから、健康面と精神面を鑑みてそういう方向性になったのだな。と思っている。