実は私は人間嫌い。稀代の厭人主義者なんです。

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<私の原点、銀座みゆき通り>

西習志野の叔母が独り暮らしの為、転倒による怪我、最近はノイローゼ(孤惸=こけい、による。孤独ですね)で自傷行為がありました。

後妻で前の奥さんの子供と裁判中でちょっと複雑。叔母は繊細な方で頭脳明晰、学級も特進しそのころは珍しく医者を志した人です。

 

そんな叔母を交代で見守っている。殆ど私とご近所の(生け花の先生だったので)お弟子さんが面倒をよくみてくれる。私のことを夭折した母に代わって祖母と叔母に育てられた。

 

その恩返しでもある。苦しむ叔母をみていると心胆を寒からしめたいくらい腹立たしい。

 

厄介なのはこの子供たちの嫉視であった。私が叔母の世話を焼くほどに叔母の財産を狙っ

ているというのである。

こうしたことはよくある話し、思弁性や論理から人間の知識による概括的に見るほど間違ったことはない。

 

人を見るのに勝手な概念を作り上げ、人間を紙細工のように見るアホ臭さに腹が立っているのである。ニセ概念化それをもって相手を当てはめようとしがちである。

 

巻き込まれたくはないが、世話は世話、見守りは見守り、弁護士を通じて偵知したが欲とは恐ろしい。法律的なことでは何の権利もないが、叔母と養子縁組をしないと相続権はないのだが。ご主人が叔母を愛し、相続したのだから何を望むのか。

 

全く瑕疵(かし)が無いのだから、私のような人間には分からない。

 

占いなどで相談者と接していると、時に人間嫌いの陥ることがある。実は私には厭人癖(えんじんへき)がある。ブログをよく見ている方はお気づきだと思いますが「稀代の厭人主義者で人間の醜悪さを呪い続けている。そんな一面があるのである。

 

関わりの中でも去って行く人も、近寄りがたいのか見抜かれていて恐いのか(芸能人に意外と多いんですよ)、商売ッ気が無いのだろう。実はそんな人間嫌いが占いに意外と生かされているのであろう。本当に人間大嫌いです。

 

そして私は、実際、ナルシスティックな人間である。人も言う。小さな時の伝説はそれを殆ど、そのことを証明する為にあるようだ。余り言いたくないので止めます。テディーボーイとでも言っておきます。

 

叔母の習志野へ向かうことが多くなったので行動が以前とは違って来た。

それで大森に留まらず、浅草への思慕を絶ち切り、私を育ててくれた銀座に行ってみようと思っている。

 

独りは寂しいが、というのは最初の奥さんとの思い出が一杯なので、どんな思いがよぎるであろう。今まで一番行きたかったのに避けていた理由はそんなところにある。

高校生でしたから。みゆき族の一期生でした。

 

でもね!何か思い出に会えるような感覚器官を通して感ずるんです。何か素晴らしいことが起きそうです。