読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

イチローの言葉から「個」を考える。

私の性格(教養)は枝葉を飾る類のものではなく、坑道を掘って岩盤に至るように、物事の根底まで掘り下げなければ気が済まない。

 

それにはこの言葉が人生の、人と人との交わりなど全てに当てはまる。それを当てはめて人を見ているとこの言葉通りで、その人物の考えたか、生き方までが見えてくる。

 

本当に納得してしまうんです。何ともいえないものまでが見えてくる。

 

それは大リーガーのレジェンド、イチローの言葉です。

彼はピートローズの記録を超える時にその記録にケチをつけられたことで、大人ですね!こんな言葉を発したのです。

 

それは「人は自分よりも同等か、それ以上だと、その人を攻撃する。自分より同等かそれ以下であると褒める」という実に名言がある。

 

私は主にえびす家とBACCOは既成のルート、そこでいろいろな方と接するのですが、そこで立場や年齢など、いろいろな方の会話内容に接します。それをイチローの言葉であてはめると、本当によく見えてくる。

 

こうしてBACCOで飲むのが楽しい。年齢、職業、性別などでその人を観察、想像するが楽しい。

勿論私の領域ですが、オーラの色(勢い)等と接した印象との差異が又面白い。

 

最近、オーラもそうだが、とても生命力というのか、希薄な人が多くなっているのに気がついた。 「希薄」年齢に関係なくいえるのだが、それも何か「自立」していない人間が多くなっている。経済的にだけでなく精神性の希薄さである。生命力とも言えるのかな。

 

それは親であり、会社であり、その膝下(しっか)から離れられない。何らかの庇護から抜けられない。とても希薄な生命力を感じる人が多い。

 

そうなると個とは何か?と考えてしまいます。

私個人は「「機能」もしくは「役割」を持っているもの、または他者によってそれらを与えられたものが個である」と考えています。機能や役割は必要によって生まれるのであり、そこに、より大きなシステムが存在することによってそれらが認知される。

 

人は、自分を取り巻く体系の中にあり、そこで形成されていく存在なのかもしれませんが、ただそこにいただけでは、なにも形成されることはないでしょう。

体系の中にあり、そうしてそこで、自ら能動的に「意味を持つ形」として形成されていく、無意識の意志のあるポイントにこそ、「個」という概念は生起するのだと思います。
つまり、全体の体系の中にあってこそ、成り立つ概念なのだと思います。

 

そうして「個」を見続けていると、相手の本音を知ることもある。

「あーッ!そうなのかこの人の本音はこういうことだったのか」では私に対してはどうなのか。私自信は他人に対してはどうなのか。

 

等、極端にいえばその言葉には宿意、宿根するら見えてくる。「あーッ恐い!」

 

言葉一つで物事がこんなに見えてくるんですね。

当分イチローの言葉を常に頭においてみていると暫く楽しめます。

 

「個」を掘り下げると。発見!

因みに最近、認識新たなのは個人:個人(そのまま一個人のこと)
個々人:個人の各々とか銘々など(いわば個人個人ということ)

個々人は複数の人がそれぞれと言う意味で使いますので
その場合に使用してください。とあったのが