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「本木にまさる末木(うら・き)なし」

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「本木にまさる末木(うら・き)なし」

<意味>いくら取り替えても、結局、最初のものより優れたものはない。多く男女関係

をいう。

70歳になって、初めて後悔、無念、残念、自責の念、悔恨、帳恨等など最初の奥さんの

価値が改めて認知(身体的、精神的、あるいは感情的な状態を意識する )し、前非の

悔悟にかられる。

 

女性の見る目が養われた上でのことですから、その悔悟の念を相当なものである。

 

70歳の経験から以下の事を悟ったのですが。

 

人の見る目を養う、簡単な5つの方法(70年の悟り)

 

1.視覚を利用する

2.聴覚を利用する

3.触覚を利用する

4.嗅覚を利用する

5.直感(ひらめき)を利用する

 

占い的に言うと、ケミストリー(相性)が最も合う人でもあった。ただ占い的には「魁罡(カイゴウ)」という最も「特殊な星」を持っていたこと。これが深奥な意味では離婚に原因だったことであったろう。

 

魁罡(カイゴウ)とは「落差が激しい。穏やかでない。何が起こるか分からない。怒ると切れるタイプ」なのである。確かにあんなことがあったな!とか、穏やかそうであったが内に秘めた激しさはあったのか。そんなことを考え巡らす。

 

魁罡は、吉凶ともに激烈な作用をし、良く働けば、その人物は頭脳明晰で文章力があり

、容姿は個性的で独特な美しさが備わるとともに、立ち居振る舞いにある種の凄みと威

厳が伴い、性格は果断で他を制圧する影響と迫力が絶大、繊細さと大胆さが同居する一

方、財星や官星との組み合わせ次第では、奇禍に陥ったり普通では考えられない不運に

も見舞われ、精神を病んだり非情となるのが特徴とされます。

 

「魁」はさきがけ、頭領という意味があります。その漢字を含む花魁(おいらん)とは

江戸時代から明治にかけて存在した吉原遊廓の遊女の中でも一際位の高い女性に名付け

られた肩書きであるように、魁?日生まれの方は期を得れば「高嶺の花」の様な存在と

いったような別格さと儚さを持ちうることができます。

しかし何でもオールマイティではなく咲くべきところに咲くといった一芸に秀でる要素

が大きく、芸能人やその道に生きるといった勝負事の大きく関わる分野で活躍する方が

非常に多く見られます。(芸能人にこの星を持った人が多い)

 

最初の妻は異常なくらい霊能者であったが、今は凡人化した。皮肉ですね。自ら拒絶し

たというより現世の享楽(生活が豊かになると遊び、お食事会などとお出かけが多くな

った)を選択したのでしょう。

凄い才能でしたが、選ばれた人にしか与えられない能力を自ら拒絶したのですからね。

 

こうなると「人を見る目」というのが大切ですね。私は単純!面食い、というのは見た

目の美しい人は心も美しいのです。

後はバランスかな、私の美的感覚にハマること。それと母を幼い時に亡くしたので「母

性」を求める(見た目ではオッパイが大きい人が第一条件ですね)。出来れば大柄の人

。今はセンスが悪くてもいい、磨きがいのある人、スタイリストですから任せて下さい)

 

 

人を見る目を養うには。   

 

 一般的に人を見る目を養うには、人生経験を積むしかないように思います。

いろいろと他人の言動にふり回されたり、騙されたり、痛い目をみながら・・・。

 

 そして、すべての人間が信用できなくなり、孤独に落ち込みながら・・・。

人を正しく見るためには、「正しい心」で人を見なければなりません。

 

 なぜなら、自分の心のなかに差別や偏見があると、どうしても「歪んだ目」で人を

見てしまうからです。

 

また、「警戒しなければならない人間」を見つける方法として、「人に言って

いること」と、「自分のやっていること」を比較するというのがあります。

 

事の大小はさまざまですが、このように「言っていること」と「やっていること」が

異なっている人間は、安易に信用してはなりません。そのような人間は、注意深く

言動を監視し、警戒しなければならないのです。

 

 ところで私は、人を判断するにあたって、新約聖書のつぎの言葉が参考になり

ました。

 --------------------------------

 偽預言者を警戒しなさい。彼らは羊の皮を身にまとってあなたがたのところに

来るが、その内側は貪欲な狼である。あなたがたは、その実で彼らを見分ける。

茨からぶどうが、あざみからいちじくが採れるだろうか。すべて良い木は良い実

を結び、悪い木は悪い実を結ぶ。良い木が悪い実を結ぶことはなく、また、悪い

木が良い実を結ぶこともできない。良い実を結ばない木はみな、切り倒されて

火に投げ込まれる。このように、あなたがたはその実で彼らを見分ける。

                       (マタイによる福音書 7章 15

-20節)

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 上の言葉は、「良い人間」は良い結果をもたらし、「悪い人間」は悪い結果を

招いて滅びると言っています。

 つまり、その人間の言論や行動によって、最終的に何がもたらされたのか?

それによって、その人間が判断できるというのです。

 

真剣に結婚を考えた人で唯一、前掲の条件とは全く違う女性は一人いました。

全く違っているのです。でも知性と女性として「香り」がいいのです。香りとは醸しだ

す雰囲気にも結びつきます。

占い的にはケミストリー(相性)は良くない。案の定、本人同士よりも母子家庭だった

ので娘二人に反対された。お母さんを取られてしまう(お子さんの年齢もそうした意識

にさせた)

相性はそうしたことにも影響を及ぼす。良い条件が整はない。

 

見た目というのは外見だけではその人の価値観は見出せない。やはり精神性が最も重要

なんです。三番目の妻は外見は満足するが、精神性は低かった。まあ!変人の領域です

かな、一般的に言うと大陸的というか繊細さは有るが無いような。良い意味では大らか

、どこかが欠落している(私にとってですが)

 

才能溢れる最初の妻は今、凡人と化す。(凡人とはどういう人間か)

 

今回はあらためて凡人の定義を確認しておきたいと思います。

 

いきなり最初からガツンと言ってしまいますが、凡人とは(と言ってしまったので、敢

えて)軽はずみに言えませんね。一番目の妻は凡人と言い切れないかもしれませんが言

葉の遊びと捉えて下さい。

 

凡人とは。

薄情で、怠惰で、迷惑で、傲慢で、残酷で、臆病で、保守的で、利己的で、楽観的で、

無気力で、無責任で、無関心で、無力で、無知で、無価値で、自分がこういう人間であ

ることにまったく気付いていない無自覚な人間のことです。必ずしも全ては匹敵しない

ですが、一般論として述べると面白いですね。

 

どんな人間も完全に凡人から脱することは不可能ですから僕もあなたもどこかに必ずこ

ういう要素を持っています。

 

ただ、唯一僕らが巷に溢れる凡人と違うのは、「無自覚な」部分です。

 

少なくとも、今あなたはこの文章を読んでいる時点で、自分が凡人であることを自覚し

ています。

 

そして「凡人ではダメなんだ」ということも知っている。だから凡人から脱することが

“可能”なのです。