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全てのことに理由がある。

この人、Kさん(当日は兄弟で)との出会いは誠に不思議であり、何やら因縁めいたものを感じるのである。

 

因縁」とは。

 

もともと仏教用語で物事が生じる直接の力である「因」それを助ける関節条件の「縁」がありすべての物事はこの2つの働きによって起こるとされました。

 

その結果生じた事象を「因果」といい、この因果関係を俗に「因縁」といいます。

 

[例]

因果とは

種を土に埋め、水をやり育てます。芽が出てきました。

 

これは、「種を土に埋める=(原因)」に「土や水、温度(縁)」がからみ、結果として芽が出たのです。

 

因縁を知ることは、目には見えない家族の生き方の法則を知ることになります。 反対に因縁の知識を上手に取り入れて実践すれば、個人や家庭が抱えている問題を解決する糸口を見つけることができるでしょう。

 

BACCOでは私はいつもKさんを気遣い(独りの世界に入っている)入り込むのを控えている。心掛けている。 やはり耳に入ってくるのは「深刻そうな話し」深い内容は掴めないが、上述の”縁”がお互いを惹き付けてくれる。

 

それは既に私の頭上に男の子の姿が何度か浮かんでくる。それもとても魂の綺麗な透き通るような心を持った天使のような子供?姿はそう見えるが精神的には大人のような。

 

でも心は天上にある。家族にとっては”光”ですね。絆(きずな)である。「断つにしのびない恩愛。離れがたい情実」

 

但し、ほだし【絆し】になってはいけない。なりがちで育成するというのは深いほど、介護など楽しくしないと疲れるし、もたない。

「がんばってくたびれちゃいけません。くたびれないようにがんばらなきゃ」。

人の心や行動の自由を縛るもの。自由をさまたげるもの。もともとは 馬の足をつなぎとめるための縄。ふもだしの意味があるのだが、手かせや足かせ。ほだとも言いになってはいけない。

 

この長男はもう既に”神の領域”ですから。

 

話しはKさんの弟に戻る。その日の最初に掛けた言葉は「あなたは両肩に重い荷物を背負っているね!」と。

とても疲れている。しかしK家の愛情にも包まれたもいるが。弟の家族の絆も強いし、まとまっている。

 

又映像が浮かんだそれはこの男の子にそっと支えるというか、そっと傍に佇む(車椅子だが椅子のような物にそっと手を添える姿は男性であるが)、精神構造は女性である。何と優しい心の持ち主であろう。話と写真を見せてもらうと弟(次男)である。(因みに奥さんはとても良い!!因縁の深い”血の濃い”系譜を感じる。要素・性質を受け継いでいる

 

面白い話に介入してしまった、K氏は弟の髭を嫌がっている。これは兄弟の会話を超えて、会社社長としての目もあるのであろうか。それとも彼の美意識であろうか。 私は何の躊躇もなく介入した。余計なお世話であったかな。お構いなし。!

私は最初に弟に会った時はひ弱さ、同じように何かを背負っている印象は深く残っている。

今思えば疲れているし、後にその印象から彼の家庭の話しは聞いたような気がするが、この子供の性別と年齢などは聞いていなかった。

 

「良いじゃない!凄みが出ているし、迫力すら感じるから髭はいいよ」と。「前に会った時よりも凄味があるし良いね!」思わずに握手を求められる。

「外見は人をつくる。人は外見からつくられる」そうなんですよ。格好に相応しくする様にとそうなるんです。もしかしたら、必要性を何となく感じたのではないか。

私のお洒落あそうしたものです。洒落るとはいい言葉でないですか。

 

洒落る=垢ぬける(不用なものや不純なものを省いて、より優れたものへと磨き上げること。

 

この弟は私の世界には縁遠い人。無縁であろうがそれは宝物”光”(長男)を既に持っているので必要ない。既に科せられたものは他に体験できない領域(異次元)に達している。

 

又会うべきもの、つくられた人とに出会いであった。良い出会いである。上述の絆である。

「Kさんの父上様有り難う。こんな出会いを」こんな世界を知らない人は可哀想ですね。実にドラマティックで楽しい。またドラマがつくられる。