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何やら覚醒すると布団の中で不安感に駆られる。

朝から毎度言うことですが、独り暮らしのルーティンが始まる。この言葉にも嫌々、辛さが漂うでしょう。 寒いしね! 何でもやり残したことがあること、先に不安があると颯爽と立ち向かえない。何やら覚醒すると布団の中で不安感に駆られる。

 

京都に娘の所に引き取られた叔母(母の妹、二人いる)いつも心配をしてくれて挨拶もできずに行ってしまった。もう一人の叔母に問い合わせるが「今は幸せにしているよ!」いつも施設に娘の家族が訪ねて来てくれるからと連絡をとるのは止めた。 独り暮らしの叔母が習志野にもいる。転倒など入退院を繰り返し、後妻だったので前妻の子供との問題を抱えている。子供はいない。

 

「あなたは幸せよ!血の繋がっている子供が二人もいるでしょう」と朝っぱらから重ったるい話し。なかなか?現実は。70歳になると現実が80歳も90歳も100歳も同系列に並んでしまう。

 

ただまだ!独りでルーティンをこなせるが叔母との会話も身近で現実も目の前の不安も何と叔母とはあまり変わっていないではないか。

飲食をしていると結婚をしない男女がいかに多いか。そんな人を私の目でじっと眺めていると、そうりゃ!将来計画もあるのでしょう。そうでしょうと見つめるが、何か人ごとながら、この人たちも訪れる日が来るんだろうな。

 

「おい!のんびり、パスタを頬張ってくっていてもいいのか!惨め、不安を食っているようである。まあ!幸せ感というのは人それぞれだから。

 

本当に結婚をしていない人が多くなっています。子供のいない夫婦とか。

 

「生きるということは、生き残るということです」生きていてやる。絶対に!お洒落もして、ゴルフも復活して、最後は良い人(女性)に出遭って、こんな上手く行くかな。

 

自分の家族というものの考え方が間違っていましたのは、陰陽師として世間の相談を受ける立場でいることで分かりました。

「世間で良い家族といわれているのは、お互いに我慢強い家族ということです」

こんなことも言えますね。やはり相談から学んだのですが。

「夫婦というのは、別れそこなった男と女のことです」とも、でも現実です。

 

長生きをするということは。

「100歳まで生きたからって偉いわけじゃない。100歳までどう生きたかが評価されなきゃ意味がない」

「人生五十年というのは、寿命のことじゃありません。五十歳過ぎたら人間みんな同じだっていうことです」

 

相談を受ける陰陽師としては忙しくて、忙しくて、どうもそれでいいとも思っています。

「貧乏暇なしならいいんだよ。貧乏で暇があると・・・・寂しいよ」

忙しい人は、忙しいからいろんなことが(経験)出来るんです。やっぱり頼りになるのは忙しい人なんです。

 

こんなことがあった。 最近、峻拒(相談者の斬捨て)したばかりのお二人が居たので、陰陽師としては接するのにも成長したつもりですが、いろいろな相談者が約2千人(名簿上)の信者で常時は2~3百人としては問題も多い。 まず、相談料を値切る人、それに甘える人は縁も薄い。幸せはある程度の対価を支払わなくては得られない。将来を期待して投資をしている人は別であるが、払えるのにその力があるのに。そんな人は人生、生き方そのものを値切っている。自分自身も値切っている。せこい、狭くしている。 感謝の気持ちが無い。

 

そんな相談者にはっきり言いました。以前の経験から私も人の子。人間です。「「世の中をね、正しい、正しくないで区別するのはおかしいです。好きか嫌いかで区別した方が正しい」と。「来る者は拒みませんが、どうしても生理的に合いません」と。

 

その男性も役人でした(そうじゃない立派な人も相談者に居ますが)。外見は悪いので言いませんでしたが、人はそんなもんでしょう。それがよく当たっているんですよね。見た目というのは。

 

でもその方は賢い、気付くということは「先生のお言葉で気付きました。自分が見失っているものがありました」と詫びて来た。でも私も未熟ですからお互いの手をしっかり握って反省。今は良い人生を送っている。