経験値による人を見る目は鋭い。一人思い悩んでいたが同じ考えの方と。

「多量の愛がなければ困惑は起こらない。しかしその愛は、それを容(い)れている心の器が幼すぎるために、慈悲にまでは昇華しない。かつかれは大きすぎる自我を持っている」

 

「苦難や挫折により人が磨かれていくのは、冬を感知している証しだろう。どなたにも、可能性が芽吹く「春」に備えて耐えなければならない厳寒の季節である」

といえる方々がまことに多いのだが、冬の時代(衰運期、俗に天中殺、大殺界という)をどう過ごすか。それで一陽来復の兆しが見えてくるのである。

 

*安心したことがある。

私の陰陽師たるところと嚮導師として人を救済(導く)のだが、それが相手に受け入れられない場合もある。それは峻拒し去っていった方にもいえるが、特に他人の出入りの多いご商売の方が他人の浮き沈みを見ているのでその経験値の基づく見る”目は鋭い”(ある意味私よりも、私には観相という術がある)

それが私の立場の見解(鑑定)と全く同じ考えを持たれているという。その人をよく知る方であるので、正直、私としては鑑定内容が厳しすぎたかと、傷つけたかと心配しましたが安心し、心が軽くなった。その方の将来、先の見方が全く同様であった。

(その人のあることに触れて話すと、きっかけで話し込んだ。交代もせずに二人で貴重な時間であって、その方と一歩人間関係が進んだという感がある) それば愛情からくるものであることも同様であった。

 

私の鑑定で文章で送る場合なのには下記の内容が最初に掲げている。

 

氣學とは「人間諸般の運勢と大気(大自然)とは密接な関わりを持つ」との考えに根を置き大気には、人がこの世に生を受けてから常に影響を受け続ける。

目に見えない時々刻々と変化する「氣」(エネルギー)が存在すると考え、その「氣」の種類・性質を探求することによって、人々の幸福に役立てようとする思想であり、その具体的手段としての占術であるといえます。

「氣學」は中国5000年以上の歴史からなる学問(運命学)であり、経験値に基づいた統計学です。

生年月日を重要視するのは、私達はこの大自然の氣に触れ、生まれ出て後、産声を上げ呼吸をし始めた瞬間からその性格や運命に大きな影響を与えられそれぞれ一生を歩むといわれます。人間には様々な概念を学習や経験によって習得するのではなく、生まれた時から既に備わっているという生得説に従っています。

 

「氣學」は中国5000年以上の歴史からなる学問(運命学)であり、経験値に基づいた統計学です。

改めて思うのですが「経験値」というのを畏れいることになりました。 見方が違っても愛情からくるもので通有点である。

 

今年(2月以降)は人との関わりには注意しよう。そういう年でもある。