ギャンブル依存症と人間は滑稽な動物である。

ちょっと扱いに困った相談者が現われた。息子さんに伴われて、やってきたのだが賭博行為パチンコ、パスロと言うのですか、周りにもそうした方はいるのだが、細やか(小規模、限界を心得ている)なもので可愛いものである。

 

当然、この方は宝くじ、紛いのものは必ず買っている。夢を追っかけているのでしょうか。

 

私は「これは射幸心と言い、人間の心理として”幸福を得たい”と願う感情のことで、その心理的欲求を抱く状態を意味するのです」。

 

しばしば「幸運によって他人よりも幸せに恵まれたい」という心理状態をも含む。古くから人は幸福を願うことにおいて、様々な儀式や占いや競技の結果の善し悪しで未来を予想したり、その結果に備えたりしてきた。そのような意味で風習や習慣やあるいは宗教儀式などの形で祭りや神事に姿を変え継承された文化も人間の射幸心によって体現されたものと解釈できる。

 

この方のギャンブル行為は射幸心と密接な関係にあり、勤労によって財産を得ようとするという健全な経済的風俗を害する。

 

精神科の範疇であるが、私の出来ること、私の世界でわかることで、その淵源ことはアドバイスした。

これには関わる人(先祖)、動物などの事例をお話しした。これは精神科では分からないし、薬物治療では一時しのぎにすぎない。

 

ギャンブル依存症(gambling addiction)とは精神疾患のひとつで、賭博(ギャンブル)に対する依存症である。ギャンブルを渇望する、ギャンブルをしたいという衝動を制御することができない、ギャンブルをするせいで借金など社会生活上の問題が生じているにもかかわらずやめられない、といった状態が繰り返され、身体的、心理的、社会的健康が害されたり、苦痛であったりする。

 

とここまでには至っていないのだが、結婚もせず、会社務めも危うい状況である。

 

世上の噂では(もう国会で可決したのか?)

カジノを含む統合型リゾート(IR)を解禁する法案(IR推進法案)は15日、前日の参院本会議に続き、衆院本会議で可決され、成立した。政府は、規制や依存症対策などの具体的な制度設計を盛り込んだ「IR実施法案」を1年以内に国会に提出する作業に入る。

 

とネットや新聞等で知ったのだが、「何を言ってんのだというのは本音」

依存症?既にギャンブルは自治体が関わっているのがいくつもあるではないか、これにのめり込むのは個人の問題。こんな者がどうなろうがどうでもいい。いつの時代にも誰にでもこんな依存症めいた心の病はある。

 

上述の例をみても家族が崩壊寸前なのである。そんなのカジノ法案などで増減の心配や問題ではない。

 

シンガポールなど資源のない国はカジノが存在し税収には大いに貢献する。

皆さん!改正国民年金法が成立のことは心配にならないのかが不思議です。成立ご内容を詳しく読んだことがありますか。

 

現場を知らない政治家って言いますけどね。現場を知っていたら、政治家なんてやっていられません。野党などは綺麗ごとばかりを言って現実味がない。頼れないということです。

 

市民団体で「ギャンブル依存症」云々という人たちが言うことはよくわかります。だったら全てパチンコから競艇、競馬、競輪などを無くすならば大賛成です。 この人たちは年金をもらっているのでしょうか。今後若い人は貰えませんよ。このままでは。その心配はしないのですかね。

 

この位にします。よく言われてしまうのは憤慨居士たる所以を指摘されてしまう。

穏やかな老境に入ったとはいえ、ムクムクと湧き出る感情は「気が若い」と嫌味を言われる。途中で止めると矛盾を来しますが。

 

こうして考えると人間は滑稽な動物である。人間の為すことは全てユーモラスである。物を食べている時も随分と滑稽だが、最も滑稽なのは、最も遣り甲斐があること、つまり恋愛である。

 

死ぬほどの恋愛をしてみないな。この年で特に思うのはそれだけ対象になる女性がいなかったということである。私もその資格がないしね。 最近、こんな心境に至った。「人間の死は宇宙の原素(元素との違いは又面白い)へと帰還していくことだ」と。

 

もう一つ四十年前に読んだ本(メモ)に書き込んでいた箇所に疑問符や強調府を、そこだけに今此処における私の関心が向けられている。

 

今でも読んでいる本にも疑問符や強調府が書き込まれ、とてもブックオフには売れない。ども私の関心が向けられるのは年齢ならではもあるのです。

 

特に昔と今の恋愛観とか、矛盾ですが「死」ですかね。夢と現実、まさに生死の狭間ですね。