偽善(善人の振りをして自分の高感度を上げる)。

今回、風邪で寝込んだ時はいい時間を過ごせたともいえる。 土、日曜日のボランティアは正直、起き上がることもままならないほどであったが玄関先で待っている姿が浮かび気合いを入れて支度をして向かった。 一見素晴らしい行為のようではあったが、寝込んだことで自己分析が十分に出来た。

果たしてボランティアと称して結構他人に話をしている。

この機会はとてもよかった気がする。馬や車などに乗って疾駆する毎日は見えなくなっていることが多いことも気がつかされた。 それはこうしたボランティアと称した行為は偽善ではないかと。「偽りの善のこと。善ではないことを善で騙すこと」上辺だけ良いことだと見せかけている。善人だと思われるようにしていることではないかと(善人の振りをして自分の高感度を上げる)。

 

善行そのものはともあれ、周囲に行う、行った善行をひろく強調しようとするもの。おおまかにいえば自分の善行が認められたいという心理によるものと、単純に利益を伴なう宣伝の二種があり、おおよそ後者のほうが嫌われるが、慈善団体では多くの援助を集めるためにそうした手段をとるところもある。

 

 私が批判をしている「24時間テレビ」のようなテレビ局の大々的なチャリティー番組などが非難の対象とされやすい。非難は往々にして、「本物は虚飾を嫌う」という価値観に裏付けされている。事前には有難迷惑というのもある(ここでは触れない)

 

こんな言葉に支えられたこともある。マザー・テレサは「愛はまず手近かなところから始まります」身近な人を助けずに遠くの人を助ける行為は偽善と呼ぶ。善行とは自分の周囲から拡がって行くべきものだとしている。

 

仏教においては偽善に当たるものあ「三輪空」として戒められる。キリスト教においても新約聖書に「見てもらおうとして、人の前で善行をしないように注意しなさい」という下りがある。

 

こう考えるようにした。何だかんだと行って10年間を経ている。知的障害のお婆さのとっては必要不可欠「必要で欠いてはならない」、つまり「なくてはならない」存在になっている。慈善活動ではないのだから善行の対価(労力などを提供した報酬ではない精神的な)を求めない。

 

偽善を責めるということは、その時々の偽善の基準にもよるが、しばしばその言論自体が「偽善」に当てはまるというジレンマをもつ。偽善をしないという倫理観を押し付けた時点で、その言葉は偽善になるのかもしれない。

 

偽善者ぶる。

「君はいい人だ」といわれて「本当の良心からじゃなく、自己満足のためだ」というふうに返す人の様子。自分の慈善行為の正しさに自信が持てないことを示唆し、ないし最初から偽善と位置づけることで自他の非難を軽減しようと予防線を張る心理をあらわそうとしている。

 

こう考えるとボアランティアという空気はその語と共に、今までの陽気さも無くして(お気楽)急に真面目(しんめいもく)な調子を帯びた。方向を転換したとしても支えがない。

が転換した方向が、果たして愉快(楽しく)なものとしていられるだろうか。

 

ガラッと変わって、気分転換。 真面目(しんめいもく)という言葉は夏目漱石の「吾輩・・・」に有ったのか最近気に入った言葉です。面白い。特に後述の「恋愛とは真面目」とは良いですね。

 

しん‐めんもく【真面目[名・形動]

1 人や物事の本来のありさまや姿。真価。しんめんぼく。「―を発揮する」「―を保つ」

2 まじめであること。また、そのさま。しんめんぼく。「此?(か)?くも―な煩悶の為に…猶?(なお)?故郷へは帰らず」〈荷風・あめりか物語〉

「恋愛とは真面目」

今までにみられなかった新しい姿・ありさま。しんめんぼく。「―を呈する」

「真面目」には、二通りの読み方があります。それは「まじめ」と「しんめんもく」です。

 

最初の「まじめ」は、よく使いますよね。「顔つきや目つきが真剣である」ことから、「マジメ」という意味に「真面目」を当てたと言われています。

 

もう一つの「真面目(しんめんもく)」も、知っておくべき言葉です。「本来の姿。ありのままの姿。真価」の意味で、「真面目を発揮する」というふうに使います。

1 人や物事の本来のありさまや姿。真価。しんめんぼく。「―を発揮する」「―を保つ」

2 まじめであること。また、そのさま。しんめんぼく。「此?(か)?くも―な煩悶の為に…猶?(なお)?故郷へは帰らず」〈荷風・あめりか物語〉

「恋愛とは真面目」

今までにみられなかった新しい姿・ありさま。しんめんぼく。「―を呈する」

「真面目」には、二通りの読み方があります。それは「まじめ」と「しんめんもく」です。

 

最初の「まじめ」は、よく使いますよね。「顔つきや目つきが真剣である」ことから、「マジメ」という意味に「真面目」を当てたと言われています。

 

もう一つの「真面目(しんめんもく)」も、知っておくべき言葉です。「本来の姿。ありのままの姿。真価」の意味で、「真面目を発揮する」というふうに使います。

 

ただし、「今までにない新しいすがた」という意味を表す時は、「新面目(しんめんもく)」と書くので、間違わないでください。