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Fall in Love ではない。人間性に落ちたのである(Fall of human nature)

風邪は今一です。 薬で何とか生活が維持できますが、今夜も家でゆっくりするつもりでスーパーへ買い物に行きましたが、何だかんだと五千円程度は買い物をしてします。 そうなると、結局えびす家で飲食した方がお得ということになってしまいます。

 

案の定、畳、一畳大の絵画も簡単には納まりません。収まらないという内容もあるので、覚悟は決めていましたが精一杯頑張っています。

 
 

よくよく考えてみますと、この作品が最後ということで気持ちの入れ方はまるで違いました。それはスタッフからもいわれましたが「先生!いつもよりも気合いが違いました」とのことでした。風邪の原因の一つとしてはこれがあったと思います。

 

そうなんです。個人的にショックもありますが、男は仕事!仕事を疎かにするようでは成り立ちません。稼がなきゃ!思わずかぶりを振る。

 

人は他人のことは興味津津で、余計なお世話、私は自分自身でも充分に自覚の上で行動しているし、今までもこれからも奥深い、味わいのある人しか選ばない。

 

既に会話上と中身では人間と人間をして接している。ただ私は人間だから、甘えもあり、言葉の遊び(駆け引き、声かけをして展開を探る)程度の当たり前な言葉の交流はある。

 

人の心としては当たり前なのはそして怖いのは「妬み嫉み」相手の事情を十分把握していないのに、「噂」程度の重さで、軽々と人のことを分かったように、又無責任な(想像)をする。でも考え方で想像、噂の対象になるくらいの方が幸せかもしれません。

 

私はいつもいうことは「言われる人間の方が幸せですね」言う人間は「不幸で淋しいからいうんですよね」と。お気の毒です。

 

私には絶対ない世界です。

 

「嫉妬とは、相手に対して能力に劣ることの無意識な表われにすぎない」

 

「嫉妬とは、自分よりも優越している者に対して憎しみの心をいだくこと」

 

「貧乏人が貧乏人を見るときは、ちらっと、目をやるだけだけど金持ちを見るときは違うんだよ、じろじろ、穴が開くほど見て貧乏人の成り上がりと見破ったら、陰口告げ口を言いふらすのさ。蜂の群れか噂雀か、これでもかこれでもかとそいつのことをこき下ろす」

 

「人は自分が他人から好かれるようにするためには、いろいろたくさんのことをするが、いっぽう、自分自身が他人に嫉妬されるようにするためには、自分自身にできる限りの、ありとあらゆることをやってのけるものである」

 

と、最近悟りました。「無理は押してはいけない。無理は無理!」「期待はしてはいけない。分かっていても期待は泡のように淡くあると気が付くべきである」

自分をわきまえること、好餌を持て人を誘うというのは全くない。

清らかな心と濁った心は使い分けが出来ない。無理無理!両方あるから面白い人生なのだ。

 

上記の妬み嫉みの格言を見てもわかるように生きている以上、人生は布地(クロスcloth)必ず漏れる。面白がられる。緊張感の中でいたのが、これ以上が無く幸いでした。 オヤジの段階で今のところ済んでいるから。嫌だ嫌だ、用心用心!

 

何故か帰りに間違って高速道路に乗った以上、情けなくはあるが思い、感懐も愛情も、一時、内ポケットに入れておく荒っぽさがなければ、かえって悲しくなってしまう。

 

納めた作品は病気を押していった甲斐があり、ようやく納得した作品になった。「作品も好もしい音色になっている」。

 

というのは作品に対しては三分の二は私だが、肝心なところは若者の力になる。 それでも私の作品という意識からか、必竟に絵に魂を入れる意識で挑みました。

 

「終わり!」という意識がいつになくある。