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年末になると編年をたどることになる。方位の過ちを犯す。

年末になると人間関係の総決算とするときでもある。物事を締めくくること。結末つけることそんな事を頭のなかで整理する時期なのである。

 

編年をたどることにもなってしまう。

今年をたどれば年月を順に追って編むことにもなってしまう。前があるからね。

 

すごく傷つき反省もし、そして修正もし、それが一年を過ごしたことの結果であろうが、そろそろそんな時期に至ったのであろうと自分の意識をがそういう風になっている。

 

恋もした、娘を思いやる親心も味わった。意識は個人の成長への期待、占い世界でいう、星に素晴らしいというか、自身に持っている惠財福(これは凄い星なんです)という恵まれた星への期待が大きい。見届けたいという気持ちも強い。

でもね。自分を密察して行く。一つ一つね。

 

夢を見ました。それも蠱惑的な、嫌だな、こんな夢は呪術にでも遭ったような否、虚妄譚であろう。

そんな脆弱な筈がない。そして元気なオッさん。こんな筈ではない。

 

そろそろ「参籠」”おこもり”でもしなくてはいけない心情かな。

公言をしないと実現性がないから来年から計画し吉日を選んで田舎へこもります。これから探す作業に入ります。

 

選択肢の一つに、いっそスペインでもサンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼路を歩んでみたい。死みやげにね。

 

私は仏画が本職ですが、縁ですか実家は日蓮宗で私は帰依するのはキリスト教、否イエス・キリスト個人です。日蓮宗でも日蓮、個人です。

 

共通点は他宗教を辻説法で批判したことです(気性が激しい)。一時の創価学会がそうでしたね。この辺のことがキリスト教と。仏教徒は原点を分かっていない。豪奢な教会、神社仏閣など望んではいなかった(ブッタもそうである)

 

皆さんに方位について指導している立場でありながら、自分で連続二日間、ミスをおかしてしまった。 それは言い訳になってしまうが、二日酔いでも土・日曜日はボランティアに向かわなければならない。知的障害のお婆さんが私を待っている。

 

飛び起き仏壇、服薬などいつのの朝にルーティンをやらずに急いで向かうが途中、今日は南はどうだったか?と不安になりながらも自転車で突っ走っている。

 

「あっつ!」と思うような障害に出くわす。他人とぶつかりそうになったり、いつものルートを間違えたり、凍るような雨が降っていたり、等々自転車が左から接触しそうになる。それに気を取られていると、右から自家用車と接触する。軽く打ちみ、徐行していたので軽傷ですんだ。 当日は雨降りで合羽を着ていて頭までかぶっていると視界が狭くなり、右が見えなかったのである。

 

皆さんこの程度ですんだのは普段、吉方取りをしているからです。 恐らく乗用車が徐行していなければ重傷であったでしょう。

 

そうなんです。この日は五黄殺→暗剣殺でした。二日間ともそうなんです。