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朝から左下肢に鈍痛。いろんなことを考える。

このブログを掲載しようとした朝、古傷の左足が鈍痛で歩けますが、左腰から下肢にかけてです。

 

整体の先生に連絡を6時代からメールをするが、返事は無理かなと思いながら、ストレッチを布団の上でそれから床で始める。軽減されたかというよりも意識が変わったので痛みも克服できる。「負けるもんか!」という意識です。

 

それは前回の痛みのとき腰にと湿布を頂いた。それはいいのですが、一人暮らしですと鏡に向かって貼るしかない。其の時に悲哀は何とも言い難い。

湿布が曲がったり、しっかりと貼れず浮いてしまったりとこんな時に女房に声をかけるのも身勝手だしとみじめなもんです。我慢!我慢!又ストレッチでもするか。

 

昨晩はえびす家へは行かず、チーズ気を食べたかったのでベネディーレへ、正直、食べ過ぎ暫くぶりに健啖家ぶりを発揮してしまった。 というよりもやけ食いかな。本当に食べました。

 

さて、胃カメラの結果と健診は薬が無くなったので不安になり、土曜日、友人との飲食が無くなったので行ってくるか。不安!

 

いろんなんとを考える。本当にいろんなことを。こうも考えるものだと思う。

 

一つ、「老人になったときに──見せるべきものをもっているか。語るべきものをもっているか。伝えるべきものをもっているか。このうち、ひとつでももっていればいいのです」とも思えるようなことがあった。意識をするよな。

 

「女房の代わりは探せても、母親の代わりはいませんからねェ」私には両方とも今はない。

母親は抱かれたことがないうちに、抱けない結核という病気で抱くことが出来ない。この世に執着を残したまま亡くなっている。いつも右肩に居る。

 

女房は別れたが復帰しそうなきっかけがあったが交わるうちに良いところと別れる理由を確信しただけで相性は良いのだが、シンパシーの問題かな、それがない。

 

「人間はね、性格よ。性格がよいことが一番よ。顔はあればそれでいいの」と言うけれど面喰いの私には側に置いておきたいが、絵にはなるが安らがない。女房はね。

 

「人間、諦めながら年をとってゆくんだ。夢を捨てながら年をとってゆくんだ」実感すね。

いいなと「やっと見つけたと思うと年齢差が如何ともしがたい」実現性のないとわかっていても微かな幸せ感はやるせなさが残るが味わえる。でも恋人としての関わりと、やりとりではない。オッさんであり、何とも自分をごまかしている。

 

「好かれるように努力するより、嫌われるように努力する方が、自分が見えてくるのよね。拒否される自分で、自分が何なのだか分かるってことかなァ」

 

そんなこととんでもない!好かれようとは思わないが、相手があることであるし、私の好意に対し反応と自然さが何よりもである。反応で人間性はわかる。

 

「人間はみんな例外なんだ。一人一人、前例のない生き方をしているんだよ」だから面白いと思えるんです。こう!反応するであろうと思うと、まさに生き方、強いて言えば教養(知性)、育ちは躾ですか、それはそれ以上にその方の持っているそのもの(魂の質)が出るのです。

 

「小異を捨てて大同につく。」よく使う言葉ですが、恋人同士だって結婚するって究極はそういうことなんだ。周りの男女、恋人同士、夫婦など本当にそうですよね。

 

私は仕事(夢)を持っている人、男女問わず結婚は薦めません。夢は何かを犠牲にしないと叶いませんし、失うものが大きい程それだけそれ以上に得るものは大きいという事です。

 

結婚をして「家庭を守るというのは、仕事より大変なことなんですね。女性が仕事に走るのは、その方が楽だから」と言い切れます。

 

「どうやって口説こうかなんて考えている奴は口説けません。その場の勢いで、相手が口説かれているなと気がつく前に抱くなり、押し倒すなりしなきゃ。そういうものです

私の持論です。そうは行かなくなったという、無理が効かない年頃なんです。やりたいけど、やって来たけど、その方が冒険的で男性ホルモンが湧き出ますね。

 

私の持論(感動した名言) まだあります。

「人間、最後が幸福になるように生きていくのがコツですよ」

「生きるということは、生き残るということです」

「自分の欠点を自覚しろ。自覚できたら直さなくったっていい。欠点のまま魅力にしろよ」

「人間、今が一番若いんだよ。明日より今日の方が若いんだから。いつだって、そのにとって今が一番若いんだよ」

「世間で良い家族と言われているのは、お互いに我慢強い家族ということです」

 

*上記の文章は名言/格言などmemoとして記録してあった中のものです(自分の言葉もあります)