即今只今!

即今只今という言葉で、元々元気で口調が強くなる私としては、「常に心掛けなさい」とアドバイスを貰っている気がした。「大切なのはかつてではない。これからでもない、即今只今のことである」

 

即今只今は、「今を一生懸命生きることが大事」という意味ですが」というのは私は現在、娘と錯覚し、恋心を抱いたいる70を迎える爺さんでもある。

 

でもね!こんな心情というものは細胞が活性化するんですよね。これは私にとってはとっても大事なことで飾る、衣装を考える、主婦が「今晩は何を作ろうかしら!」と同様でファッション着飾るというのは主婦の感覚(脳の刺激)と同じなんです。

 

というのは仕事先ではファッションは私にとっては自己をアピールする、センスはそういう意味で自己表現でもある訳です。仕事得るか否かの現実なんです。

 

着飾るという感覚は「愛」と繋がります。センスの悪い人は心も豊かではないです。私は年齢的にいえ ばスタイリストでもはしり(先駆けなんです)。

それとセンスというのはその人の意識が現われますね。

 

お洒落は計算が分かるようでは嫌味になってしまう。例えば目立ちたがり屋とか。冷たい人はそんな色、組み合わせ。無頓着は無頓着でいい。それも自己表現。ケチな人はけちが表に出る。

 

逸れますが愛にもどります。

 

愛は意欲に繋がります。娘年齢に愛も減ったくらいもないでしょう。男として自分でありたいが、関わりたいが、当事者でありたい。無理!

 

感覚的には当事者なので。愛は年月は全く無意味!

 

そうそう!私の関わる相談内容は一現象で終わらず必ずや同じ様なことが重複する。次々と同じ様な相談をうけるが、これは流れ、人のリズム、心の作用というのは同じ響きなのでしょうね。

 

相談者の殆どが「感謝」し、なきものはその相当のものは受ける。そうした経験はあった。

語るに落ちる。誰がもが(客観的に見ても)その不自然さ言う。感謝に包まて幸せです

 

又、口撃的になってしまった。

 

役人は本当に嫌いです。実は私の縁続きには役人 ばかり、だからなんですけどね。

「夢が語れる、それが政治家の資質です。夢が語れない、だったら役人になりなさい」

 

私はこうした親戚集団で本家の長男です。唯一 美大にいったので変人扱い。殆どが何とか省のお役人、そうでなくても校長先生で私はこの家に生まれるべき人間では無いとつくずく思う。

 

まあ!いいや楽しいことを考えよう!

娘が仕事で神戸に行っている。親として大人であるのだから心配無用であろう。しかし何かと余計な心配をしてしまう。、私としてはこの程度は欲求不満!

 

ギュッーっと抱きしめていたい。父親とはそういうものではありませんか。

何しろ忙しいし、他に幸せ感があるから、親の宿命 でしょうね。

 

特に父親は娘に対しては夫となる人はキモーい、許せない、等など理由ずけしている。

 

私は所詮、独占欲の塊ですから。やはり母親の愛情を受けていない、何処か欠落しているんでしょうね。

 

でもね!えびす家のマスター曰く。

私が可愛がっているのは 分かります。と言って理解してくれる。否、気持ちが前面に出てしまう私を理解しているから呑み込むしかないのかな。

 

得意先で実に不自然ですが、「娘が神戸に行っているんだよね!」まるで娘の仕事風景を語っいる自分が違和感よりも、親子関係を語っている自分が後ろめたさよりも勝っている。

 

早く!帰って来ないかなあ!

 

仕事中でワインボトル一本空けてしまいました。

何か気を紛らわしているのでしょうね、