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憤慨居士の姿が出てしまった。

とうとう私の大嫌いなお役人が娘さんと一緒にやって来た。

記憶には相談者の中には3名ほどいらっしゃった様に思う。皆さん既に私の役人嫌いはご承知、知性と人格が備わった方々なのでそのまま許容されているというのが姿なのです。

 

娘さんが一人暮らしを希望している。結婚相手は居るのだが親の心配はわかるのだが、希望されているマンションを将来は彼と住むことを前提としている。

 

そんな内容であれば親の杞憂は膨らむばかり、ケロッとしているのは、合理主義の娘さん。「何故なの?」何故心配するのかといった顔をしている。

 

そこで両者の意見、ご希望を窺ってから、先ず、マンションの方位が悪いのを指摘、娘さんは「離合」で言えば「離別」の星を持っている。そして育ちがいいから穏やかそうにみえるが結婚したら、自我の露わになる。

 

彼氏も鑑定したが強さの比較をしたら遥かに娘さんは強い。相性はいいが、これ又お役人である。お見合いから恋愛に発展したパターン。

 

娘さんが「先生、先生は何故役人がお嫌いなのですか」と問われる。

「すべてのお役人が私の過去の経験から得たイメージの方ばかりとは言えませんが」何処かが欠落し、片端者が多い。

 

例えば。私の経験では。

 

*「役人は自分の理解出来ることにしか興味を示しません。理解出来ないと侮辱されたと思い込むのです」

 

*「役人が威張るのは、尊敬されていないことを知っているからです」

 

相談者、ご本人の前で言い切ってしまった。でも娘さんが話している間もニコニコしてしている。

恐らくお口には出さないがご自分の周囲にはそうした方々が多いと認識されているのでしょう。

ご立派!

 

そう!攻撃的な私が逆に恥ずかしくなってしまった。言われたことに反応し怒るよりも、こうした態度には恐れ入る。

 

以前、イチローの記録をピートローズがイチャモンをつけた。アメリカのマスコミの報道はピートローズに対して折角の大打者が「晩節を汚すな」と言っている。

 

その渦中イチローの言葉が印象的であった。

それは「人は自分よりも同等か、それ以上だと、その人を攻撃する。自分より同等かそれ以下であると褒める」という名言がある。反省!

 

お二人の相談内容はタブー。何故この親である役人が嫌いで攻撃的にあったか。過去の例を辿ると恐らく社会的にはそこまで辿りついた、努力と知性があったのだろう。しかし環境で変貌してしますうのでしょうね。

 

何しろ自分達以外は下衆と扱う。ユニクロなどを着る人は下衆の骨頂、特別な階級の人種と思っている。

 

知らないとは恐ろしく、私の様なファッションの仕事をしている者でも、ユニクロのボトムスは認める。 皆さんに薦める。ユニクロはデザイン優れているが事業展開なんです。

出来る器でもないのに言うんです。役人は公僕をいう意味がわかっていない。国家レベルから考えると米粒以下でしょう。

 

しかし私の世界は真っ裸、何の勲章(経歴)も存在しない。が認めざるを得ないものが存在するのであろう。個々は人格はいいものがあるが、錯覚の人生です。

 

ここまで書くのは常に相談を受けるお役人でも上述の方は立派で人を下衆扱いにしません。

 

やっと怒りの収め先が分かりました。良いところを認めることです。そうすると気持ちが暖かくなりました。

 

お二人は感謝されてお帰りになりました。貶しもあったのに感謝されて改めて受けたことに対する感謝ですね。

 

今日は障害者の集いがあり、いつも土日曜お世話している知的障害者の方をお連れしました。

身体に障害者のある方、ダウン症などなど、大田区長が挨拶をしているとピョンピョン目の前を跳ね回る光景は他では見られませんね。

 

票集めの議員がズラリ(親御さん目当てに、福祉、福祉と連呼)、それも異様ですが、詰まらぬことが多すぎる、この集いに参加して改めて自分の狭さに反省!

 

ボランティアとはいえ、この機会に与えてくれたのは神の配慮でしょう。心穏やかになりました。憤慨居士の姿がちょっと恥ずかしくなりました。