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何と寂寞たる思いである。気分が昂揚して、つい軽佻浮薄に陥る。

こんな怖ーい!経験をしました。

 

老人介護に関わる会社に縁があり、分かっているが先日シャワーを浴びて浴室から出た時、普段であれば足元にマットは敷かれているのに外に干していた。

 

「ツルん!」と濡れた足だったからでしょうね。ひっくり返り頭を入り口ドアに打ちつけてしまった。

 

幸い左肩と首が暫く痛みがあったがそのまま痛みが自然にとれた。

他人には「年をとったら、転ばない、風邪をひかない、食い過ぎない。これで十年は長生きします」と言っているのに、これが独居老人の怖さで孤独死を招く。

 

昨晩はBaccoで久しぶりにY君とあった。パソコンについてのことを訊ねることで声かけをしていたのでやって来てくれた。

 

そうすると後ろにKさんが一人やって来て、自分の世界にはまっているので挨拶程度で目礼をする。一言掛けたかな? 前からこの二人は紹介したかったのだが、Kさんは自分の世界にいる。入ってほしくない。

 

 でも何だかんだと絡みついた。 そのY君は息子のようで、会って話をしていると、そこに奥さんのMちゃんが絡む、これが可愛い!(そうだ!可愛い!ていうのは、可愛くないものを差別している人ですね。きづいてませんね)

 

でもね私は娘(たたな)に何もしてあげられない反動でMちゃんを可愛がるが、これはまた人妻でY君の奥さん。こんなもんですね、現実は。

 

そうしたら、もう一つの出会い。例の可愛いだけと思って見つめていたら、そうではないスケール感と潜在的に秘めているものへの期待感と私の本来の娘の対する詫びる思いが心底にあることそれが一気に出てしまう。

 

娘はパパッ子で幼い時から、私の股の下で人生を見つめ成長し、大きくはまるで愛人のようにベタベタと腕を組んで二人で歩いていると世間はその姿を愛人かのようであったらしい。

 

ある事情で今は全くといえるくらい会っていない。間接的には何かと気遣いが感じるのだが、私のそうした愛情はその反動であろう。

 

Y君と会っていると奥さんのMちゃんが携帯から絡んでくる。この絡みが家庭なのでしょうね。私の性格(極端な淋しがり屋)を心得ている。

 

今朝、子供(女の子3人)から動画がLINEに入っていた。これはY君の配慮だが。

まるで孫に対するおじいちゃんの様子である。

 

そうした心の空洞を埋めるこれっといった人との出会いが無い。別れた妻(三番目)との復活仕掛けたが、それはかえって別れた理由を確信することになってしまった。

 

こうした空洞を埋めるために前妻を振り返り見つめようとするが良いところを探し、相性は心身共にいいのだが、私は見た目(面食い)をこだわる。

 

一つ一つを取り上げても人に対し、そんな考えは不純である。

リサイクルショップをしているのでゴミ袋大で3袋を以前から寄付をしようと準備していたものを住所で同じ大田区中央なのに一丁目、私は五丁目の僅かな距離をわざわざ宅急便で送った。

 

実に不自然である。何かそれには潜む思いと期待があるのか。

良い人、私の視覚と心に響く人(女性)はごく少ない。贅沢だな!

MちゃんとSさんくらいかな。 今は心が揺れている。

 

何と寂寞たる思いである。気分が昂揚して、つい軽佻浮薄に陥る。