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マインドコントロールとは久しぶりに聞いた言葉。

久しぶりに二つの言葉が一つは表現されたもの、一つは直ぐに浮かんだもの。

 

一つ目はmind と control とによる和製英語であるマインドコントロール。一時はマスコミに頻繁に現われた言葉。和声英語だとは思わなかった。

 

この言葉は放たれた言葉で、その時期は意味を訳の通りに解釈していたが、改めて統一教会オウム真理教で盛んに騒がれたことを思い出した。

 

簡単には言い切れない奥深い言葉で軽々に使うものではない。統一教会やオウムの経緯を考えれば仮に(止めておこう)一人の教祖から多くの犠牲者が生じる。両方悪い。

このくらい時間を経れば多くはそういった結論であろう。

 

改めて掘り下げてみたが、他人の思想や情報をコントロールし、個人が意思決定する際に、特定の結論へと誘導する技術を指す概念である。

 

誰も同情しないししていない。私にこんなテクニックが備わっていればそれをいい方に利用したい。

少なくとも私ごときの周りの相談者(ほぼ5年から30数年のお付き合い)にはこのレベルの人はいない。いないというよりももっと現実的な結婚、家の新改築(普請)造作、動土、移転、婚礼、旅行などマインドコントロールなど程遠い。

 

よっぽど脆弱な(怯え)心の持ち主であり、かといって私の変人と承知、何を言い出すが分からない、それこと夜中でも連絡は日常茶飯事それもこれも全て承知のお付き合いが30年維持用続き維持しているのはなんなのであろう。

 

受け取り方、付いていけない人はもう一つの言葉があるのは「縁なき衆生は度し難し」である。皆さんの仰る共通語が「先生にはなかなか慣れませんが理解はしています」戸惑うということである。

 

私の相談者(名簿だけで恐らく「万」とはいえないが三千人はいるでしょう)そのうち頻繁に連絡をとっているのは数百人でしょうが。

 

いちいち「あなは私の鑑定、アドバイスで救われましたか?」などと訊ねたことがない。

何人救ったということではない。占術は道案内で「ここを通ったら安らか(穏やか)で爽やかで人生を歩めますよ」と歩むのはご当人なのです。

 

通り方は既に通っている方次第です。

 

ここで峻拒した方が初めて出ましたが、ここまで多く方が相談者のいると今後もあることなので、どういう自分であらためなければいけないのか。(過去に一人もいない)

 

考えましたが、ごく人間的に「好き嫌い」きめることにしました。違和感を最初に覚えた方は御断りをする。必ずや後で問題を生ずる。人間ですからということもありますからね。

 

それは意外と当を得ている。

私の立場は難しい「その人への思い(感情)も入る。入ってしまう」ここで問題になるのは。

霊(ことだま)とは、一般的に日本において、言葉に宿ると信じられている霊的な力のこと。

声に出した言葉が現実の事象に対して、何らかの影響を与えると信じられ、良い言葉を発する良いことが起こり、不吉な言葉を発すると悪いことが起こるとされている。

 

相談中の私は良く文字が浮かぶ、その文字の解釈も様々、私の解釈でお話しをすると、相談者によっては違う解釈を持ち出す方が極わずかいらっしゃる。ほんの数人ですが。

 

日本語はそれが怖い。これば日本語なのでしょうね。

人も言葉(文字)も軽々と使わないこと。でも面白くない回答になってしまうでしょうね。

 

携帯電話も出てきました。パソコンはYさんに差し上げたのはDellの対応が嫌いなので生かしてもらうのはYさんしかいないので差し上げた。失い、出会い等たかが携帯とPCでも多くを学ぶ。現象にはそれぞれ意味があってマイナス思考ばかりではない。

 

失うことで学ぶことも何気なく持ち歩いているよりも再び私のもとに戻ったことの意味を考えさせられる。