ゴルフに熱心も、怒りを抑えるため。

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雨天が続き、溜まった洗濯物がそろそろ気になってきた。私の以外な趣味、肉厚の高級バスタオルの収集が趣味なのである。

 

必ずタオル売り場で無地で肉厚の高級感のある物、必ず見ますね。それども結構集まったので購入出来るものは少ない。シャワーなどの度に替えるので収納も大変ですが、洗濯も専用物干しがあるくらい。

 

やっと洗濯も終わったのでゆっくりした朝食、相談が3件ほど処理しなくてはならない。

そう急ぐことではないのでゴルフの疲れを癒す。練習のし過ぎ、水、金曜日にその都度200発ですから、それに大分このところ安定したスイングが固まったので、それを確実にするために翌土曜日も連日ということになってしまった。

 

いやいや疲れた!30代はアプローチも含め500~600発それ以上かな、早朝の練習場を一人借り切って頑張った時期もありました。このように徹底して完璧主義、ビデオを必ず持参、帰ってチェックするなど、ちょっとした動作(癖)をも修正する。

 

幸い今のレッスンプロが相性がとても良い、スーッとアドバイスが受け入れられる。当然ですが、方位を見ています(蒲田です。南の今年の吉方)。だって今まで雨降りに遭ったことが無いんですよ。こんなに雨天が続いたのに。でもね!プロも頭がいいですね、そんなもんです。

 

私の身体を心配した弟子がもう一人、九州からやってきた。新潟の弟子から様子を聞いたのであろう。それには年数回の”お稽古”というのを設けている。それもあるが占い上の迷い、重要な相談内容のチェック、今回は暦の作成についての質問であった。

 

この暦はいまだに弟子二人でも私の最終チェックを受ける。そのくらい完全、完璧でなければならない。吉方取りの吉凶は分かるのだが、細かいところでは吉と判断してもその人の星がそれを跨いでいくようになると大凶と化すことがある。それが理解できない。

 

その後、稽古の時に最近峻拒した相談者の例を話しました。その斬捨てた方が、浅薄にも暦を自家製してそれをSさんに渡しているという。稽古日には相談者も数人が参加していたが驚きの声が上がった。もはや「命知らずですね」とまで。

 

どうなろうと私の立場ではどうでもいいのですが”命”に関わりますと今でもその斬捨てた方の暦は作っています。何らかに備えて。

 

絶対に今後がその方へ暦を差し上げることはないですが、許しがたい「冒涜」としか言えない。

神聖尊厳なものや清純なものをけがす愚か者の行為でしかない。「命」を軽んずる、まさに。軽佻浮薄としか言えない。動機が「浮薄」と言うがごとく浮ついて軽々しい。

 

「冒涜」と言うように吉凶などは地球、否宇宙を司る神への冒涜すらある。知識(智慧ではありません)や社会的地位のある方だったことで学ぶべきものがあります。

 

弟子、相談者も驚きを持って「そんな人もいるんですね」と私はそれ以上は言葉を控えた。

そうした私もそれに嫌々とはいえ関わったという罪はあるのですから。この方と接している時の悪寒は予兆ですがそれすら決断できなかった私は何も言えない。

 

恥ずかしいですが、私はかなり怒っています。30数年の勉強の結果、こんなに軽く扱われたことに対することです。思わず「冒涜」と言う言葉が出てしまいました。

 

嫉妬は怖い。人は絶対に学歴、社会的地位では人間性を判断できませんね。70歳でもこんなに実感したことはありません。

いい時に斬捨てて色に染まらなかかったことに感謝している。本当に染まってしまうのです。見えなくなってしまう。これが怖いのです