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最も重要な場所は、それが家庭です?

相談者でとても期待をしている方がいる。

魂(好きな表現ではないが便利な言葉なので)がとても純でレベルが高い。

”純”故に脆弱な面もあるが、それは他(唯物論者)には差異が明らかになる。〈なくす〉 lose 〈逃す〉 missという言葉が浮かぶ。それにより危うさも浮かぶ。

 

ただ結節点は家庭であり、家族でもあります。

結び目としては。

 

家庭はおおよそ四つの機能を果たします。

一つに子供に対する(言語の学習をはじめとする)養育。

二つに(世代間の葛藤調整を通じる)社会規範の訓練。

三つに(消費の質量を確保することによる)その家庭の社会的地位への適応。

四つに(貯蓄および資産投資を手段とする)地位向上への努力です。

 

人間が「成就」を図るにあたって最も重要な場所は、それが家庭です。

そうなるのは「プライベートネス(私人性)と、「パブリックネス(公人性)が激しく衝突しているのが家庭であり、それ故、その衝突を潜り抜ける精神の力量があってはじめて人間は人間で示すに値する。人格を持つといえるからです。

勿論、力量には想像力もはいっていますので、実際に家庭を持たなくてもいいのかもしれません。

 

家族の「族」は「鏃(やじり)」と同じで「鋭いものの集まり」のことです。

戦乱の絶え間のない中国にいかにも相応しい家族観といわなければなりません。 

 

男は「大きく構えた上に”一本”の簪(かんざし)を挿した”夫”」として威張っていますが所詮は「ハズバンド」(家の百姓、husband)なのです。 

女も「箒(ほうき)」を持った”婦”」であり、あくまでも家族の守り手としているのです。 

 

広くいって、血縁、地縁、宗縁、約縁など、さまざまな「縁」によって結ばれた小集団が、つまり共通目的を役割体系が定まっているという面では小組織が、過去から連綿と繋がっている現在に至っているのです。

 

「縁」それ自体は縁(はし)ということに過ぎませんが、それが(音の繋がりで)「因」を意味することになり、」小集団・小組織の中に入れば、」「囲みのなかで大の字」となってひとまず安心できるわけです。因縁という言葉がありますよね。

 

「外に対して鋭で内に対しては鈍」、それを許すのが家族ということになるのでしょう。 

 

こうした意識を持って結節点は家庭であり家族を、そして会社(家族同然の社員を)精神の力量・想像力を持って障礙(しょうげ)潜り抜けて欲しい。

 

話は逸れるが、私は水曜、金曜日のゴルフのレッスンを受けている。それにより思わぬ効果が生まれた。

 

それは排便が一日二回~三回くらいで快調そのものである。

敢えて何故言うのかと言うと相談者、特に女性の便秘症が著しく多い。それがレッスンで200発ゴルフボールを打つ。捻転動作をくり返すからであると気がついた。

 

尚且つ、レッスン前にクラブを背に柔軟体操のつもりで捻転動作を200回繰り返すことで十分な運動量である。

 

尚、体幹を本質的な観点から鍛えれば、体幹の安定性は高まり、体幹の安定のスピードが速くなればなるほど、上肢や下肢は速く反応して動作するゴルフには打って付けの運動である。

 

お薦めである。