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最近、変なのですよね。 年齢のせいかと思っていましたが、単なる忘れっぽいとか、それによる現象が頻繁とは言わないが、ときどき起こる。ドキドキしてもいる。ポカット穴が開いたように廃忘し記憶を忘失してしまう。

「とうとう来たかな?」と不安感に満ちる。急に老後、将来が不安になってきて暗欝な気分である。

 

冷静に己を見つめるようにしていると、この頃不思議な作用のものが入ってきて、人間と世間への解釈に、変幻自在な世界が展開し始めたのです。

 

私の脳波と電流とがカチカチするところに、不思議さが生まれている。 それだけではありません。何か動くことなく存在し続けているのです。

 

まことに稀有な心(精神)だと思います。実体は影のようだった。

こうした心情にいつもとルーティン化したいるえびす家へ足が進むと、カウンターの私の定席の前に以前ママが老いてくれた金魚蜂のような器に貝殻、ビー玉、造花だがとてもバランスよく活けてある。

 

何と心和む、夏向きの「水の演出」であるが、効果満点。

 

これをヒントに自宅へも、清涼感を求めて私なりに創作・演出をすることにする。

 

それは住まいの写真として掲載しているものである。

因みに仏花も生ですと、留守中に水が温まってしまうので(お湯です)それで小菊のような造花にしました。

 

加えて、老人の施設にも一鉢、創作しました。近日届けるようにする。

 

この鉢の効果は歴然です。大空間を鎮めるような効果があるのです。

えびす家のママに感謝ですね。

 

この鉢が玄関でお出迎え。テーブル(兼、食卓、作業台)、パソコンの隣、眼に入る範囲に置いている。

色も淡い薄緑色でまとめ、心が和む。

「造花などと侮るなかれ」と認識を新たにした。

 

その花を見ている顔がパソコンに映し出されると脳細胞が真っさらになったような表情である。

 

こうして花いっぱいになると、心が見えてくる。

最近の自分が見えてくる。

「光が水面に射し込むと、水面で屈折する。外界と調和できずに苦しんでいる内面の屈折」。 

「空気に中を直進する光線ともいうべきものがだが、その光が自分の内面に入った時、自分でも説明しがたい、もしくは説明する必要もないほどに屈折しているのである」。

 

話は飛ぶが、野の摂理なのであるが、昆虫は黄色が好きという。早春には、タンポポや菜の花などの黄色の花から、咲き始めるのはそうなのであろう。

 

なぜタンポポなのか何故黄色なのかと言うと区の新しい施設に大きなタンポポが道路沿いに10個くらい並んで、水の霧を吹き付けて通る人に涼しさを(特に趣向をこらす)振舞っている。

 

敢えて言ったのはそれも造花です。