アメリカ大統領選。経済・社会不安、改め自分の姿勢。浮游する難民。

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<浮游する難民>

オバマ大統領の当選を占い当てたことで、永田町から又問い合わせがあり、クリントン、トランプ氏両氏はアメリカ大統領としては相応しくないと言い切った。

 

そして両氏とも民主、共和党から指名を受けているのだが、選挙当日をもみると両氏とも当選する条件(運気)が全くない。と答えた。 具体的なこと言わなかったのですが、その他候補として相応しい方を尋ねられなかったし(いる、いたんですがね)、もう遅いという理由であったので、永田町、何とか「省」の役人もあきれ顔。

 

今朝の新聞でも有利の兆しのクリントン氏も自らの財団への寄付先への利益供与、元スタッフの暴露、金の亡者と化している。と具体例をあげて批判。

 

トランプ氏は暴言発言で自業自得。私はどうしても、どちらかにしてくれと言われたら、強いて言えばトランプ氏ですか。理想主義ではなく、必要なことを実行する実務家である。政治家よりも成功した企業家の資質が重要であると考える。

 

万が一大統領になったら暴言の印象よりも現実的に対応するでしょうね。でもクリントン氏よりもいいと言うだけです。

 

クリントン氏は最悪ですね。腹黒い、金の亡者、うそつき(秘密主義。小池都知事の大型版)

 

こうなると私の占いが今や永田町で話題になっているらしい。

 

難しい時代になりましたね。

国内市場の縮小の懸念、国政的な動き。経済の専門家ではないが一番気になっているのが原油安で14年半ばからであり、これだけで12年から続く。

 

世界は反グローバリズ声が高まり、米大統領選も内向き志向を強めている。

 

永田町で注目のもう一つは今年は地震など災害などが増大、自殺、殺人、景気が後退すると占っているのがそうした不安が現実的になってきた。それで私の占いの改めて注目する。

 

このくらいにしておこう。ボロが出るから。官民双方が貿易活性化への取り組み次第である。

 

久しぶりにPCの消失したデータの復活、ipadの取扱についての指導をY君にお願いし、自宅を訪ねる。それからえびす家へ。

 

このY君に対し私は感じていなかったが本人が「私は相当に理屈っぽいですよ」という。 確かに!今までそういった質問が多かったのを過去に経験した事,事象やそれに関する表象を思い起こす。特に記憶心像を再現してみたが確かにそうかもしれない。

 

と。隣で飲んでいるY君の顔を見入る。

 

Y家族は自称「偽装家族」と言って、奥さんのMちゃんは完全に娘である。可愛くて仕方ない。勿論、孫(娘3人)は特別。Y君は婿さんという意識である。 何故この家族かと言うと将来の期待から関わりを深くしている。そして私の占いに対する意識がとても「純」でいられる。その世界が必要であり、神域(Y君が表現する)に近くでいられる。

 

こういう意識である。

「私は自己を語るに足らないものとしている」ひたすら他者を(占う)そのためには、自己の欲望や利害、あるいはときに好悪まで捨ててかからねばならないのである。理想的には、無私になってこそ、他者や、他者を取り巻く物事の客観化の高い純度が得られるといえる。

最も単なる無私では(占っても)物事は見えない。

他者は物事を客観化するという作業は、思考の一過程にすぎず、最後に易学的展開という坩堝(るつぼ)に入る時は、再び私に戻らなければならない(これが重要)。この場合の私とは初原的な私ではないだけに、ちょっと説明しがたい。

 

こういう分野に入り込んでしまった者は、日常的に私心とか我執とかを抜き続けていねばならない。といえば、何か立派な風情のように聞こえるが、そういう意味ではない。

 

「則天去私」私の占いの指針としている。

《天に則(のっと)り私を去るの意》夏目漱石が晩年に文学・人生の理想とした境地。自我の超克を自然の道理に従って生きることに求めようとしたもの。漱石自身の造語。

小さな私にとらわれず、身を天地自然にゆだねて生きて行くこと。 ▽「則天」は天地自然の法則や普遍的な妥当性に従うこと。「 去私」は私心を捨て去ること。 夏目漱石そうせきが晩年に理想とした境地を表した言葉で、宗教的な悟りを意味するとも、漱石の文学観とも解されている。

 

夏目漱石の小説が大好きでね。影響は大きいです。