PCのデータの消失。携帯を落とす又データを失う。思わず自分の運勢を見る。

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<データの氾濫>

昨日は携帯電話を落とし、仕事上やプライベートでとても不自由な思いをしている。 とうとう諦めて、auショップへ3時間も待ちました。

 

普段はノートPCを使用。これがかなりハイスペックなので使用には何の不自由はない。 それで今回のauショップには私としてはかなり慎重に考え、選択をした。 そこで携帯電話はメールと電話機能しか使わないので一番単純な形はガラ携でアイホーン機能付きを選び、それに加えiPad pro 9.7インチを選んだ。

 

まだ、映像などのやり取りがあるのでどうしても広画面が必須である。ところが大変、全てのデータをPCからも消失、携帯のデータも無くすことになる(設定はY君の手助けが必要で依頼) もう諦めて、開き直った。

えびす家のマスター曰く、的を射ているが「一からやり直しということではないですか」そういう覚悟はしていたが、まさにその通りです。 同窓会、友人、取引先、親戚をも含めて形としては断絶、連絡方法をトライ&エラーを繰り返す気にもなれず、縁のない人も多くデータとして残していたので、このシンプルさはそういう諷喩(ふうゆ)であろう。

 

こうした会話が出来るえびす家は私にとって「海底の魚群が、海藻の中で憩うように、人も、たれもがそうだが、室内が木など生きた材で出来ている酒場や喫茶店にいると落ち着く、古来以来付き合って来た素材の傍にいるのがいいのかもしれない」と思える場である。

 

となると人も木材、土、石材、皮などがそうである。えびす家は人もそうであるが木材で覆われた落ち着いた内装である。そんなもんですよ。

 

暫くぶりの料理以外で褒め、感謝した。料理は美味しくないと30数年は通わない。数年、数カ月でその店を評価する、勝手な客がいるが愚かすぎる。「マンネリ」などと言えるのは余程不味い店ばかり通い、頭(舌でなく理屈)で料理の味を判断する客・輩である。

 

*”そうでした”、古い相談者で伊勢神宮の行かれ体調を崩された方を見舞も兼ね、自宅へ伺った。

驚いた!古い相談者なので暦、方位の見方は熟知しているはず、ところが前日に長野から変えられそのまま仕事で伊豆方面へ行かれたとのこと、方位と辿ると、暗剣殺から五黄殺に動いていた。それがこの大凶の方位は直ぐに現象が現われない。それが息子さん家族の誘いで孫との旅行ということで方位も疎かに出かけたらしい。 その現象が現われたのである。厳しい言葉でお孫さんとの旅行とはいえあまりにも飄逸な行動であると。古い相談者だけに厳しく諭した。(方位だけではないのですが、伊勢神宮の一部の想念の凝結(業想念の凝塊形成し凝結ともいうがその影響らしい)した個所へ行かれたこともある)

 

私の役割「お代理として」は世間の要所々々にこうした関わり(えにし)を残しながら、実体は影のようなのです。