読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

改めて暦の効果を認識する。 禊祓(みそぎはらえ)を公開する。

f:id:bunsanjp:20160807142029j:plain

<祈り>

昨日土曜日は知的障害者の通う施設のパザーへの付き添い。何年も続けているが、暑さのせいもあるのかとても疲れる。ボーっとして夕食にえびす家行ったが、そのままの状態がしばらく続いた。

 

そこへ20年ぶりの不思議なご縁で大森でお会いしたTさん(女性)。その後数カ月はお会いすることもなくいたのだが、偶然ご主人がえびす家へ、その後、奥様が現われ復活となった。

 

奥様とがご縁でしたが、アパレル会社時代の山王直営店のお得意様でした。今知れば当時はご主人が単身赴任だったので、良く店においで下さったとのことを知る。昔話し、製品に対してよいイメージが長く残っていらっしゃるのと、ご主人がデパートS(取引先)にお勤めだったのもご縁があったのです。ご主人がすっかりえびす家をお気に入り、山王のお住まいでも知らない方がいらっしゃるのは驚いた。

 

えびす家の帰り、出口でひとりの女性のお年寄りが立っている。私の相談者だったので驚く、訳はご主人が入院中で毎月送っている暦の代金を納めていないのでとわざわざ2カ月分を持ってきてくれた。私は催促みたいなことが言えないのです。感謝が奉加金として繋がるので、そうでないならそれでいい!と考える性質なのです。

 

えびす家へ入り難く、私を確認して外で待っていたらしいのです。義理がたい。有難い。 今回、お一人を峻拒(斬捨て)したのもそれが原因ですが、その姿勢ですね。禊(みそぎ)後、お一人お一人を祈り、暦を作成、気になることは言葉を添える。 それはそれは大変な作業なのですが、それが報いられるのはその暦(方位)が効果を体感して感謝をして頂いていることです。

 

学生から将来を期待している方は学割と出世払いにしている。期待はいいものですよ。私のアドバイスは悪い時(どん底)からが殆どで、その手助けを出来るというのも生き甲斐を感じます。

 

禊祓(みそぎはらえ)はこんにち、かなり省略化されていますが肉食を絶ち、瞑想し(沈黙の中で自分の魂を見つめる。そして相談者一人ひとり浮かべる)。清浄を守り、知恵の探求せねば暦に魂が入らない。

「強弩の末魯縞に入る能わず」となってしまうので相当な集中力/持続力が必要なのです。

 

今回敢えてお年寄りのこうした行為に対して改めて公表する気になった。 暦のお陰で主治医の薦める病院を外し、暦で吉方で選んだそうです(恢復は順調)。暦代を払っていないので私に直接聞き辛かったそうですが、「暦を送り続けて頂いて有難かった」と深々とひたすら抵頭され帰って行かれた。家に帰り御主人の恢復を祈る。

因みに病院は特に方位が大切です。

 

吉方取りがいかに大切か。

そこで運とは何かと考えてみると、話は面倒になります。勿論「軍を進ませる」のが運だという武断主義の解釈は間違っています。「軍」は「円」の意の転用で、「回る」ことのようです。つまり、良き状態と悪しき状態がぐうぐると転回している様子が運ということです。

ですから吉方取りが回る、巡り巡るのです。毎年、月、日々と吉方は違ってくるのです。 知ると知らない差が長い間に分かります。

 

皆さんご存じないのですが、例えばご夫婦で方位を信じ吉方取りをされている方、片方だけでも占いの時に両方を鑑定しますから、必ず両方の暦を作成します。何かあった時必ずや一方的な事情はありません。その時の為でもあります。 それと最近峻拒(斬捨てた方)した方も必ずや暦を作っています。腹立たしい行為があってもご縁があり、一時が誰よりも吉方取りがご熱心な方でしたから何かあった時の為にそうしたいます。

 

ですから大変なのです。 こうしたことで個人個人の行く末(将来)も見えますね。必ずそうなります。 又吉方取りをしていると人間性も変わります。いい磁場をうけるとはこういうことで例に出しては悪いのですが、Y君とても反応がよくなり、当意即妙、打てば響くような、反射神経に優れている。表面的に機械的だったのが人間性に情が厚くなられた。

 

私の相談者で成功者の条件は上述の条件が全て備わっている。