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年二回の神事に想う。歳を意識した厭世気分でやってしまった。

朝からルーティーン、それは神事に備えてのこともあるが、汚れ物(洗濯)、部屋の清掃、禊を済ませてから俗世では、今は“中元”というのですが、皆さんから送られた供物を捧げて一人ひとりのお名をあげて日頃の守護に対し感謝をする。

 

準備といえばお花はいつもよりは多め、えびす家から頂いた、果物、菓子、実は何と表現していいのか、形は水槽に熱帯魚がいるような姿を想像して下さい。店に(私に席の前に)置いてくれたその水槽と同じ物を飾る(実に夏向きというのか爽やかさを運ぶ)

 

年に2回の神事であるが、今回はこの水槽が加わるので少々派手である。

 

終わると、やはり疲れるのでお腹が空いて来た。

2時間に及ぶと歳ですから疲れます。

こんな時考えてしますのは歳相応に我々のうちに存在するものは全て同一である。生と死、醒と睡、若と老である。

 

力をつけなければいけない。それでSさんから贈られてきたワイン、これが神事の後のなによりの楽しみ。

サーロインステーキをニンニク、塩コショウでミディアムレアー、それを醤油、粒マスタードで、白いご飯と特に合う。勿論ワインをワイングラスで格好つける。

 

疲れ切った顔にシェーバーを当てる。そうするとTVで永六輔氏が亡くなったという報道であった。

また、“昭和の星”が一つ消えた。それを意識をしてしまった。

鏡の顔は先人の言葉で「20歳の顔は。自然の贈り物。50歳の顔は、あなたの功績。」というのを思い出しが己の顔をジッと見つめていた。あんまりいい顔ではない。己の功績とは何であろうか。と考え込んでしまい、なお、鏡を見詰める。

 

今朝は6時に覚醒、ボランティアで知的障害者のお宅へ、帰りには前日の神事の疲れか、咳がでる、出る度に胸が痛む。

 

帰ってからの朝食となるのだが、面倒臭いので「すき家」で鮭定食を食べる。

そうすると変な親爺が入って来た。「熱い!」冷房をもっと強くするように要求している。店員に絡んでいる。又熱い!パンツまでびっしょりだ!見せようか!などと、こちらは疲れと咳が出るので不快であった。

 

どうも虫の居所が悪い。とうとう爆発してしまった。

「お前うるせいんだよ!飯が不味くなるから、おめえ!に合わせるわけにはいかねんだよ!」

店員も困っている。一杯に冷房を効かしていると説明している。

「パンツを見せろよ!ここで脱いで見せろ!」周りの人は薄笑いをして私の同意している。

 

そうすると大人しくなり「熱くありませんか?」などと言い出す。「うるせんだ!黙って食べろ!」店員に「この爺には3倍の値段を貰いなさい」 「おれば帰ってもうるさい事を言ったら、警察に届けな!完全に営業妨害だから!」と言って店と出た。

 

帰りに店員から「有難うございました!」と叮嚀のお礼と言われた。

 

神事の後に愚かな行為であった。が少し、どころか沢山、老いに対する厭世気分であったのかもしれない。

 

というのは。

人は信念と共に若く、疑惑と共に老いる。

人は自信と共に若く、恐怖と共に老いる。

希望はある限り若く、失望と共に老い朽ちる。

 

老いについてはこのくらいにするが、「本当の老化は、夢も見ず、自分にも見切りをつけたところから始まる。」

 

ワインを一本空けてしまった。