国民投票に興味を抱く。そして大学の同級生の集まりで。

英国のEU離脱の件で思うには。

国民投票(referendum)例外あるいは非常事態では、国民投票が行われることが少なくありません。

 

国民投票は理性より感情で動く」とも言われています。有権者の意識をあまり低く見積もるつもりはありませんが、例えば日本で「税金を無しにする?」と国民投票が行われたら、税金無し派が勝利する可能性はゼロではないでしょう。

 

詳しくは私よりはマスメディアで詳しく書かれているのでこのくらいにして置く。

 

国民投票のことを英語でレファレンダム(referendum)といいます。その語は、本来の意味からすると「リファー(参照、refer)という意味です。そして、何を参照するのかというと、いうまでもなく、「国民の意見」を、です。逆にいうと「参照すべきは国民の意見だ」ということが当然のこととして前提されているということになりましょう。

ここにも、直接民主制の要求が如何に根強いかということが反映されているのです。

 

ちょっと国民投票を言う言葉に興味を抱いたので少しだけ、かじってみただけです。

 

実は参議院選挙で議員、秘書からの都知事選挙などの話を聞いているうちに上記の英国のEU離脱の影響力などの話題にもなっていくが私は一語にこだわった。これが国民投票なのである。ただそれだけなのだが。

 

余り語り過ぎると無謬性という保証が出来ない。

 

この続きはある。それは大学時代の同級生が集まった席でのこと。一人S君から息子夫婦の相談を受け、時間より早めに会うことになり、その後集まって久し振りの呑み会である。

 

皆、真面目なんですね、穏やかに姿と話しぶり、しかし激しさは飲み始めて直ぐに熱っぽく選挙の話になる。既に引退をしている者、現役もいる。その意見の差異も面白い。

 

我々は団塊の世代に属する、そのベビー達は、競争力も気力も他の世代より旺盛で、在学中には学園紛争をやり、社会に出て行くにはパイの分け前を得ることで、他の世代の人々よりは、強い緊張感を持ったし、持たざるを得なかった。

攻撃力、防御力で自分の知的に鍛えあげた人々との何パーセントかは、弁護士や医者になった。私達、美術大学出身者は稀であった。

 

受験ブームを迎え、団塊の世代の年齢になって志願者の数が多くなった。志願者たちは「卓越性と漠然とした観念に取りつかれて」やって来るという。競争率は驚くべき率であった。

 

となると私たちはそうした旺盛な競争力も強い緊張感もなく、攻撃力、防御力など鍛え上げた類の人種に属さない。

 

数人は私の別な世界を知っている。「川嶋はいいよ。この世の人間ではないからね」とからかうが不思議な顔をする人もいた。

 

相談を受けた友人が始めて私の世界を話し始めた。止めようがなかったのでそのままに。

 

「人間には、一般より優れた知能や才能を持って生まれる場合があるんだよ。心の何処かで、自分の才能は、偶然、神から与えられたもので謙虚に人類の為に用いるべきものだと思っている。川嶋はそう思っているに違いない。一番いい加減な奴だったが、そんなもんかと思いつつも不思議だね」と。

 

「人間の精神は芸術化されることによって、ようやく形として他者が知り得る」という我々同類に生きる役割だと思う。一般人に比べると理解する人の比率が高いのが安心する。