Sさんに捧げる。お母さんの言葉として、私のお代理としての役割。

地方の弟子から久し振りに電話が直接かかって来た。 やはり相談者を斬り捨てたことの原因その後等々の問い合わせである。

自分にもそうしたことに近い経験があるのでこうした決断に至る経緯を知りたいと言う。

 

結構詳細にブログに書いているつもりでも、やはり言語というのは約(つづ)めてしまえば書く者の高さに帰してしまう。魅き入れる程のものではないのであろう。

 

老来を認めつつ、斬り捨てるなどともう!これきり、つまり書くという能動的な(もしくは攻撃的な)ことより、読むという受動的なほうが人の心を喜ばせる、無限に愉快がそこにある。「具眼の士」などといえるものではない。

 

そこで己の裁量すら恥ずかしくなったので結論観たいのみいだした。それは“器量”である。

 

器量とはと考えている内にとても分りやすい文章に出合ったので、そのまま載せます。

 

<人間の器「器量」という見えない要素の見分け方>

 

人間には「器量」という要素があります。いわゆる女性の見た目が良いといったことではなく、人間性というもの、性格、人柄、人望、能力、などの事柄により「あの人は器量人である」とか「天下を治める器量だ」とか呼ばれる場合の「器量」です。

 

 では、その見分け方とは?

 

①金や社会的地位やルックスが良い等の条件がなくても、黙っていても、ただその場にいるだけで自然と人が集まってくる。

 

②この人といると、安心感がある。

 

③自分から上に立とうというのではなく、周囲の人間たちから「押し上げられて」上に立つ。

 

こんなところでしょうか。他にもさまざまな条件があると思いますがこんなところで・・・

 

 そして、人間の「器量」というものによって「人生の生き方」が決定づけられます。

ある、考え方なのですがこんな「見方」を私はしてきました。

 

①「器量の大きい人」はたとえるなら、人間そのものが「大きなドンブリ、容器のようなもの」であり、その器の大きさにひとが惹きつけられひとが集まってくる。集まってくるのは器量人より「小さい器」で、ドンブリの大きな人物の容器の中に例えば「おちょこ」とか「醤油皿」とか小さい容器の人間が入っていく。

 

②「器量の大きい人」は自らが特殊技能や専門知識などを得なくても「小さい器」の人物がそういったものを身につけてくれる。

 

 ※「小さい器」の人間たちは器、つまり「容量」が小さいためにその中に「器(人物)」を入れられず、人間を集め組織を形成することができない。よって人生を生きていくためにはその「小さい容器」の中に「特殊技能」や「専門知識」などを入れて世渡りするしかない。

 

③「器量の大きい人」のするべきことは、その容器の中に入ってきた「小さい器の人物たちを管理すること」である。

 

 ※例えば、「器が小さい」だけにそういう人物は他の「器が小さい」人物たちとトラブルを起こしたり、「器量の大きい人」の容器の中で虎の威を借る狐になったりするのを防ぐ。

 

 それができなければ、「器量の大きい人」の中に入ってきた「問題を起こす器」を器の外に排除する。そうしないとそのなかの「小さい器だがたくさんの能力を持った器の人物」が問題を起こす小さい器の人物を嫌って離れて行ってしまう。

 

こんなところでしょうか。

 

私の経験した事なんですが、ある会社で研修があり多くの人物が集まったことがあります。

 

そのとき、「器の大きな人物」が数人いました。自然とその人のところにひとが集まりました。私は「小さい器」の人間なんですが「大きい器」の人物に吸い込まれるようでした。

 

小さい人物たちは、それまで経験した「知識」や「情報」「専門スキル」などを「器の大きな人物」のなかで、そういったものを落としていきます。

 

しかし、残念ながらその中に「小人物」が入っており、他の「小さい器」の人物たちをバカにしたり威張ったりして自然と「器は小さいがまともな人物」が、そいつを嫌って離れて行きました。

 

その、離れて行った人間の中に、能力を持った人間がいました。なんとも、「大きい器量」をもった人間にとっては惜しいことです。

 

例えばなんですが、戦国武将で名を残した人物たちがそうでしょう。信長・秀吉・家康は言うまでもなく大阪冬の陣での後藤又兵衛基次なんかそうです。

 浪人武将たちの崇拝を集めたそうです。もちろん、本人自身の能力もあります。

 

では、「器の小さい人物たち」はどうすればよいのでしょうか?

 

①「器が小さい」だけにその中に人物を入れられないので、「特殊スキル」「専門スキル」を身につける。

 

②次に自分より「器」の大きな人間の「容器」に入れてもらう。そうして、器が小さいだけに人間関係でストレスやトラブルが起こりやすいのだが「器の大きな人物」の「容器」の中で守ってもらう。その中で、どんどんスキルを伸ばしていく。

 

③例外として「器の小さい人間」が組織を作れるとしたら、「器の中にたくわえつづけたスキル」が天高くそびえ、その高さに「同じスキルを身につけようとしている人物」たちが、憧れて集まってくる。

 

 ※この場合決して「器の大きさ」に人が惹かれたわけでなく、あくまで「器の中に積み重ねた、空高くそびえる専門スキル」に惹かれたのであって、人間そのものの魅力とは言い難い。

 

 

分りやすいでしょう。

最近「二律背反」という意味をなかなか理解できず。追求、追求と根性でやって来ていますが、ぼんやり分って来ました。

 

面白いアドバイスとは「ちなみに高校時代の国語の先生が、「国語辞典を買うときは、『二律背反』の説明を何冊か見比べて、一番分かりやすいものを買え」と教えてくれました。そのくらい、説明が難しい言葉ですよね」

 

それと「既視感」言葉として使えないのが「性善説性悪説」ですね。