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「本木にまさる末木(うら・き)なし」

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「本木にまさる末木(うら・き)なし」

<意味>いくら取り替えても、結局、最初のものより優れたものはない。多く男女関係

をいう。

70歳になって、初めて後悔、無念、残念、自責の念、悔恨、帳恨等など最初の奥さんの

価値が改めて認知(身体的、精神的、あるいは感情的な状態を意識する )し、前非の

悔悟にかられる。

 

女性の見る目が養われた上でのことですから、その悔悟の念を相当なものである。

 

70歳の経験から以下の事を悟ったのですが。

 

人の見る目を養う、簡単な5つの方法(70年の悟り)

 

1.視覚を利用する

2.聴覚を利用する

3.触覚を利用する

4.嗅覚を利用する

5.直感(ひらめき)を利用する

 

占い的に言うと、ケミストリー(相性)が最も合う人でもあった。ただ占い的には「魁罡(カイゴウ)」という最も「特殊な星」を持っていたこと。これが深奥な意味では離婚に原因だったことであったろう。

 

魁罡(カイゴウ)とは「落差が激しい。穏やかでない。何が起こるか分からない。怒ると切れるタイプ」なのである。確かにあんなことがあったな!とか、穏やかそうであったが内に秘めた激しさはあったのか。そんなことを考え巡らす。

 

魁罡は、吉凶ともに激烈な作用をし、良く働けば、その人物は頭脳明晰で文章力があり

、容姿は個性的で独特な美しさが備わるとともに、立ち居振る舞いにある種の凄みと威

厳が伴い、性格は果断で他を制圧する影響と迫力が絶大、繊細さと大胆さが同居する一

方、財星や官星との組み合わせ次第では、奇禍に陥ったり普通では考えられない不運に

も見舞われ、精神を病んだり非情となるのが特徴とされます。

 

「魁」はさきがけ、頭領という意味があります。その漢字を含む花魁(おいらん)とは

江戸時代から明治にかけて存在した吉原遊廓の遊女の中でも一際位の高い女性に名付け

られた肩書きであるように、魁?日生まれの方は期を得れば「高嶺の花」の様な存在と

いったような別格さと儚さを持ちうることができます。

しかし何でもオールマイティではなく咲くべきところに咲くといった一芸に秀でる要素

が大きく、芸能人やその道に生きるといった勝負事の大きく関わる分野で活躍する方が

非常に多く見られます。(芸能人にこの星を持った人が多い)

 

最初の妻は異常なくらい霊能者であったが、今は凡人化した。皮肉ですね。自ら拒絶し

たというより現世の享楽(生活が豊かになると遊び、お食事会などとお出かけが多くな

った)を選択したのでしょう。

凄い才能でしたが、選ばれた人にしか与えられない能力を自ら拒絶したのですからね。

 

こうなると「人を見る目」というのが大切ですね。私は単純!面食い、というのは見た

目の美しい人は心も美しいのです。

後はバランスかな、私の美的感覚にハマること。それと母を幼い時に亡くしたので「母

性」を求める(見た目ではオッパイが大きい人が第一条件ですね)。出来れば大柄の人

。今はセンスが悪くてもいい、磨きがいのある人、スタイリストですから任せて下さい)

 

 

人を見る目を養うには。   

 

 一般的に人を見る目を養うには、人生経験を積むしかないように思います。

いろいろと他人の言動にふり回されたり、騙されたり、痛い目をみながら・・・。

 

 そして、すべての人間が信用できなくなり、孤独に落ち込みながら・・・。

人を正しく見るためには、「正しい心」で人を見なければなりません。

 

 なぜなら、自分の心のなかに差別や偏見があると、どうしても「歪んだ目」で人を

見てしまうからです。

 

また、「警戒しなければならない人間」を見つける方法として、「人に言って

いること」と、「自分のやっていること」を比較するというのがあります。

 

事の大小はさまざまですが、このように「言っていること」と「やっていること」が

異なっている人間は、安易に信用してはなりません。そのような人間は、注意深く

言動を監視し、警戒しなければならないのです。

 

 ところで私は、人を判断するにあたって、新約聖書のつぎの言葉が参考になり

ました。

 --------------------------------

 偽預言者を警戒しなさい。彼らは羊の皮を身にまとってあなたがたのところに

来るが、その内側は貪欲な狼である。あなたがたは、その実で彼らを見分ける。

茨からぶどうが、あざみからいちじくが採れるだろうか。すべて良い木は良い実

を結び、悪い木は悪い実を結ぶ。良い木が悪い実を結ぶことはなく、また、悪い

木が良い実を結ぶこともできない。良い実を結ばない木はみな、切り倒されて

火に投げ込まれる。このように、あなたがたはその実で彼らを見分ける。

                       (マタイによる福音書 7章 15

-20節)

 --------------------------------

 上の言葉は、「良い人間」は良い結果をもたらし、「悪い人間」は悪い結果を

招いて滅びると言っています。

 つまり、その人間の言論や行動によって、最終的に何がもたらされたのか?

それによって、その人間が判断できるというのです。

 

真剣に結婚を考えた人で唯一、前掲の条件とは全く違う女性は一人いました。

全く違っているのです。でも知性と女性として「香り」がいいのです。香りとは醸しだ

す雰囲気にも結びつきます。

占い的にはケミストリー(相性)は良くない。案の定、本人同士よりも母子家庭だった

ので娘二人に反対された。お母さんを取られてしまう(お子さんの年齢もそうした意識

にさせた)

相性はそうしたことにも影響を及ぼす。良い条件が整はない。

 

見た目というのは外見だけではその人の価値観は見出せない。やはり精神性が最も重要

なんです。三番目の妻は外見は満足するが、精神性は低かった。まあ!変人の領域です

かな、一般的に言うと大陸的というか繊細さは有るが無いような。良い意味では大らか

、どこかが欠落している(私にとってですが)

 

才能溢れる最初の妻は今、凡人と化す。(凡人とはどういう人間か)

 

今回はあらためて凡人の定義を確認しておきたいと思います。

 

いきなり最初からガツンと言ってしまいますが、凡人とは(と言ってしまったので、敢

えて)軽はずみに言えませんね。一番目の妻は凡人と言い切れないかもしれませんが言

葉の遊びと捉えて下さい。

 

凡人とは。

薄情で、怠惰で、迷惑で、傲慢で、残酷で、臆病で、保守的で、利己的で、楽観的で、

無気力で、無責任で、無関心で、無力で、無知で、無価値で、自分がこういう人間であ

ることにまったく気付いていない無自覚な人間のことです。必ずしも全ては匹敵しない

ですが、一般論として述べると面白いですね。

 

どんな人間も完全に凡人から脱することは不可能ですから僕もあなたもどこかに必ずこ

ういう要素を持っています。

 

ただ、唯一僕らが巷に溢れる凡人と違うのは、「無自覚な」部分です。

 

少なくとも、今あなたはこの文章を読んでいる時点で、自分が凡人であることを自覚し

ています。

 

そして「凡人ではダメなんだ」ということも知っている。だから凡人から脱することが

“可能”なのです。

 

 

全てのことに理由がある。

この人、Kさん(当日は兄弟で)との出会いは誠に不思議であり、何やら因縁めいたものを感じるのである。

 

因縁」とは。

 

もともと仏教用語で物事が生じる直接の力である「因」それを助ける関節条件の「縁」がありすべての物事はこの2つの働きによって起こるとされました。

 

その結果生じた事象を「因果」といい、この因果関係を俗に「因縁」といいます。

 

[例]

因果とは

種を土に埋め、水をやり育てます。芽が出てきました。

 

これは、「種を土に埋める=(原因)」に「土や水、温度(縁)」がからみ、結果として芽が出たのです。

 

因縁を知ることは、目には見えない家族の生き方の法則を知ることになります。 反対に因縁の知識を上手に取り入れて実践すれば、個人や家庭が抱えている問題を解決する糸口を見つけることができるでしょう。

 

BACCOでは私はいつもKさんを気遣い(独りの世界に入っている)入り込むのを控えている。心掛けている。 やはり耳に入ってくるのは「深刻そうな話し」深い内容は掴めないが、上述の”縁”がお互いを惹き付けてくれる。

 

それは既に私の頭上に男の子の姿が何度か浮かんでくる。それもとても魂の綺麗な透き通るような心を持った天使のような子供?姿はそう見えるが精神的には大人のような。

 

でも心は天上にある。家族にとっては”光”ですね。絆(きずな)である。「断つにしのびない恩愛。離れがたい情実」

 

但し、ほだし【絆し】になってはいけない。なりがちで育成するというのは深いほど、介護など楽しくしないと疲れるし、もたない。

「がんばってくたびれちゃいけません。くたびれないようにがんばらなきゃ」。

人の心や行動の自由を縛るもの。自由をさまたげるもの。もともとは 馬の足をつなぎとめるための縄。ふもだしの意味があるのだが、手かせや足かせ。ほだとも言いになってはいけない。

 

この長男はもう既に”神の領域”ですから。

 

話しはKさんの弟に戻る。その日の最初に掛けた言葉は「あなたは両肩に重い荷物を背負っているね!」と。

とても疲れている。しかしK家の愛情にも包まれたもいるが。弟の家族の絆も強いし、まとまっている。

 

又映像が浮かんだそれはこの男の子にそっと支えるというか、そっと傍に佇む(車椅子だが椅子のような物にそっと手を添える姿は男性であるが)、精神構造は女性である。何と優しい心の持ち主であろう。話と写真を見せてもらうと弟(次男)である。(因みに奥さんはとても良い!!因縁の深い”血の濃い”系譜を感じる。要素・性質を受け継いでいる

 

面白い話に介入してしまった、K氏は弟の髭を嫌がっている。これは兄弟の会話を超えて、会社社長としての目もあるのであろうか。それとも彼の美意識であろうか。 私は何の躊躇もなく介入した。余計なお世話であったかな。お構いなし。!

私は最初に弟に会った時はひ弱さ、同じように何かを背負っている印象は深く残っている。

今思えば疲れているし、後にその印象から彼の家庭の話しは聞いたような気がするが、この子供の性別と年齢などは聞いていなかった。

 

「良いじゃない!凄みが出ているし、迫力すら感じるから髭はいいよ」と。「前に会った時よりも凄味があるし良いね!」思わずに握手を求められる。

「外見は人をつくる。人は外見からつくられる」そうなんですよ。格好に相応しくする様にとそうなるんです。もしかしたら、必要性を何となく感じたのではないか。

私のお洒落あそうしたものです。洒落るとはいい言葉でないですか。

 

洒落る=垢ぬける(不用なものや不純なものを省いて、より優れたものへと磨き上げること。

 

この弟は私の世界には縁遠い人。無縁であろうがそれは宝物”光”(長男)を既に持っているので必要ない。既に科せられたものは他に体験できない領域(異次元)に達している。

 

又会うべきもの、つくられた人とに出会いであった。良い出会いである。上述の絆である。

「Kさんの父上様有り難う。こんな出会いを」こんな世界を知らない人は可哀想ですね。実にドラマティックで楽しい。またドラマがつくられる。

 

 

真面目に「いじめ」について考えてしまいました。

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「いじめ」によるといわれる自殺がTVで流れるたびに暗欝な気分になるのだが、子育てなど父子家庭で育て上げた(といえるか?)のが遥か昔で今や評論家気分で憤慨居士を発揮しようかと。

 

担当の教師、校長や教育委員会がマスコミの標的なるのだが、そうだろうと思えるが、私の息子の時代、勿論私の時代とは遥かに違いがある。

 

ただ、どうなんであろうか。今でも保健室ってあるのでしょうかね?。そうであればそれは機能しているのでしょうか。

 

「学校で子供のことを一番把握しているのは保健室の先生です。保健室は子供たちの駆け込み寺なんですよ。ところが職員室は、保健室を軽く見ていますからね」

 

担任に一方的に責任を負わせる(校長、教頭、教育委員会は責任逃れの集団)。私はちょっと違う考えを持っている。先生の精神的負担は相当なものだと察する。

 

その前にこんな問題があるのではないでしょうか。父兄側など、いじめられる側も被害者はどうしても同情が集まりやすい。果たしてそうとばかり言えるのか。

教師の立場に立つと。

「教師として教育の崩壊なんて言われたくないと思うのだが。家庭が崩壊して、それから教室、その次に教育でしょう。夫婦が崩壊しているのを、なんとかして下さい」と言いたいのではないか。

 

それで加えると「「落ちこぼれの子はいません。落ちこぼれの親と(親も何ですよ)、落ちこぼれの先生に育てられた子はいます」。

 

親やお爺ちゃん、お婆ちゃんへ。

こうした優しさは軟弱というよりも鍛えられてない惰弱な子を育てます。

「子供に小遣いをやってはいけません。”駄賃”をやればいいんです」

 

駄賃{だちん}

1駄賃とは、簡単なことを頼んだときに、その労力に対して与える賃金。

特に、子供が手伝いなどをした時に与える金や菓子。おだちん。

2駄馬で荷を運ぶ運賃。

 

私の子供のころはそれが当たり前でしたが、働いて稼ぐという楽しさ、喜びを学んだのですがね。

 

いじめの原因は多岐にわたると言われているが、目立つ「差異」に基づくいじめが多いとされている。例えば、身体的なもの(太っている、痩せている、背が低い、身体的な障がいがある、肌の色が異なる)、能力的なもの(スポーツの成績、学校の成績)、バックグラウンド的なもの(帰国生、セクシュアル・マイノリティ、外国人)、性格的なもの(あまり話さない)等様々だ。

 

① いじめは年間7万5000件以上起こっている

児童1000人あたり5.6件以上あるとされているが、なかなか発覚しづらいといういじめの性質を考えるとこの数字は氷山の一角であると言われている。

 

② いじめは自殺や、犯罪につながるなど、副次的な影響も大きい

いじめはそれだけで大きな身体的・心理的なダメージを受けるばかりか自殺にもつながりやすい。いじめを受けた生徒の方が6倍自殺をしやすいという調査結果もある。

 

③ インターネット上のいじめの増加など、方法は多様化している

いじめは身体的なダメージを及ぼすもの(殴る、蹴る、髪の毛をひっぱる、傘等でたたく、「プロレスごっこ」と称して首をしめる等)、言葉で行なうもの(悪口を言う、笑い者にする、悪い噂・デマを流す)、集団で無視する等のものがある。また近年だとインターネット上でのいじめ(悪質な書き込み、個人情報の流出)等も顕在化している。

 

アーッ!憂鬱で気が重い話ですね。 余計なことですが「教育費が上がってますよね。これで出生率が下がるんです」よ。

少子高齢などと私の年齢からすると心配の種は尽きませんが、本当にそうですよね。

 

私はね!全ての犯罪などを無くす最も効果的なのは「見せしめの刑が、犯罪を抑えるもっとも効果のある方法です。人権問題より、犯罪をなくすることが大切なのです」

 

これをいじめにも応用すべきという危険な思想があります。未成年だったら今は「少年院」などがありますよね。それよりも副次的な施設が必要なのではないでしょうか。

加害者も被害者も未成年のうちに特化した専門的な更生の場を作ってはどうか。

有為転変は人の世の常。

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相談者で「暦を」送っている皆さん! こんなことを感じることはありませんか、五黄殺→暗剣殺(暦上では五→アの表示)を確認もしないで出かけてしまい、この行き先の吉凶は今日はどうだったかな?と気にしながらいると、何となく障害が生じる。

 

人や自転車、自動車などが前方に立ち塞がったり、ぶつかりそうになったりと「何だか変だな!やっぱり五→アなのかな?」と不安げな気持ちのまま用心深く過ごして帰る。

 

帰って確認をすると「やっぱり!」ということになる。 ボケたのか、小銭入れを忘れたり、落としたり、行き先に店には初中後(しょっちゅう、始終)忘れ物をする。

 

こんなことがあったりと方位も確認しないことは多くなりました。 言い訳をすると深夜に仕事をすることが多いので、明けてシャワーを浴び、仮眠するがどうしても眠れぬ用事があったり、客(宅急便なども含め)の出入りなど寝不足でフラフラしながら昼間を過ごすということで集中力が年齢と共に欠如もあるでしょう。

 

此処でこんな事例がある方が南西に自分の星があった。 ア→五の最悪の方位ではないが、南西の自分の星が自分のミステリー方位であるが特に何もないのでその方位に仕事で向かった。ミステリーであり、自分の星を踏みつけていくことになる。これは実は私もよくやってしまう、過ちである。

 

大きな災禍はないが、仕事などはまとまらないであろうし、何かが起こり得る。

問い合わせでも「暦通りに方位を気にして行動しましたが、別段ミステリーでもないので」と質問があるが、大抵の場合はこんなことも理由にある。

 

こんな相談者が紹介で現われた。

人間の三大不運というのは、一つ、子供に先立たれること。二つ、つれあいに先立たれること。三つ、若くして大金を手にすること。具体的に訊ねると三代不運を身を持って味わった人である。

 

そもそも衰運期の始まりは子供の死、それから運気がどんどんと落ちていき、とうとう会社が倒産、そして奥様は癌で亡くす。 若くして大金を手にした学生時代から株式投資を勉強し、そこそこの利益を出していた。それがバブルで大金を20代後半で掴むと凄いドラマが始まったのである。

 

この方の株式投資に対する理論や信条などを、自身の力で実際に踏み行うことは恐らく相当な自信があったのであろう。実践躬行という姿勢で分かる。

 

勿論、過去を辿った。学生時代から結婚、引っ越し、会社設立、子供と奥さんの生年月日等などを細かく調べていくと、確かにそうなるであろうという理由が見つかる。

 

既にもう遅いのだが、今後の生き方、あり方についてお話をした。

「人間、四十代で貯金をはたくべきだよ。スッテンテンになってさ、その後が勝負なんだ。マンネリで食ってちゃいけません」とは私の見解。実は私も株式投資は嫌いではないが、こんなことに熱心ですと”力”は落ちる。

 

これを機にこんな姿勢で大人しく暮らすのも良いですよ」と。

「すぐ儲かるとか、すぐ全快するとか、おいしい話を信じて金を出す奴が、どうしてこんなに多いんだろう。どうして疑う余裕を持たないんだよ」とも言ってしまった。

 

「これからは夭折されたお子様、奥さんの為にも健康に気を使って長生きして下さい。株式投資は今まで続けていた事を、自然の成り行きや周囲の事情で、もう行わなくする。また、しようとしていた事を思いとどまることはないでしょうから。

 

農業も考えているらしいが、私の周りに成功者の共通項は「好きな仕事をやっていられる。それだけで幸福だよなァ。いやな仕事をやってる奴ばかりなんだから」

 

この方は今や吉方取り(吉方位という良い磁場”吉”を吸収する)を熱心に実践している。

私がその月の吉方を指示している暦で吉方取りを実践している方々はこれから大変な時代に突入します。日々頑張ってくださいね。

 

今や運気上昇!私が多いに薦めた「農業」で成功されている。自然農法(というのですか?)

場所の設定から、肥沃な土地(野菜向きな)を選びました。私はやりたいのだが「豊かな創造の源」という基準(イメージ)ですが、羨ましい限りです。”嫉妬!”

 

こんな効果的な吉方取りは初めてでした。何なのかご本人とその吉方取りに取り組む姿勢を窺うつもりです。私が教えられるのでしょう。

 

いつも行う瞑想時のお話し。

 

瞑想にとき「世界は汚染され、人が生きていく環境が失われる。本来、自然は自然に戻りますが、化学製品は自然に戻らない」というお言葉が気になっています。それはアジア地区から始まるとも。何を意味するのか考えるが私の役割にそうした危機感を伝えることがあるのか。ちょっとスケール感が追い付かない。

 

己の努力とかそんな話ではない混乱と混迷の世界、時代に入ります=人間の業。

そこで前の世紀と次の世紀をつなぐ世紀の終わりのことを「世紀末」と呼ぶ。たとえば21世紀の世紀末は2099年~2100年ごろである。

 

本来の西暦の節目という意味ではなく、世紀末=荒廃した世界 というイメージが少なからず存在して文明と秩序が滅んで暴力による支配が横行するようになった世界を指す場合がある。

不安でいいの。不安で生きとるから、生きとるの。不安でなかったら、生きようがないで。

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私の相談者で数人の方が「衰運期(俗に天中殺、大殺界)」を明けることになります。

その方たちが立ち所に喜んで「明けると、これからは良くなりますよね」と必ず言います。

私はこの時期は春夏秋冬で言えば冬に時代、「この時期をどう過ごしたかがよい春を迎え得られます」と言います。

 

明けることで即座に明けると好運を導くかのような他人事のように言う。

衰運期とは「転んだ時が起きる時!」ということなのだが、転んで起きるのはその人自身です。私は手を差し伸べる、アドバイスをし、冬の過ごし方を指導してきている。

 

そんなことを寝起きに、恐らく夢の中でも衰運期明けの人たちのことを考えていたのでしょうか。つけっ放しラジオをそのままに寝ざめが悪い。

 

又襲った不安感、やり残したことか、将来か、叔母二人(亡くなった母の妹)がその内のお一人が身の回りから離れていったのも、そうした気持ちを抱いたのか。

 

私の息子と娘は全く本音は分からない。深奥幽玄、肉親のことは分かっているが(ようで)前に進めないものがある。だから不安なのか。

 

そんな気分のままに習志野の叔母の安否確認の帰り、大井町の眼鏡店の立ち寄り、タクシーで同乗者の希望で大森駅を前にして鮨屋を希望されたので降り、始めてのお店であるが、噂通りに美味しかった。

 

何をするにも心が重く、でも「不安」という一縷の煙が立ち昇る。鮨は気分転換にはいい。と思って行ったが確かに上手いが「目や耳は誤魔化せても、口に入るものは誤魔化せない」それこそ口は通過するが胃と腸は駄目だね。不消化という結果が物語る。

 

今月は叔母の件で安否確認と見まもりで泊ることもあるであろう。暫くは他と調整しながらであるが、えびす家もBACCOも今月は回数は減るな。

 

翌日になります。

今朝は嫌だ、嫌だと思っていたが避けられない。寒いしね。

洗濯物が溜まってしまったので「それっと、ばかりに勢いをつけて起き上がり」洗面、眼鏡を洗浄、服薬、仏壇にお茶を供える。そして仏壇に向かい、まずは日々健やかに過ごせることに感謝、知る限りの人々の健康を祈る(だから長くかかる)、そして朝食(今朝はヨーグルト、コーヒー、サプリメント(4種)で決まりごとの行事は終わる。

 

それからが本日の新たなこと、洗濯、住民税、健康保険の支払いのチェック、以前から気になっている残っている薬の確認(薬の明細を見て廃棄するモノはする)雑然と放っておいた書類の整理、廃棄。

 

こうした行為は前日から続く重く陰鬱な気分は晴らす為でもあるのか。一つ一つこうして解決、消し去ることも大切なのであろう。ささやか(細やか)な行為である。

情愛が深く心遣いが行き届くこと。心のこもった事であると信じて、たまにやる行為である。

 

私はこうした行為を時々、宗教行事の如く「祈り」に近い心境で行います。

それは大好き(安らぐのかな)で意味深い言葉で「ささやか、細やか」ということ、この意味深い言葉を大切に生きています。なかなか出来ないので心掛けています。

 

「ささやか、細やか」

① 情愛が深く心遣いが行き届いているさま。心のこもっているさま。 「 -な愛情を注ぐ」 「 -な心遣い」 「友情の-にして楽しからむを欲せるなり/希臘思潮を論ず 敏」

② 色の濃いさま。 《濃》 「緑-に生茂れる庭の木々/金色夜叉 紅葉」 「硯取り寄せて墨-におしすりて/枕草子 191」

③ 微妙で奥深い趣のあるさま。 「抹茶の-な味わいを楽しむ」

④ 小さいさま。微小であるさま。 「七つの物を用ゐるといふは…-なる灰と楊枝と帷(かたびら)となり/三宝絵詞 下」

⑤ 繊細で美しいさま。 「身なり肌つきの-に美しげなるに/源氏 胡蝶」

⑥ くわしいさま。精密なさま。 「いと-に有様を問はせ給ふ/源氏 桐壺」

⑦ 土地のよく肥えているさま。 「瞻部洲の縦広七千踰繕那の地を皆沃(うる)ひ-にあらしめむ/金光明最勝王経 平安初期点」

 

上述の行事で少し、心に「観音」が光り輝くと心が軽くなりました。

何やら覚醒すると布団の中で不安感に駆られる。

朝から毎度言うことですが、独り暮らしのルーティンが始まる。この言葉にも嫌々、辛さが漂うでしょう。 寒いしね! 何でもやり残したことがあること、先に不安があると颯爽と立ち向かえない。何やら覚醒すると布団の中で不安感に駆られる。

 

京都に娘の所に引き取られた叔母(母の妹、二人いる)いつも心配をしてくれて挨拶もできずに行ってしまった。もう一人の叔母に問い合わせるが「今は幸せにしているよ!」いつも施設に娘の家族が訪ねて来てくれるからと連絡をとるのは止めた。 独り暮らしの叔母が習志野にもいる。転倒など入退院を繰り返し、後妻だったので前妻の子供との問題を抱えている。子供はいない。

 

「あなたは幸せよ!血の繋がっている子供が二人もいるでしょう」と朝っぱらから重ったるい話し。なかなか?現実は。70歳になると現実が80歳も90歳も100歳も同系列に並んでしまう。

 

ただまだ!独りでルーティンをこなせるが叔母との会話も身近で現実も目の前の不安も何と叔母とはあまり変わっていないではないか。

飲食をしていると結婚をしない男女がいかに多いか。そんな人を私の目でじっと眺めていると、そうりゃ!将来計画もあるのでしょう。そうでしょうと見つめるが、何か人ごとながら、この人たちも訪れる日が来るんだろうな。

 

「おい!のんびり、パスタを頬張ってくっていてもいいのか!惨め、不安を食っているようである。まあ!幸せ感というのは人それぞれだから。

 

本当に結婚をしていない人が多くなっています。子供のいない夫婦とか。

 

「生きるということは、生き残るということです」生きていてやる。絶対に!お洒落もして、ゴルフも復活して、最後は良い人(女性)に出遭って、こんな上手く行くかな。

 

自分の家族というものの考え方が間違っていましたのは、陰陽師として世間の相談を受ける立場でいることで分かりました。

「世間で良い家族といわれているのは、お互いに我慢強い家族ということです」

こんなことも言えますね。やはり相談から学んだのですが。

「夫婦というのは、別れそこなった男と女のことです」とも、でも現実です。

 

長生きをするということは。

「100歳まで生きたからって偉いわけじゃない。100歳までどう生きたかが評価されなきゃ意味がない」

「人生五十年というのは、寿命のことじゃありません。五十歳過ぎたら人間みんな同じだっていうことです」

 

相談を受ける陰陽師としては忙しくて、忙しくて、どうもそれでいいとも思っています。

「貧乏暇なしならいいんだよ。貧乏で暇があると・・・・寂しいよ」

忙しい人は、忙しいからいろんなことが(経験)出来るんです。やっぱり頼りになるのは忙しい人なんです。

 

こんなことがあった。 最近、峻拒(相談者の斬捨て)したばかりのお二人が居たので、陰陽師としては接するのにも成長したつもりですが、いろいろな相談者が約2千人(名簿上)の信者で常時は2~3百人としては問題も多い。 まず、相談料を値切る人、それに甘える人は縁も薄い。幸せはある程度の対価を支払わなくては得られない。将来を期待して投資をしている人は別であるが、払えるのにその力があるのに。そんな人は人生、生き方そのものを値切っている。自分自身も値切っている。せこい、狭くしている。 感謝の気持ちが無い。

 

そんな相談者にはっきり言いました。以前の経験から私も人の子。人間です。「「世の中をね、正しい、正しくないで区別するのはおかしいです。好きか嫌いかで区別した方が正しい」と。「来る者は拒みませんが、どうしても生理的に合いません」と。

 

その男性も役人でした(そうじゃない立派な人も相談者に居ますが)。外見は悪いので言いませんでしたが、人はそんなもんでしょう。それがよく当たっているんですよね。見た目というのは。

 

でもその方は賢い、気付くということは「先生のお言葉で気付きました。自分が見失っているものがありました」と詫びて来た。でも私も未熟ですからお互いの手をしっかり握って反省。今は良い人生を送っている。

 

 

トランプ評は彼の人格はサイコパス(精神病室者)である。

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やはり、霞が関からの問い合わせが多いのは今回の安部首相とトランプ氏との日米会談の件である。

私のトランプ評は彼の人格はサイコパス(精神病室者)であると言い切れる。

実は最適な言葉が見つからず、フットしたことで出合って、まさにと思った次第です。

 

サイコパスとは?

サイコパスは社会の捕食者(プレデター)であり、極端な冷酷さ、無慈悲、エゴイズム、感情の欠如、結果至上主義が主な特徴で、良心や他人に対する思いやりに全く欠けており、罪悪感も後悔の念もなく、社会の規範を犯し、人の期待を裏切り、自分勝手に欲しいものを取り、好きなように振る舞う。その大部分は殺人を犯す凶悪犯ではなく、身近にひそむ異常人格者である。北米には少なくとも200万人、ニューヨークだけでも10万人のサイコパスがいると、犯罪心理学者のロバート・D・ヘアは統計的に見積っている

 

その認定は。

1.表面上は魅力的で口達者。

2.自信満々で良く自慢話をする。

3.慢性的で平然と嘘をつく。

4.ずる賢く人を操ろうとする。

5.良心の異常な欠如。

6.他者に冷淡。

7.自分の行動を制御出来ない。

8.衝動的。

9.自分の過ちを絶対に認めない。

10.無責任。

11.寄生的な生活。(サイコパスはよく寄生虫のごとく他人の金銭、または個人の私益を利用しようとする。彼らは自分のために人々にとりつき、自分自身の責任から逃れようとする)

12.性関係の乱れ。

13.年少期からの異常行動。

14.現実的な長期にわたる目標がない。

15.行動に対する責任が全く取れない。

16.短い期間、多数の離婚歴。

17.青年時の非行。

18.仮釈放の取り消し。(サイコパスは捕まってから仮釈放されても、その一時的な釈放条件に違反して再逮捕されることが多い。これは彼らが釈放中にあることに無関心だったり、単にわすれっぽかったり、不注意だったりするためだ。また彼らは跡形もなく行方をくらますこともある)

19.犯罪面での多才ぶり。

20.刺激を求める。

 

殆ど当てはまるでしょう。が面白いですね。安部さんも気をつけないといけません。

まあ!経済問題で麻生、副大統領のペンス両氏に一任し、トランプ氏がディールに持ち込み難い枠組みを作ったことは特筆に値する。

 

でも殆ど安部さんの話は聞いてませんよ。この人は。

為替操作国に指定するのは”脅し”として、ないとは言えない。まあ!虚心坦懐、正々堂々と反論していくしかない。

 

ほとんどの人がこの上記の20項目に、特徴の多くに当てはまる時期があるそうだ。誰もが心の中に闇を持っており、それが時として表に現れる場合がある。なのでほとんど当てはまってしまう人がいても、その人がサイコパスとは限らないかもしれない。

 

長考した末に思うには「アメリカの灰汁(あく)ですね」えぐ味といえます。一般に味覚に不快な作用を与える成分又は物質をいいます。

でも、灰汁だからといって全部取り除くと味が無いのものになってしまいます。アメリカにとって渋味、苦味で終わると良いですね。

 

と伝えました。

 

昨晩はY君のお子さん2月生まれお二人の誕生会のご招待を受けました。奥さんのMちゃんが大好きで、Y君は婿でMちゃんは娘、そした3人の孫といった意識でいる。 錯覚ですね。お母さんと妹さんが参加し、賑やかで楽しかった。 料理など写真を撮っている。皆さんとに写真も掲載したいくらい豪華であった。 少なくともBACCOでは自慢した。