メシアが降臨される日も近い。既に地球の磁場が危険に(吉凶方位に危機)。

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<磁場の様子を示す>

私は新約聖書を苦労して一年半掛けて先に進むかと思えば、後戻りしたりとやっとという感じでした。正直にいえば間を空けると名前など分からなくなってしまうので、長くかかってしまった。

 

でも関わりが多い割にはキリスト教徒ではない。ただ、キリスト誕生の時に見守ってい

たガブリエル天使にご縁があるだけですが、キリストが日本に来られた時、その意識の

痕跡が残るがその影響力は知る人は少ない。

キリスト日本へ渡来

キリストは地中海の沿岸ユダヤに 生をうけ、エジプトに父母と共に住 み、その後再び帰ってナザレの片田舎で成長したが、21歳の時に行方不 明となり33歳の時に忽然と現われ、 天国を語り、神の実在を説いたので あるが、もちろん聖書にもその行方 不明の11年間の行動は何も載ってい ない。ところが発見されたというキ リストの遺言書にはその問の消息が 鮮明に書かれている。 すなわち、キリストが日本へ初め て来たのは11代垂仁天皇の御代で日本海沿岸の橋立の港に上陸し、越中 の国に至り、当時この地におられた 尊き方の御弟子となり、日本の言葉 や文学を習いさまざまの修行を重ね ていた。 かくて11年の修業を終えたキリス トは33歳になって日本を去り、モナコに上陸してユダヤに帰ったが、帰 国してからのキリストはパプテスマ のヨハネや周囲の人々に神国日本の尊さを語り続けた。

キリスト、磔刑を脱す

しかしながら、キリストの教えは 当時のユダヤ教の長老達の容れうるところとならず、またパリサイの学老等の反対にあい、遂にローマの兵 に捕えられじ磔刑に処せられることとなった。 しかるに遺言書によれば十字架にのぼったのは弟のイスキリで、兄の身 代りとなって果てたと言われており磔刑のとき「神よ何ぞ吾れを捨て拾うや」と聖書にあるまじき悲痛な声を発したのは、キリストではなく、弟のイスキリであった。十字架の磔刑を逃れたキリス卜は、弟子達数人とシペリヤヘ走って足跡をくらました。

 

キリストの再渡来

シペリヤの広野に出たキリストは、 艱難辛苦して各地を遍歴し、4年目 の2月26日アラスカから舟に乗り、 今の青森県八戸港に上陸し、再渡来したキリストは十来太郎大天空とそ の名を改め、陸奥の国戸来村(ヘラ イ)に住居を定め、ミユ子と称する日本婦人をめとり三女を育てた。

 

ローマ法王庁はその事実をひた隠しにしているという。

 

諧謔(かいぎゃく)を弄したという程度のお話しと、私は真剣で真面目にお話ししてい

ますが、余りにも現実から遊離した話しなので弟子、相談者向けのお話しと受け止めて

下さい。

 

考えてみればミカエル大天使は東洋では摩利支天といわれますから、天上界ではあり得

るスケールの話しです。男女の性別もあり得ないし、物欲の程度でのランクの上下ある

らしいです。天使はメシアとして救済のためにキリストであり、釈迦であり、モーゼである。となると東洋では別名があり得る。

 

西洋と東洋との往来は揺るぎない事実といえるであろう。

 

例えば「菩薩」は衣にアクセサリーで着飾るが、「如来」は薄い衣を纏うだけ物欲が感

じられない。天上界はお姿も性別は確かに意識しない。

 

そんな世界ですから私達の地球は宇宙大に見たら、恐ろしく変化変動している。

メシアを使わされる時が近づいているのかもしれません。

*だから宗教が生き生きするのが乱世です。

 

こんなお話しを受け入れないリアリストが多いなか、こうした諧謔と笑っていられません。

 

相談者、弟子の諸君!この現実を良く現象を精察して下さいね。吉方取りは最もこの時代は大切です。私の示した地図による吉方を確認してください。

 

欧州原子核研究機構CERN)の研究では近年、地球の北磁極がずれているだけでなく磁場が急速に変化しているそうです。北米では磁場が弱くなっており、アジアの磁場が強くなっているそうです。磁場が弱くなると地球に降り注ぐ放射線量が増しますから、人体に大きな影響を与えることになります。

 

ここ数年、主流派科学では地球の磁場が急激に弱くなっているとことが報告されています。
今のところ科学者らは磁場が弱くなっている原因について殆どわかっていない状態です。 

 

地球の磁場に変化が起きています。磁場は不変であり磁石の針は必ず北を指すと思うのは間違いです。
科学者らは磁場が変化していることをずいぶん前から認識していました。
磁北極が年に40km移動していますので磁石の針の位置が次第にずれています。
さらには、地球の磁場が19世紀のそれと比べて10%も弱くなっています。
欧州宇宙局の人工衛星(SWARM)のデータにより、最近は磁場が急激に変化していることが明らかになりました。

 

1999年から2016年中旬までに北米の高緯度の磁場が3.5%も弱くなっています。しかしアジアでは磁場が2%も強くなっています。磁場が最も弱い南大西洋異常域が徐々に西へ広がっており、ここでは磁場が2%ほど弱くなっています。

地球の磁場は太陽風宇宙線から我々を守ってくれます。磁場が弱くなると、より多くの放射線量が大気圏を通過してしまいます。

SPACEWEATHER.COMがカリフォルニアの高空に風船を飛ばして放射線量を観測していますが、徐々に増していることが分かりました。これは北米の磁場が弱くなっているのが原因と思われます。

太古の昔(石に刻まれた情報によると)には地球の磁場が完全に反転した時がありました。北極と南極が入れ替わったのです。
平均して30万年に1度の割合で地球の磁極が反転していると考えられています。しかし最後に地球の磁極が反転したのは78万年前ですから、磁極の斑点がいつ起きても不思議ではありません。

 

*因みに私が吉方を示す地図は南北の地軸を既に左にずらして描いています。それでないと正確な方位は示せません。

 

「吉方」とは良い磁場(エネルギー)であり、「凶方」とは悪い磁場なのです。

「人間は遊ぶ存在である」

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<竹輪とインゲン黒酢甘辛煮。カボチャのソテー(バルサミコ酢で)。高野豆腐の煮物>

昨晩はK氏と暫くぶりにお会いした。彼からの声かけでBACCOで、一緒に鹿肉料理を堪能した。

この日は彼と会うべくして会うという日であった。それは彼と何度か顔は合わしていたが独りの世界を望み、その入り難いバリアで覆い尽くしたいた。

 

無理もない。今はそうであろうと私も距離を置いていた。でもそのバリアを張る条件の一片でも崩すことを考えていた。それはパンパンの脳みその中を軽くする、整理するそれは身体の柔軟性=精神の柔軟性に繋がると分かっていたので整体を薦めた。

 

私が左臀部、下肢を痛めそれを治して頂いた整体の先生を紹介した。案の定、身体の恢復は精神の安定性に繋がる。

 

K氏と会いたかったのは急ぐことではなかったが、もういいかな!という時期になっていたので、やはりそう思っていると会えるものです。連絡が入った。

 

会うなり「人間は遊ぶ存在である」という言葉を掛けた。

遊ぶとは趣味や遊興、旅行、遊学することではない。「ゆとり」ということである。

 

ゆとりって難しいね。

「遊びと仕事は別のものじゃない。仕事は遊び、遊びは仕事。それがゆとりのある仕事だ」

他にも物怖じしないこと、自分の夢にばかり拘らない、空気を読むのが得意、仕事よりプライベートを優先する、優秀な人間とそうでない人間の二極化がしい、など。こんなことを考えてみた。

 

話の本題は。

K氏と会う度、家の様子、会社の様子を見に行くといつも浮かぶのが女性の姿だった。

素敵な人であった。何だろうか?何故だろうか?と思っていると、同時に可愛らしい女の子の姿も浮かぶがそれはリアリティな事物・人物描写が自然に感じられる。

 

結局それはK氏の娘さんではないかという確信をもった。K氏に直接聞くとどうも長女らしい。

 

そしてその女性と娘さんとの縁、繋がりは?と疑問が湧くがそれは「累々たるのが見えた」。

その女性の意識が娘さん誕生と同時にこの累々と実を綴ったのであろう。

 

聞くところによると長女とは相性がいいらしい。やっぱりなとそこで女性の存在が分かった。

 

K氏はメールで私に言って来た「予想もしない過去の大切な”甘く酸っぱい宝物”であり、”パンドラの箱”は衝撃的でもあり心が解放された思いがしました」とメールで私に言って来た。 敢えて公開したのは的を射た素敵な表現であったことに感動を覚えたからである。

 

私もこんな思いがあったことを思い出し、70歳を恐れるよりも一日でも一時でも長生きをしようと健康に留意するようした。

 

それには食事である。えびす家通いが健診でも何も問題がない。むしろアスリートの数値だとも言われている。

 

しかしですね、和食であり老人食ですが最近の大きな変化です。

70歳の料理、食生活。

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昨晩はルーティン化(お決まり)しているえびす家からBACCOのルートであるが、たまには皆さんのお薦めの寿司屋にでもと思うが、それだけではない構築した人間関係もある。

 

出会いもまた愉快でドラマティックでもある。

昼間はゴルフレッスンで蒲田へ、仕事明けで最近進歩著しいスイング改造は本日はやや不調!どんどんとスイングの完成度を高め、より良いものを求めてしまう。

 

それがプリセット(昔はアーリーコック)を始めるとそれは絶好調!頭の中が一杯になり、それが原因での不調であろう。

*今度私のゴルフスイングの動画を配信します。

それは独り住まいの老人の「元気ですよ!」という虚勢をはる。見栄である。

 

美大受験生二人のデッサンの先生の役割も終わりホッとしているところです。新たに食生活を見つめることにした。

さて、今朝の朝食です。どうですか!この健康的なメニューは、というよりは年寄り料理ですね。

 

切干大根の煮物、パプリカとソーセージの炒め物、ほうれん草のおひたし、小松菜の味噌汁。

最近は一日一食主義(二食になりやすいが一食は減らしている)を心がけて胃が小さくなってしまった。それで朝食はプレーンヨーグルトとコーヒー、サプリメント(乳酸菌、シジミ、青汁の錠剤)にしている。昼は抜き、夜もえびす家へ行かない時は食べない。 変化はコンビニに凝ったことがあるが(とても美味しい)飽きた。それで又原点に戻って料理をすることにした。

 

薄味にもなりましたが、知覚も、味覚も衰える、ボケるといった、ちょっと呆けたような状態である。

 

若いころのあの威を振った時代は何であったのだろう。だから70歳は特に意識した(還暦などは全く無頓着だったが、あの激しい性格は何処へ?「威がある。大鬼は小鬼をひっとらえ、指を持ってその目をくりぬき、噛み殺してしまった」ような。

 

現実がそうであることは言を俟たない。

 

70歳になって特に意識をするのは100歳まで生きたからって偉いわけじゃない。100歳までどう生きたかが評価されなきゃ意味がない。

 

でもね。最近は柔らかく丸くなったのか、肩を張らなくなったのか「人に優しく、自分にも優しく」を気付くと何と気楽なれるのかを悟る。

観世音菩薩が現われ出でる。

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<観世音菩薩>

言を俟(ま)たないがトランプ大統領がイスラム圏の入国を制限する大統領令を署名した。

 

大統領令の目的は何か。

 大統領令は「テロリストとのつながりのある個人を見つけ出し、米国への入国を阻止する」ことが重要だと述べており、2001年9月11日のテロ攻撃を審査手続きの失敗例として挙げている。当時、テロを実施したハイジャック犯たちは主にサウジアラビアから来ていたが、エジプト、レバノンアラブ首長国連邦(UAE)の国籍保持者も少数いた。

 

 連邦政府は9.11同時テロを受けて入国審査手続きを修正した。しかしトランプ大統領の命令は、「こうした措置では、米国に入国が認められた外国籍保持者による攻撃を阻止できなかった」と述べている。

 

 昨年の大統領選の運動期間中、トランプ氏はイスラム教徒の米国入国の禁止を提唱した。同氏は後にこの宗教ベースの一律禁止提案を修正し、テロリズムの温床とみられる。

諸国に焦点を絞った。民主党と人権擁護団体は、入国審査手続きは既に十分厳格だと反論している。

 

私はテロリズムに対する考え方を持っている。それこそ難民問題の根底には欧米の植民地時代が大きく関わっている。米国は移民の国、奴隷という問題も大きく米国の暗部でもある。

 

私はテロは肯定をしている訳ではないがこう考える「弱者をテロリストにならざるを得ないように追い詰めていく奴は、正義なのか。権力や武力に対抗するのはテロしかないと考えるのは悪なのか。大きい声で言ってみたいな」

 

勿論米国でも日本でもイスラム圏の事は知りません。そういう私もそうですけど。無知に等しい。

 

まずイスラムについて、イスラム教徒は信仰が仕事や暮らしよりも優先されます。祈るために生きているんで、仕事を粗末にしているわけではありません。

 

今度サウジアラビアの国王が3月に来日する。サウジ国王、46年ぶり 脱石油、日本に協力要請 が目的であるが、その対応にも外交上イスラムというものを理解しておかなと恥をかくことがある。

 

イスラム圏には日本でいう援助という言葉はありません。「喜捨」、喜んで捨てるというほうが正しいんです。施すのは当然のことで、貰ってあげるという受け止め方なんです。

 

果たしてサウジアラビアがそうした外交を展開するかは不明だがイスラム圏は宗派の違いはあっても国境など存在しない。民族が主体なのです。

 

イスラムの話しから日本になりますが、実は宇宙大にはGOD(神)に仕える天使にご縁が深いのだが、心の拠り所では観世音菩薩のお姿が心に肉声で現しがたい無言の言葉が、沁々と心へ浸み入ってくるのである。

 

これからお話しすることは陰陽師として修行時代は往事茫々の記憶でぼんやりとしている。しかし異界の世界のお話しである。

 

ご縁があって観世音菩薩の処に行くと聖衆(しょうじゅ)が集まって、しきりに悔過(けか)の行法を修していた。

悔過とは、仏前に罪を懺悔する儀式である。

 

千べんの行法といえど、数さえ走ればいいというものではない。行法が進むうちに私の正面、中央に生身(しょうじん)の観世音菩薩が現われ出でる。

 

この行法はお山の精霊の司る処でなくてならない。

 

そのお山は天狗伝説がある。天狗は様々な想像が付加されて発達した。後世の天狗は顔赤く鼻高く衣服は山伏の格好をしているが、天平の頃はまだこの妖怪定かな容貌や服装を与えられていなかった。山霊であるらしく、常に山に棲む。仏教の解脱という事を知らぬためその霊は浮遊している。ただ超能を持っている。

 

何故話したかと言うと、参道の夕闇の中、目前に山伏の姿の修行僧が私の気配を感じたのか振り替えった姿が異界で言葉にならない妖怪であった。後日それは天狗でなかったかと。

 

この修行時の体験は「意識の束は物語である」と自認した。そう考えてこんにちがある。

 

 

 

お互いに関心を持っていると、いつか、どこかで逢えるものなんです。

朝からいつも訪れるルーティン、今朝は寒いからなど理由をつけて止めることを考えている。いやいや!やらねばならぬと、かぶりを振る。何でも「先送り」というのは極端に嫌う。「後回し」のですからね。

 

頑張って洗濯を致しました。洗って干せばいいというのでないのが辛い、畳みがあるでしょう。あーっ面倒くさい。そう言いながら結構ちゃんとやるんです。

 

でも私は食器などは必ず食事のたびに洗います。それは何でも完結しないと気が済みません。帰宅して台所に汚れた食器が残っているとドッと疲れが出てしまいます。

 

二年近くお会いしていない、Hさんとえびす家で逢うことになった。Hさんは銀行員で上海に転勤、中国の春節の休みを利用した帰って来られた。

 

嬉しかったのは私が一番最初に逢ってくれたということでした。(偶然にしろ)

私の息子よりも若い、理由はともかくも縁としか思えない。

 

こんなことを考えた。「お互いに関心を持っていると、いつか、どこかで逢えるものなんです」それが縁というものです。

 

えびす家ではふぐ料理と堪能し、Hさんは「上海にも日本料理店はあるので”食”に対する不満はない」とのことでしたが、メールでは日本食を渇望していると。「やはり日本で日本食は美味しい」と言ってくれた。

 

その後BACCへ友人には声かけをしていたらしいので、私にとっても懐かしい人と私も逢えた。

何と土曜日にしては大混雑。賑やかで楽しく、満足!満足でした。

 

家路についても足取りは軽やかであった。

 

最近BACCOではやたらに70歳ということをなんで同じ話を繰り返すかというと「きいてもらえた」という実感がないからです。

人は、自分の話をきいてもらえてないと感じたとき(意識的にも無意識的にも)、同じ話をもう一度します。

それは70歳を言うことは還暦の60歳よりも遥かに不安感が襲います。朝、覚醒するととても心が重くなります。何だろう?この頃は?と思い悩みます。

すると一つの行為を若者に向かって言うのですが、そこには「私が20歳の頃に70歳っていうのは、もう人間とは思っていなかった。私が70歳になって20歳を見ていると、あれは人間じゃないね」という考えになっているのが面白い。

 

しかし私が信じているのは「若いですね!70歳にはとても見えません」といわれるがそのまま素直に自分の刺激剤にしているし、学ぶ意欲に繋がる。

 

それは。

「老人になった時に、見せるべきものを持っているか。語るべきものを持っているか。伝えるべきものを持っているか。このうち、一つでも持っていればいいのです」ということは若者の支持を受けることであると自認している。

 

情熱ですよ。チョウズ・雪隠(せっちん=便所)が近くなったから老人ではない

 

一般には「若者が老人を嫌うのは、それが君の未来だから」ということだと思う。

 

「語るべきものを持っているか」では若者に向かって言いきってしまった。「世の中をね、正しい、正しくないで区別するのはおかしいです。好きか嫌いかで区別した方が正しいね」と実は心底にはこんな考えがあるのです。

池上通りに美味しい店、小さくて可愛い。

覚醒がいつもより遅かった。お腹が空いた感覚が覚醒を促した。 早速最近できた、池上通りのお店がお気に入りなのだが実はスウィーツのお店と思っていたので大森駅から自宅まで30分のウォーキングその途中で最初はただ眺めるだけ。

 

えびす家、BACCOの帰りに近所のセブンイレブンで朝食(昼食も時々)を買って帰るのだが改装工事で暫く買い物が出来ない。

 

そこでスウィーツの店と思っていたお店(いまだに名前が分からない)でゆったりワイングラスを片手に食事を取っている客がいたのでその様子に注目する。 それで入店すると何と!スウィーツとランチ用らしいのだがカレー(ステーキ添え)美味しそう!早速ケーキと共に買って帰るが、朝食、昼食を兼ねた食事時間に頂く。

次回、尋ねてみるが飲食が出来るのかと。

 

そうした昨晩もえびす家、BACCOの帰りにビーフストロガノフとケーキを買って帰る。

前回のカレーライスもそうだがやや薄味の品の良い味である。シェフの感覚が伝わる。

するとスタッフの方が実は料理人だそうでスウィーツが専門ではないらしい。添えてある野菜なども実にセンスが良いので納得する。

 

BACCOでは鹿料理(その日に初めてメニューな加わる)が柔らかく美味しかったが、やや癖があるので私ならバルサミコ酢と赤ワインが中心の味が好みである。

食べました。濃厚な味なのでパンを添えたのが良かった。

 

シカ類の肉は、一般的に高タンパクで低脂肪という栄養学的特徴がある。さらに鉄分の含有量も非常に高い。こうした特徴から、生活習慣病といった病気の予防につながる食品として注目されることもしばしばである。鹿肉は、ヘモグロビンミオグロビンといったヘム鉄を含むタンパク質を含有するため、ほかの畜肉と比較して肉の色が濃い赤となる]。こうした赤色は血液を連想させてしまい消費者に敬遠されることもある。また、世間では鹿肉は「硬く匂いがきつい」という評価も多いが、これは血抜きが悪いなど処理方法に問題があることが原因であり、実際は柔らかく匂いが穏やかという特性をもつ。

 

バルサミコ酢をSちゃんから頂いた。お気に入りらしい。

早速、大家さんから南瓜(かぼちゃ)を頂いたのでチャレンジする。

それは「かぼちゃの焼きびたし」(勝手に名をつける)

1.かぼちゃを5~6mmの厚みに切る。

2.皮を下にして並べ、少量の水を加えて5~6分(500W)ほどチンする。 3.フライパンに油を少量入れて、水気を切ったかぼちゃを並べて、弱火でじっくり焼き色をつける。

4.水を少量加えて、すき焼きのタレ、バルサミコ酢を加える。汁気が無くなるまで炒める。

それで出来上がり。(写真を載せる積もり美味しかったが、絵的に今一つ)

煮物だと味付けもマンネリになるので、焼きびたしにして、バルサミコ酢で味に変化をつけてみました。

 

赤ワインを片手に夕食、実に上手い。大家さん(かぼちゃを頂いたので)差し上げると大喜び!

 

次はやはり頂いた市販の「タレ付きうなぎ」を使ってみたらと、発想はただ冷蔵庫の残り物をどうするかというのが発想の源である。

 

頭の中では実に面白そう!「ひつまぶし風混ぜご飯」といったところであろう。

早速やってみよう!

 

バルサミコ酢というのは意外と使える。

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相談者に方位、日時を選び、私と同じ病気なので若くて内視鏡の権威である先生がいる病院を(尿道結石の手術で入院をした)紹介した。その時の出来事である。

 

私も入院中はその現象に遭遇している。(その方も感の鋭い方でなので)それはどの病院でもいえることであるが、病院の夜ほど恐ろしいものはないことを始めて知った。

 

私の経験とその相談者よると、深夜の病室とは、得体の知れぬ音が起こって広がる場所だということである。それも、患者のうめきとかスタッフや他の患者の草履の音とかいった正体の知れたもの音ではない。

 

何か人間の声とは違う非常なもの、物の怪(け)といったものの囁きなのだ。いや死神の跳梁(ちょうりょう)というのが一番的確であろう。

 

私の世界で言うと実は、その物音は、自分自身の肉体や精神の内部から起こってくるものなのである。熱の上がり下がり、脈拍の緩急、熱と汗としびれと耳鳴りと幻覚と幻聴、さらには揺れ動く生と死に対し、体と心が闘っている物音なのです。

 

私の入院中はこんなのは当たり前、毎晩の出来事、だって病院ですからね。

それに私は看護師さんと仲良しになり浅草時代でしたが3年付き合いました。

 

そこには病院と患者、先生も含んで人間関係で魑魅魍魎の世界で、妖怪・ 付喪神・ 物の怪・ 百鬼夜行・ 精霊・ 鬼が蔓延っている。

加えるに付き合った看護師さん曰く、「白衣の天使なんてとんでもない。白衣の奴隷よ」という。

 

医者について感じたことは。

「医者になりたい奴がいたら、哲学を学んでから医学に取り掛かって欲しい。いきなり医学だから病気を治せても病人は治せない」

 

「医者が良い男(女性の看護師も)だと、それだけで体調が良くなっちゃうよ。入院しているのが嬉しいんだもん」

 

「医者と患者は、同時に強者と弱者なんです。そのことを忘れないでほしい」

 

「病気に効く薬はあります。身体に効く薬はありません」

 

病院と医者を選ぶのは「運」ですね。それで寿命が決まります。ですから、私の役割(相談内容)の相当な部分が会社設立、引っ越し、結婚、離婚、それに病院(医者)選びがあります。

 

最後にこんな言葉を添えます。

「運命っていうけど、運と命は違うものです。命は決められたものです。運は自分で決めることが出来ます」