生活が変わりつつある。ゴルフに夢中!

先週はブリヂストンインビテーショナルでの松山英樹の優勝、それで今週の全米プロトーナメントが気になって、とうとう何処へも出かけずテレビにかじりついていた。

 

松山も全米プロでは彼の弱点(意外と精神的に脆いところがある。それを練習でがバーしている)真面目なんです。ただ気になるのは2年くらいは衰運期に入るのですが、一回秋口にチャンスがあるかな。メジャーは来年も?

 

出かけずに家での飲食はやはり安くつくような気がする。余り細かに計算しないので感覚ですが。まずは財布の現金の減り具合が遅い。

 

結構お酒もおかずも買っていますが、勿論料理もしますよ。でも簡単な物しかしません。

まずは大根に煮物は大好きですが飽きました。毎回ですが手羽元の酢醤油煮は必ずします。

と言うのはお摘みには最適、レタスで巻いて食べるといい摘みです。それに客が来ると茹卵を粗微塵にして上にのせると結構絵になります。

 

塩鮭を酒で3~4分煮て醤油とバターを器に入れてラップしてチンする。それを鮭にかけるだけ(醤油よりも麺つゆをすすめる)

 

冷凍ブロッコリーを茹で、冷えたらワサビとマヨネーズそれに麺つゆで和えるのを今回作って摘みにしています。

 

このところゴルフのレッスンに行ってボールを250発打っています(アプローチも含め) それが結構疲れますので以前よりも出かける意欲を欠きます。 家にいることが多くなったので家で楽しみ方を覚えました。鏡でいつもスイングのチェック、パターは鏡に二本線を引き床に置き、そこにボールを置く。顔がボールの真上に位置しているかチェックが出来る。それでそのラインにヘッドとスクウェアーもフォローさせていく。 ラインに小刻みに縦線を引いてあるのでヘッドが真っ直ぐにフォローされているか分かる。

 

この効果でかヘッドをフォローする、スクウェアというのはイメージはネックを先行するようにするとスクウェアになることがわかった。低く長くフォローすると順回転になる。

アでレスでもパターのヘッドは1.5センチ浮かせる。そうするとボールの赤道にスクウェアにあたる。順回転になる。

 

今回ラウンドレッスンは整体の木村氏が初めて同伴する。ラウンド後にプロと食事をしようと池上の居酒屋(ゴンジャ)に予約を入れたが遅い盆休みであった。

 

さてどこへ行くかな?結局、南欧風レストランに決まりそうである。新規の蒲田に「ちょっど」という名の居酒屋を発見、名が面白いので先日、店内を見せてもらったがとても垢ぬけしていて女将が大柄だが美人であった。使用人も可愛い!

 

ただ一回も行っていないので今回は止めました。料理や値段も分からないので、でも夜は予約で一杯らしい。きっと美味しいんだろうな。

 

私は学生時代から蒲田に出入りをしていた。というのは安い飲み屋が沢山あったからで、今は工学院が大きくなりすっかり昔のイメージが無い。 蒲田は以前の怖いイメージがすっかり旧弊が払拭されて綺麗になり、人種が大森に比べたらちょっとね。 多分この「ちょうど」が料理と値段によっては通うだけの面白みがありそう。

京都の叔母を見舞いに。其の時10年ぶりの友人の僧侶と会う。

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<本来の手の組み方><私は両手に丸(輪)を二ツ作ります>

京都の娘に引き取られた二人の叔母の一人が体調を崩し、以前訪ねたことがある。

それは忙しく数回通ったが、ついでといっては何ですが、昔八ヶ岳で知り合った僧、長年の気がかりであった僧侶のSさんとの再会を果たせた。

 

親鸞聖人を慕う、ご本人は聖人の仰る「非僧非俗」を宣言されています。「僧に非ず俗に非ず」「私は僧ではありません」ということです。要するに葬式法事は致しません。墓番も致しませんということです。

 

私がMTB八ヶ岳で草原を走り回っていたときに獣道を走破していると「なぜこの道を選んでいつも走っているのですか」と近くのペンションから見ていたらしい。 とても気が合って、出会った当初は私が小学校からヨガをやっていたので今でも座禅をし、瞑想していますとお互いに訪問し合って夜、瞑想したものでした。

 

この私のヨガとの関わりは小学生からでインドでヨガを学んだ中村天風と言う方が日本人に合うようにして広められ広まったのです。

 

本来の座禅の手の組み方が違うのに気がつかれ、私は両手に丸(輪)を二ツ作ります。

それは私独特の世界です。そんなことでも興味を持たれたのです。

 

二人は「まさに山籠り同様ですね(笑)」私が瞑想するのは激しく疲れを吐き出しているのである。その口から蒸気のような小さな悲鳴をあげ続けることで、やっと生きていることを証拠立てている。(困難にうち勝つためにMTBで激しく走破しているのも同じです) それを「生涯つきまとった非俗とか出離とかいった陰翳を払い除くのが目的です」とお互い頷き合いながら瞑想したりしていたのです。

 

 

今は八ヶ岳の別荘も売ってしまいました。周りに別荘群が建ち始め、みんな有象無象ばかりで昔の面影が無くなってしまったのです。別荘とはいえ、私のとっては迂遠なものであり、仮寓(寓居)でしかなかったので何の寂しさもなかった。

 

ただこの僧とご縁かそれ以来、別の道を進むことになったことです。暫くは八ヶ岳で修業されるとのことでメール交換はしていた。

 

お会いして驚いたのは10年近くお会いしていなかったことを知った。

メール交換は意外とこうした時間(年数)の経過をに鈍らせますね。

 

「又会いましょう!この辺りは早春にはタンポポや菜の花が咲く季節がいいそうですから、昆虫が黄色が好きという言葉が美しく想いを繋ぎ記憶すると言います。そんな花が咲き始める野の摂理に従うのもいいのでは」と言ってお別れしました。

 

僧は二歳年下です。私はまさに70歳のオヤジさんですが彼は老いの寂(さび)はなく、少年のような笑顔のままで、まことに尊げだった。

 

これからの生き方スタイルの一つ。

今までブログでも公表したことが無いのですが。週ニ回美大の受験生の為のデッサンの先生をしています。これは私の美大の教授からの依頼で高校生を預かっています。 そんな受験生も既に二人づつ6年ということは10人以上と言うことになりますね。

私の生徒には殆ど東京芸大の合格しています。それは私が叶わなかったことを彼らの期待しての気持ちはとても強いと思います。 私の時代は戦後のベビーブームで中学などは16クラス、私は最後のP組でした。受験戦争という表現がありました。 当時の美校は合格の為の型というものがあったようで、私の描くものは、当初からそういう鋳型にはまるようなものではなかったのが叶えなかった理由でしょう。学力もとても厳しかったのだが。

 

何故公開したかというと今回あずかった受験生女性二人は今までは最悪、M,T美大も到底無理でしょうね。親にはそのことは伝えていますが、学力の方は私の立ち入れないところですからね。

 

私の考えはさ絵画(デッサン)とはいえ絵画というのは物を説明する物ではなく、本質というか、芯のようなものをえぐり出すものだということを考えると芸大向きではないとはっきり言っています。

 

この受験生の生徒のご両親も私の絵画の世界での実績と現在を教授から聞いているようで、占いの世界も興味を持たれているようです。レッスンが終わると夕食を頂くのですが、その時は殆どが占いの世界の話になってしまいます。(二人は交代で家を訪れてます)

 

お一人は娘さんのことよりも御主人の会社のことが中心となります。それで方位についてとても興味をもたれて、吉凶の意味と吉の方位に向かい良い磁場からエネルギーを得るという「吉方取り」を熱心に訊ねてきます。

 

簡単に説明をするのがなかなか難しいのですが「地球には磁場という物が世界中に強弱はありますが存在する」磁石はプラス・マイナス次第で磁力のように、互いにはねのけたり(凶)、吸着したりします(吉)。それが吉ですと良い磁場(エネルギー)を得、凶は悪いエネルギーを受けてしまうのです。そのことによって不思議な音や光を発したりもします。

 

と説明をしましたがとても興味を持たれています。

 

才能というのは絵画の世界では描写の素晴らしさと、卑しさ、三パーセントばかりの卑しさが混入させることは大きい効果が得られるようだが、この段階では個性というのがたかがデッサンといえども滲み出るものである。

 

教える楽しさはそれを感じ見出すことであるが、今のところ無我夢中で描いていると言ったところである。

 

モナリザの微笑を加える作者のサービスとは言いませんが、そろそろそんな物が滲み出てくれないといけない時期なのである。

 

それが出て受験用の指導になるのである。それも天分といえるのです。

絵を描くというのは、頭から個性の表現なのである。

 

ただお一人には学力は見当がつかないが絵にも個性が出始めている。私は女性としては好きなタイプ。青年としか言いようがないほど表情も心もみずみずしく、少なくとも、人の世にまみれた濁りと猛々しさがなかった。

 

私が最も好むのは、愛を込めていえば精神の配線がどこか他の人と違っているのである。天然というのではない。日本人離れした風貌も異彩であった。

 

私は受験生というよりも女性としてニコニコしてしまう。私の周りにこういう女性が多い。

美大などどうでもいいのではないか。何て考えています。

早世した友人、何か削がれた気分。明るい気分は衰退期明けの方々。

中学の同窓生で飲み仲間、五人のうち二人が亡くなっている。二人とも早世するとは信じ難いのである。

 

以前その一人についてはお話ししているのだが、通夜、葬儀の連絡が来るはまで全くその気配はなかったのが驚きである。

 

六十代後半でしょう。早いな!まるで地を蹴って昇天したような彼らを惜しみます。彼らの影響(存在)は私にとって大きいのである。呑みながらも口論になること度々であったが底には血を越えた愛情があった。

 

ただ言えるのは彼らが残した精神のリズムを忘れずに生きていくしかない。

先月亡くなったS君は私がいつも攻撃対象で彼の一顰一笑(いっぴんいっしょう)は私にとっては自分を振り返ることになっていた。

 

彼はいつ爆発するか分からない物の傍にいるという、彼の内圧の高い精神にとっては、むしろ慰めになったのかもしれません。(奥様が「主人は言いかたが時々ヤクザになる」と言って笑っていました)

 

寂しさの一つはそうした人柄、精神の潤いを感じるのが批判的でありながら欠かさず私のブログを見てくれていて、そのことは全く触れず、会話にそれを知ることの内容が含まれる。

 

この世におられる、おられないというのは仮のことであった、「空」という絶対の場では、私どもと同じ場所にいて、何の違いもないということです。

ただ一つ、会えない、という小さなことこればかりは、どうするわけにも参りませぬ。

 

一方占いの世界では、この頃はうれしいことが重なる。 俗にいわれている大殺界、天中殺、私は衰運期と言っていますがそれが一気に数人と数家族にと言えるくらい明ける方がいることです。

 

私の指導がその殆ど個人にも、御家族にも大きな影響と与え、実は今年から来年にかけて衰運期の明けることで私を信じてこれまで冬に時代を耐え、家族と協力してくれていたことを不安が無いとはいえない。情も絡み、自信があっても私の心の中では重ったるい気分がわがもの顔に振る舞いのさばる。

 

気になるのはEさんです。今が海外で勉強中ですが、娘以上に愛情が深くなり、つい期待が大きいので厳しい言葉になってしまいます。 このEさんが不思議で光るものが沢山持っているのに、極私的に表現すると日本にいると光が弱くなり、普通、ごく普通になってしまうんです。平凡になってしまうんです。

 

私は日本では取り巻きが良くないと思うのですが、指導者も含めて女性の友人には良い方が何人かいるんですが、上司、指導者も含めて男性は恵まれませんね。 私は海外がEさんの光り輝く場所ではないかと言っています。

 

因みに私も高校時代に海外志向でした。が好きな人がました。こんな若いのに結婚したかったのがその方向性を絶えてしまいました。

 

実は占い的にはスペイン、北欧が将来が輝ける場所でした。それで夢が叶えられなかったのです。それで一生が終わりましたね。今が空しいと言いきれませんが。楽しいこともあります。

 

今は占いが生き甲斐(残りの人生の役割)になっています。それと趣味はゴルフですか。

ゴルフは凄く良くなっていますよ。週ニ回のレッスン、家ではパットの練習を欠かさず(ラウンド中最も多くがパットなのに意外と練習しない人が多い)やっています。

 

目覚めたんです。それは明かしませんが全く今までのゴルフとは逆で近代ゴルフの左主導、腰をきる等とは全く逆。手打ち、身体を意識して使いません(結果、使っているんですが) それが距離がのびているんです。トップが静かになり(いまだ、課題は力みですが)後はラウンド数(経験)だけです。特にパターは場数ですね。

 

今月のラウンドレッスンで長太郎CCが楽しみです。

伝統工芸展でのひらめき、吉方取りの凄さを知る。

宗教法人からの依頼で又講演(3~40人の座談です)依頼があり、その為の資料を集めの神奈川県に行き、その帰りに偶然、東京駅の百貨店の伝統工芸展を見ることになった。

 

中には面白い物が沢山あった。その中に講演の参考になるひらめきが閃光のように輝く品があった。じっと見入っていると話しかけられたが無視するかのように尚、見入っていた。

 

その余韻が残りながらコーヒーショップでぼんやりとしてから、PCで講演の資料作りをすることにした。

 

見入っていた伝統工芸などは、九割までが技術で、あと一割が魔性であると気がついた。その魔性がどう昇華するかで作品が決まってしまうと思うのである。

 

上記でいう技術は近代技術のように普遍化し難いものである。言いかえれば学校などで教え難いもので、理想としては累代の家系に何百年の何事かからうまれたもの。それが滴ったものである。又それを宝石化する以外にない。

 

ただ見入って、暫く余韻が残っていたが、その輝きの中に伝統を見るのもよく、他面、この人の優れた造形感覚の結晶のみを見つめるのもよい。

結局感覚が鋭くなっていたので、返って茫々と見て私などそうだが多様に輝く光体を感ずることが出来るだけでいい。

 

帰宅して8月の暦を作ることになる。これが正直に言って大変疲れる。 それでもその甲斐があり嬉しいことがある。と言うよりも改めて吉方取り(吉方に向かうことにより良い磁場を受ける)の凄さを認識した。

 

以前、私と親しい家族、その御主人Y氏が吉方取りを真面目に行い、衰運期を乗り切り会社の役員として迎えられた。今年がその時期だっただけに気にしていたことが叶ったのでほっとしました。

 

それとアメリカからの相談や暦を送っているTさんが衰運期に健診を受けて乳癌を発見、ステージ0でした。今週日帰りの手術、Tさんが”先月、先生が『一番、衰運期の底で検診を受けているのでそれはとてもいいタイミングでした。』”と仰ってくれたのでこれもアドバイスのし甲斐がありました。

 

今回の講演は「吉凶」「吉方取り」についてはどうかと思っていますが、宗教法人なので果たして受け入れてくれるかどうかと迷っています。

 

改めて暦を送っている方々(相談者)へ。

<吉方取りの重要性>

方位学とは

 

考え方として、

大きな気(大気)の「気」の中には、地球上の磁場を形成する地磁気というものがあるが、

この地磁気を利用して、人生を幸運へと導こうとするものが方位学の根本である、と考えている。

 

簡単にいえば、私たち人間の体というのは誰もが磁気を帯びており、

私たちが一つの場所(ある特定の土地)に留まっていると、その土地の磁気が体に記録される。

この体に記録される磁気が、吉方の磁気か凶方の磁気かによって、私たちの運勢は良くもなり、悪くもなるというものである。

 

もっと簡潔にいえば、

自分にとってプラスのエネルギーが溢れている吉方の場所に行き、プラスの磁気を自分の体に記録させれば、人生上にプラスの出来事が起こりやすくなり、 逆に、マイナスのエネルギーが溢れている凶方の場所に行き、マイナスの磁気を自分の体に記録させれば、人生上にマイナスの出来事が起こりやすくなるという単純なものである。

 

 

女系であり、累代重恩(ちょうおん)受けている旧家の間違った習慣の改善。

病院に行くつもりで洗面、髭を剃ろうと電気カミソリをいつもの置いてある場所に自然に手を出すと「無い!」「あれ?無い!何処へやったのだろうか」と慌てる。

 

最近のボケの始まりかと何ともいえない不安感が走る。何とも重苦しい、気無性(気不精/きむしょう)な気分である。

 

確かにこうしたことは、いつもと違う間違い、うっかりが何回かある。それは恐怖感に繋がり、慌てる、焦る。

 

兎に角電気カミソリの行方が分からず、探しまくる。焦っている。 何か自分に普段と違う行為、出来事があっていつもと違う行為があったからかと振り返る。 まだ気がつかない。

 

諦めてカミソリで剃ることにした。髭剃り用のクリームが無いのでボディーシャンプーで間に合わす。髭剃り後の肌荒れを心配しながら何とか終了。

 

重苦しい気分のまま、出かける支度をしながら、フッと目に入るのがソファーの下にそれらしい物の一部が見える。アーッ!充電をソファーの下のコンセントでしていたのを忘れていた。この思い出す為の時間差を衰えと捉えるのか、恐いなーッ。

 

思わず黙然とそのソファーに座りこんでしまった。「あーぁ!」という溜息が出てしまう。

 

午後に相談者がやってくる。

紹介者は私とは20年以上のお付き合い。よく相談者を紹介してくれる。

今回の相談者の方も世田谷の資産家、地所からマンションを数軒所有する私より若いがずっと老けて見える。

 

目の前に座るなり、気になったのは横顔に差す弧影の色が深い、生活には何不自由もない様子だが「他人の想念(業想念)」を受けている。憑依現象ではない。

 

この方を紹介して頂いた方も世田谷の大資産家で私にとっては資産運用の相談を受けている。この方の場合は兄弟、親戚との財産争いによる、やはり業想念を受けていた。それを先祖からの土地、家屋をマンションに建て替えを指導したことで救われた。(資産を会社組織にして兄弟、親戚を役員にして解決)

 

しかし厄介だったのは庭にある稲荷神社が朽ち果てる寸前の姿であった。それを稲荷(お狐さん)の意味を説く。専門の大工さんに稲荷神社を改築してもらい、神社のお祓いをいして(私の紹介)、樹木の生い茂っていた庭が明るく日差しが差し組んでくるようになった。

 

相談者は同じようなものを肩に背負っているような重苦しい空気が漂っている。お宅に伺い、自宅と敷地を隈無く見て回る。 旧家の為、先祖の思いがそこら中に蔓延っていると言ってもいい。それは黄泉の国(みよの)からの思いの強さと多くの先祖によることで起こる現象である。

 

この相談者で何代と言ってましたっけ、そう室町時代、鎌倉辺りが原点の様である。

そういうお宅は古式ゆかしい習慣が残るが先祖から何十代引き継がれる行事、習慣が長い間に間違って解釈され行われて来ている。

 

まずが仏壇と神棚の位置が問題。こんな旧家でも何百年という間、不自然であったために小さな争い、不幸が続いていたのにその原因が気がつかない。

  • 仏壇は仏間がある場合は仏間に。床の間に置いても上座なのでOK。
  • 居間やリビングなど、人が行き来するところでも可。自身がお参りしやすい場所が一番。
  • 上に部屋があっても特に問題は無いが、気になる場合は「雲」などが書かれた紙を天井に貼る。
  • 駄目な方角は無いが、直射日光が当たる場所や、多湿な場所は避ける。
  • 宗派ごとに推奨する方角は存在するが、間取りによって無理のないように置いて良い。
  • 神棚がある場合、向い合せは避ける。仏壇の上も余り進めない。
  • 床の間(上座)の向かいは下座になるため、避ける。

まず宗派によっても多少の違いがあるが、私は居間やリビングなど、人が行き来するところでも可。自身がお参りしやすい場所が一番であり、薦めている。

 

仏壇(先祖)に朝「おはよう!」「行ってきます!」夕「只今!」「祈り、供え物をするときに語りかける、報告をする」そんな普段、家族同然の行為が大切なんです。

 

このお宅は習慣化して心がこもっていない。まず仏壇と神棚が薄汚れている。

 

その点を指摘、改善されることを約束、まだまだこうした旧家はあるある!後日また伺うことにしている。ただ深刻な悪霊的なものはない。

 

それはこのお宅に89歳の相談者の母親が実に良い。後光(オーラ)がゴールドに輝き、この家を支えている。女系であり、累代重恩(ちょうおん)受けているのがそうさせている。

 

私は神仏習合という考え方はしていません。私の心の位置が古神道ですが、一部考え方と言うよりもイエスキリスト個人に親しみがあります。その件は後日。

 

70歳になると生活の固定化が顕著。

歳をとると悲しみも多くなる。 ですから楽しいことも見つける努力もする。ゴルフ、美味しいところで飲食。行動半径が狭くなってきたので行かないところ、行けなくなったところも出てくる。

 

悲しみは寂しさからではない。それは心にそう多くは占めていない。

今はゴルフに夢中で美味しい料理があればそれだけでほぼ満足なのである。 それにお洒落、お洒落をして行くところが無ければならないが、最近は行動半径が狭くなったのでその機会も少なくなっている。仕方が無いだろう。

 

その悲しみは、満たされないのが原因でもあるのだがゴルフでも目標が無い、クラブチャンピオンを獲るとか勝負、試合めいたものが無い(競うことが好きですから) 美味しいもの、料理は味わうだけではない、そうはいかない人間関係が存在する。その為に不味くなったりもする。

 

お洒落はそれを披露する場所が必要である。素敵なレストラン、Bar、粋な居酒屋などで素敵な人との会話などそうした場所すら少なくなったのがこうした気分に陥るのであろう。

 

自宅での料理をするようになったのは今までの私としては後ろ向きな行動。考えてみれば非主体的になっている自分に気がついた。ネガティブ思考と言うのではないが歳をとると以前のようにものの考え方が積極的・発展的であることを意識して控えめになる。 それが悟った年寄りの姿なのように思い、振舞う。格好つけているんです。

 

主体的というのは今までは余りにも自分の意志・判断に基づいて行動する傾向があり過ぎた。その反動でしょう。特に今年の運勢は「言い過ぎ、やり過ぎ、口は災いのもと」という年なのでまるで布団をかぶって大人しくしているような日々を送っている。

 

ゴルフも目標を持つためにコースのメンバーになってクラブライフを楽しもうかとも検討しましたが、いま70歳の私には無駄であり、どう考えてもそうなる。まずは車が無い。まさかゴルフが復活するとは思わず車との縁を切った。ゴルフにとって車は必要不可欠なものなので不便極まりない。

 

そこでゴルフは自分との戦いなので自分へのチャレンジという、目標を持つこと、上手になるのは自分を克服出来ることなので、目標はスコア72(レギュラーティで)に挑むことにする。

 

いい仲間と楽しいゴルフもいいのだが、私はどうしても挑戦的になってしまう。まだいいのはゴルフは個人スポーツ同伴者はいても自分が主体、だから私の性分に合う。

 

幾分かはいい仲間とゴルフをしてその中で自分と闘うことのする。

 

後十年で理想的なスイングに近いものを見出したい。今は距離も伸びているので歳による体力、精神力との闘いである。

 

此処で生活のパターンの固定化が目立つ。

ゴルフ(健康面でスポーツジムでも通っている気分)、外食は心地よい家庭的なお店数件に固定。いままでよりも料理をする。

 

以前から関わりの介護事業への関わりを深くする。母が早世し祖母に育てられたので老人に関わる仕事を最後にと思っていたので70歳はいい機会である。

絵画は宗教法人に関わる仏画の関わり、美大受験生の絵画教室など出来るだけ増やさずにこなすようにする。

 

占いは続けますよ。これは定年が無いしね、不定期ですが不動産関係は奉加金はデカイしね。いろいろなケースの相談はかえって人生勉強になりますから楽しい(不謹慎かな)

 

因みに今晩は甘塩鮭を頂いたのでただ焼くのはへそ曲がりの私は嫌った。

鮭はお酒を入れ沸騰したフライパンで3~4分、その間、醤油とバターを器に入れてラップして20秒程度チンする。かき混ぜる。

 

鮭に醤油バターをかけるだけ、飾りにレタスかサラダ菜を添える。私はサラダ菜でした。

それと作り溜めをしていた大根と手羽元の煮物とで夕食しました。 最近ある方の影響でたくわんが好きになりました。酒の摘みにもなるし、軽くE店で教えてもらった細切りピーマンと塩コンブを和えただけの摘みで呑みました。