子供二人にパンを送りました。こんなことでも気を遣います。

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<子供に送るパンを焼きました。その梱包です。ミックスレーズン入りのパンです>

 

すっかり、否ますます涙もろくなりました。

別に寂しいわけではなく、時代劇、鬼平犯科帳を見て人の「情」というものには感動します。

そんなことでも涙します。

 

実は疎遠になっている子供達(疎遠とは言い過ぎなのですが、毎月息子は生活の足しに口座にお金を振り込んでくれています)

 

何が親子関係が理想なのかは分かりません。が私は年齢的な事で不安は尽きないのですが、意外と独りの生活をエンジョイしていると思います。

 

これが息子なり、娘と暮らして孫に囲まれ、それも幸せなのかもしれません。でも今は一番幸せなのかもしれません。比較か出来ないのでTVのドラマや人様の話で家族というものしか分かりませんがよい話し、悪い話しを両方聞きます。

 

でも家族内で気遣いのあるのが幸せという人もいます。それが家族というものだという。

私自身、陰陽師として占っていますが、よいお爺ちゃんにはなれないことになっています。

 

いつもきれいな女性を相手にし、美味しいものを頂き、お洒落をして、ゴルフではスリリングな思いをし、自分以外の人生を見ることが出来る陰陽師としての立場に何の不満があるのでしょうか。政治家、芸能人、宗教法人、大金持ち等々普通は知ることが出来ない世界を知ることが出来る。

 

実は今日、息子と娘のパンを送る準備をしています。ミックスレーズン入りで梱包して、親ですね実は住まいの住所を知りません。それで息子の会社へ送ったのですが。パンを梱包しているうちに気がついたのはこれを家に持ち帰るのだと思い手提げ袋を二つ入れるという気遣いをするんです。

 

その理由は私は激しい気性なのは知っているのと超積極的なので何をするのか分からないという恐怖なのです。それと陰陽師なのは知っていますから見透かされているという恐れですね。それが住まいを教えないのです。

 

恐れとは自分を知られることなんです。皆さん自分に自信がないのです。

 

今はそんなことはないのですが。おとなしい叔父さんになっています。

 

それとそれぞれに子供がまだ幼いのですが二人とも変わった名前なのでその由来の説明文を添えました。

子供が大きくなったときに名前の由来の説明が出来るようにとの配慮でした。

 

今、息子と娘用に二つ焼いたのですが二つ目は焼けました。朝から何しろ4~5時間かかりますから、席を離れられません。

 

でもその準備がなんとなく浮き浮きしています。独りが気楽とはいえ都合がいい時は子を思う親になる。まことに勝手なものである。

若さ故の活躍の時代、いくつになってもゴルフでも革新(イノベーション)。

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<本格的なカレーが食べたくて3時間かけて作りました。でもお弁当とにバランスが悪かったですね>

 

70歳を期に私が唯一サラリーマンの経験をしたリコー時計時代である。

それは結婚を考えて今までのように勝手気ままな生活を考え直し、就職をしたが、この時代は僅か3年間であったが当時多くを学んだ。

 

セールスコンテストではトップの売り上げで二階級特進を得た。平から係長に出世をしたのである。

 

実はそこで学んだことは今後に人生に大きな影響を与えた。

 

リコーにはGC(クオリティー・サークル)という品質管理の思想である。

この考え方は実に今後の会社経営、物事の考え方に大きな影響を及ぼした。

 

その私の時代に共に営業でいた方々がOB会を毎年行っているのは知っていた。

ところが私が東日本大震災でPCが壊れて資料は全て喪失、当然住所などは全て失った。

 

勿論、離婚し父子家庭(子供は母親を選ばず私が)で子育てをしていた間が疎遠であったのもより接触する機会を失っていた。

 

それが大阪で震災があったことで大阪の友人の様子を気にして連絡を取ったことがOB会との接点が出来たのである。

 

小学校、中学校、高校は疎遠、大学を同窓会が盛んに行われている。最近とみに多くなっているのに気がついた現象でもある。

当然恩師も亡くなったりしているなど、亡くなって方もかなり多くなっている。

 

そんな私の一番活躍(若さというか人間的にも鮮度がよかった)した時期の一つであるリコー時代の友人との接触できたことを機会に丁度11月10日にそのOB会があるという。是非参加するつもりである。

 

鮮度という表現をしましたが、的を射ている言葉です。脳が切れに切れ、回転がよく、本や新聞などを読んでもそれを吸収、仕事に活かし切っていました。

当時はリコーの役員も上司も私には自由に動けるように配慮してくれました。それだけ「何をするか分からない」サラリーマン世界では面白い人間だったと思います。

 

ということは上司に恵まれたのだと思います。二階級特進もリコー始まって以来で社長決裁だったそうです。当時リコーに純金の会社のバッチを賜りました。ある意味絶頂期でしたね。社員の見る目も違ってました。

 

日本は高度成長期で熱気に溢れ、楽しい時代でした。

このリコー時代は個性の強い方が多く、時代もそうした人が多かったともいえる。

 

思うにこの70歳という歳は昔懐かしむといえる年代何だと思います。お互い健康で生きている事の確認と慰め合い。お互いに助け合う仲間でもあり、いいライバルが当時が火花が散った関係も今はお互いに懐かしむ。そんな歳月が何とも円満な、温かい関係に変化したのでしょうね。

 

そんな思い出を語っていますと、当時私生活では東銀座から地下鉄で西馬込まで、そうするとカローラライトバンで駅近くで最初の奥さんが迎えに来てくれました。

 

その車には娘と息子が一緒で手を振って私の帰りを迎えてくれました。あの頃は実に質素で奥さんとも助け合い本当は一番良い時期だったのかもしれません。

 

そんな思い出溢れたリコーOB会に参加して昔を懐かしみ又その頃を思い出し原点に返ってみます。そんな時期なのでしょう。

 

友人と今月食事を約束をしているのですが、季節の変わり目はいつも体調を崩します。

一番は鼻炎なのですが鼻の粘膜が敏感でクシャミが止まらない。頭が重く憂欝で集中力に欠けミスばかりしています。 家で大人しくしています。ただ体は動かさないとということでゴルフレッスンは行っています。

 

私はゴルフはスイングが美しくありたいと練習に励んでいます。

というのはシンプルであること、スイングもパターであろうが美しくないあるべきで癖のあるスイングは必ず限界、壁に突き当たります。

 

レッスンでの画面、ビデオ撮りでチェックし美しくありたいとテークバックの始動で顔を右に向ける、右に軸が少しズレるのを強制的に修正しています。

 

それでスイングが又ガタガタになってもいいんです。最後に80歳でもよいスイングでいたい。オーソドックス、シンプルこそ理想です。

最近変わったこと。気質と躾について意外とよくある事例を紹介します。

最近変わったこと。

今まではやり直しう時間があった。それが今71歳になると、こう変わって来た。

「今度生まれ変わったら」となったのである。既にチャンスの少なさ、時間の無さを自覚しているならではの心境である。実はこんど生まれ変わったら音楽家になりたいのである。

 

最近亡くなった俳優、有名人の年齢が出ますが、自分の歳と引き算して私は後何年生きられるのかと考えてしまう。

 

僅かに残された時間でも目的(目標)は微かにでも持っている。

それは正直飽き飽きしているのが自分の仕事(表面的な)デザイン(絵)なのである。

才能もないのにただ器用なだけでこの道で生きて来た。よくここまで食って来られたものだ。

 

今の生き甲斐といえば陰陽師としてのこの世での役割を自覚したこと。与えられた才能を活かして人を救う。お役にたてることなのである。

 

30年以上お付き合いをしている家族がある。

息子さん、娘さんの結婚からお孫さんの名付け親になったりと、そのお孫さんに問題があり、相談されて一歳違いの兄弟がまったく性格が違い、それも激しい性格の兄が気弱な弟をいじめる。それも暴力的なのである。カッとなると止まらない。

 

こんな事例は何度かあったのですが、この事例では兄の嫉妬である。それはお婆ちゃんの愛情の偏り(ご本人は自覚がないのだが、弱い子ほど可愛いらしいのでかばってしまう)

 

これは占いの範疇?としてはお孫さんの個々の性格を見ても、明らかなのだが確かに兄はとても気性が激しい。弟は女の子のように弱い。

でも私が2~3年しっかり見守ると兄に目標が出来てくる。例えばスポーツを薦めた。

 

野球やサッカーなどは長続きしなかったが私のアドバイスで剣道がどうも性にあった。

それからは兄弟喧嘩が全く無くなった。

 

そこで家族(孫抜き)でゆっくりお話をする機会があった。

 

{気質について}

気質とは性格をつくる以前の”刺戟に対する反応の仕方”です。

これは体の状態との結びつきが強く生まれつき一人一人違います。

ですから同じように育てられた兄弟の間でも性格が違うのです。

泣き方、オッパイの吸い方、歩き始める時期、話し始める時期などでも違います。

体系も、顔つきも、話し方も違います。

 

こんな事に興味を持つかということも気質によって違ってきます。

何かが起きた時の反応の仕方、知らないことに対する気持の持ち方、失敗した時の反応、人前に出た時の反応、そのようなものも違います。

 

そして、ここが肝心でそれだけ深く体と結びついているので、気質は躾(しつけ)では直せません。叱ったり、怒鳴ったりしても、直せません。

むしろ逆にますます状態を悪くしてしまいます。

でも、気質を肯定してあげていると思春期の目覚めと共に、それほど自分の気質に拘わらなくなります。

逆に、否定しているとなかなかその気質から自由になることが出来ません。

 

気質は例えて言うと「種」のようなものです。

トマトの種をどんなに頑張って育ててもカボチャは実りませんが、皆を喜ばせてくれるトマトと捨てられてしまうトマトの違いは育てられ方によって決まってしまいます。

 

それだけに大人が気質を理解して子供と関わることが大きな意味を持っています。

カボチャの育て方でトマトを育てたら、枯れてしまうかもしれません。

 

このように改めて気質について説明したのはこんな事例が意外と多いので「気質」についてはこのようにいつも話をしています。

 

その中には悪質なもの(例えば子供や家族に、主に動物霊が多いのですが憑依している場合は例外です)が憑いている場合は私の扱いが違います。

暦による方位の事例。

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<叔母から焼うどんの作り方を尋ねられ、食べたくなって作りました>

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<私の暦ですが、右上の八角図(年間)のように→他はで吉方がありません。左上の八角図は10月の吉方→が示されていません。そんな月もあるんです。下の小さい図は毎日の吉方が→で示されるのです>

商売、事業を営む方が毎日吉方から店や会社に吉方から向かうということを習慣としていらっしゃいます。

~に×が付いているのはそれぞれ皆さんには凶方位(ミステリー)を示しています。

本来右上の八角図の→が月、日の全てにつきますが、年間の吉方位を示し、引っ越し、旅行、大きなお金の動きをするときの吉方位です>

 

 私に言う衰運期(俗に言う大殺界、天中殺)の方を占うきっかけは、その方が自分の運気が気になって求めてくる人。何かのご縁で接しているうちに「この方は何だか発する光が弱いな?」と感じることがある。私はオーラとか後光とかという自覚かははっきりしない。

 

私は映像が浮かんでくるのでそれははっきりした人物でもあり、ぼんやりとした人影みたいな光であったり、光そのもの出会ったりする(光の強弱はある)。

 

衰運期は日本本土は、春夏秋冬、四季の具合がよく回っていて、冬といえども、息を詰めて辛抱していれば春が来る。(私の言う衰運期の3年間をどのように過ごすかがよい春を迎えることが出来る)衰運期を四季に例えれば”冬”と言える。

 

冬の寒さはある程度、鍛錬とか馴れとか、あるいは着膨れとかして、何とか自分の体のほうから合わせようとしてゆき、それが駄目なら、死ぬ。それが衰運期(人生の冬の時代)の過ごし方でその後が決まってしまうと言ってもいいくらいである。

 

その衰運期は振りかえったり、後戻りしたりしても良い。自分をじっくり自分を見つめるために与えられた神の慈愛に満ちた期間である。

 

私が衰運期の方に協力できることは「吉方取り」と言って、毎月「暦」を差し上げ、その方の吉方を示す。その吉方に向かい、その場に(原則は2キロメーター、2時間滞在、しかしこの忙しい現代は喫茶店とか公園でお茶を飲んでもいい(極端に言えば自動販売機の缶コーヒーでも良い。その場の”よい磁場”を吸収するのである)

 

方位の吉凶はその場の磁場による。

その磁場(磁力)は地球の内部は高温で溶けた鉄が対流している影響で磁力が生じ、方位磁石のN極が北を示す。その磁場が何億年前か?南極、北極は逆転したりしている。

 

そして私の南北は23度左に傾いている。私が毎月30人位の方に暦を送っていますが、その方々には区、23区、関東、日本全図に東西南北入りの地図を必ず送っている。

 

易学の流派によっては地図の上部を北としているところもありますが、これはとても危険です。ちょっとしたズレが悪い方位に当たる場合があるのです。

よく他の流派で相談されていた方が紹介で私が見ることがあるのですが、殆ど方位の間違いです。全く逆な象意示すことになるので怖いですね。

 

最近、会社設立を他派に相談し上手くいっていないという方の相談を受けたがその場所が他動的な悪い力による不幸を呼ぶ方位であった。上手くいくわけはないです。

 

それで当然吉日を選んで引っ越しをしました。今は社名も改め(私は姓名判断は無駄な行為と思っています。これは相談者の気分でそうされました)、登記をし直し、新天地で順調に経営されています。

 

暦も30人の方に毎月送っていますが、禊(みそぎ)をして一人一人にアドバイスを添えたりととても疲れます。希望者(待っている方)はお声が掛かっている方でも数百名いらっしゃるので、私の考え方に添って生き方、経営されている自立出来る方は少しづつお断りしています。

 

本当に困っている方を優先しています。

 

自ら断って来た方はたった一組ですが、長い目で見ていますと豊かさが気付きを遅くしています。怖いですね。それは私にも問題があって私の凶方位(ミステリー)で知り合った方で私が力及ばず”私”が強かった結果でした。

私もそんな愚かな動きをしてしまうことがあるのです。

 

年齢からとても体力が追い付いて行きません。選択の基準も私の個人的な好みもありますが、一貫性が全くないのが私的で「歳ですね」

 

 

仕事のペースは乱れたが、私に御褒美「ウナギの蒲焼き」を買い、一流の味に。

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<お弁当は腎臓結石になって、塩分控えめの物。サワーも糖分ゼロ。ウナギの蒲焼きはスーパーで買い、一流の味に実に上手い>

 

真夜中近くに電話が鳴り、慌てた。

一人暮らしはマイペースでそれが崩れることはないのでこういう時はパニックに陥る。

 

広告会社D社から直接連絡が入る。一社デザイン事務所を通しているので担当者が私の存在は承知なのですが、打ち合わせの内容から私と直接話したいとのことでデザイン事務所の了解を得て23時に近かった。

 

打ち合わせはほぼ一時間以上掛かったが、時も時でD社の担当者は私の別の顔を知っている。古い付き合いなので(この方の結婚、住居、上司、ライバルを占った)私の存在を重宝に良い言い方をすれば上手く利用されている。

 

実は陰陽師として仕事が絡む占いは難しい!良くなって当たり前で、私ははっきりと陰陽師としての矩(のり)を超える(道徳や規律から外れる)ことはないように心掛けている。

が、それでもはっきり言うのが私の陰陽師としての姿勢なのです。

 

そうはいっても相手が幸せになれば陰陽師としての冥利に尽きるのだが、占いでは余儀ない内容を控えめに言うこともある。それが今のところ問題はないのだがいつも気にしている。

 

今回の問題はデザイン上のことではなく、惹句(じゃっく=キャッチフレーズ)に問題が起こって、その惹句が変わればその背景のデザインも変えることになるというのだ。

 

そこで長々とD広告会社の担当者に持論を展開した。

キャッチフレーズは主として◆呼びかけ機能(受け手の注意をひく),◆選別機能(その広告にふさわしい受け手を選び出す),◆誘導機能(関心を喚起し,広告本文あるいは商品へ導く),の機能をもつ。

 

私にデザインが格調が高すぎるというのである。単なる人の心を引きつける。うたい文句。人の注意や興味を引きつけるための文句。というレベルまでイメージを下げろ!という要求、意見を言って来た。

 

仕事を具体的に言い過ぎますと何んのプロジェクトに関わっているかが、直ぐに分かることなので今のところはこの位で控えます。

面白くないんです。それを設置する場所もいろいろでそれを一本化するというのに無理がある。

 

不思議にこのところ私の安眠を妨げる夜遅くそうした問題が起こり、連絡が入る。

 

折角、それ以前にその構想を練ってラフを描いていたのだが(私は先行してアイデアを浮かぶとその都度ラフスケッチする)

 

全くどうなるのか分からないが疲れた。

 

眠れずに深夜に及んだので今朝はいつものスーパーへ朝一番に向かう。開店と同時に入店(今は”顔”である)備忘録にのっとって買い物をするが、いつも余計なものを買ってしまう。

 

今朝は仕事を遅くまでしたので自分にご褒美。ずっとウナギを食べたかった。昔からの鰻屋に行こうか、でも弁当が後3個残っている。

 

それでスーパーとはいえウナギの蒲焼は高い、土用のシーズンは1500円~3000円近かった。

でも今はoffのラベルが貼られている。それは1500円代いつもなら握り寿司だが、今日は鰻二組?を買った。980円位になります。

 

うなぎといえば土用の丑の日の定番。夏のスタミナを回復できる、抜群の栄養価を誇ります。でも、実は、うなぎの旬は冬なんです!

 

今晩早速頂くことにした。

◆買って来たウナギのかば焼きを水で丁寧に洗います。

◆料理酒をまんべんなく丁寧に掛けます。

◆フライパンで、 弱〜中火で5分ほど、両面を温めます。このとき、こげてしまわないように注意しましょう。

◆包丁の刃を入れても、身が崩れず、しっかりとしています。それでいて、断面はどことなくふっくらしている。

 

美味しい!うなぎの身がふっくらとしていて、買ってきた蒲焼きには思えないほど。しかも、プリプリとした食感もあります。うなぎを水洗いしたら、本当に美味しくなりました!

 

もちろん、タレを付けると美味しさ倍増!

 

そうするとスーパーで買ったウナギとは到底思えません。

まあ!鰻屋に行って食べたのとは当然違いますが、大違いではないです。実に上手い。

7~80パーセントの満足というところです。

 

継続できる人はそれだけで才能があると断言しても良い。

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<相変わらず、お弁当が味が薄いのでしっかりしたマーボ豆腐を作りました>

 

総裁選挙が終わり、組閣も本日速報があった。顔ぶれは兎も角も在庫一掃セールと上手いことを言っていたメディアがあった。

 

でも竹下派、石破派からの起用はこの件に関しては相談者との守秘義務があるので避ける。

 

そろそろ参院選挙が近くなると忙しくなる。私の相談は親しくなった議員はより深く、その他紹介により占うのは殆どは選挙事務所の方位である。

 

関わった(相談を受けた)議員は殆ど当選している(議員年数が多いベテランは多いが、その都度、新人は一人くらいはある)

 

今朝は仕事で徹宵(テッショウ。夜通し)の仕事があり、朝食前に開店を待ってスーパーに買い物をする。備忘録(メモ)の買い物予定を書いているが当然のことながら予定より多くなる。

 

それが一生懸命仕事をしたので「私へのご褒美」である。スーパーで握り寿司のパックですが、一応お寿司なので豪華な気分にはなる。自分に「お疲れ様!」という訳である。

 

「お疲れ様」とは71歳になると同年代と比べても遥かに元気なのだが、疲れ方が、というよりも疲れが残る。幸いネットで「股関節ストレッチ」というのを自分なりの工夫をした実践しリセットしている。

 

この股関節ストレッチは当初はゴルフ(レッスンを含む)前の柔軟体操というものだったが、「継続は力なり」という言葉がある。何かを継続したことでひとつの成果を出して成功体験をつかんだ人は、この言葉の意味を実感する。

 

話しは逸れるが、ゴルフレッスンもそうであるが、このストレッチも最近効果を実感している。

ますゴルフですが、レッスンは毎回Ipadでビデオ撮り、28年前に何とこんなスイングをしていたのかと反省。後はラウンド経験を積むだけでそれは今思案中。いろいろな事を試みたが、今やっとプロと相談の上固める段階に入った。

 

股関節ストレッチも両脚を開いて前屈をするが最初は身体が硬く、ほんの20センチ程度、今やもう直ぐに床に10センチくらいで床に着いてしまうくらいになりました。

 

「継続派力なり」この言葉を妄信して、ただただ「継続」することを目的にしてしまう人がいる。「継続し続けているのだから、焦らなくても結果は出る!諦めずに頑張ろう!」と考える人だ。こうした人はかなりの確率で意味を誤解している。

 

「継続は力なり」で評価されているのは「継続」ではない。継続したことで出た「結果」である。これを明確に認識していない人は多いのではないだろうか。自分はこのタイプにならないように(周りに実に多い)している。

 

この勘違いは若いうちに「よくやった!継続は力なりだね!」と評価された人に起こちだ。なぜなら若い時は、成功の先にある大きなポテンシャルまでを含めて評価されるため、たとえ小さな結果であっても高く評価されやすい。

 

逆に年齢を重ねると、純粋に「結果」のみで評価される。そうなった時に自分の価値観の中で「継続は力なり」の間違った認識が根強く残っていると、ただただ継続することしか考えず、結果を出すためにどう工夫すべきか?という部分に思考が働かないので、とても苦労する。これは「継続は力なり」を理由に、思考停止している状態と言える。

 

もちろん、何か結果を出すためには継続することは重要だし、継続なくして結果は出ないものだとも思う。そして何より、継続できる人はそれだけで才能があると断言しても良い。

 

しかしあくまでも、継続は結果に対しては必要条件であり、十分条件ではない。しばらく結果が出ない期間が続いていたとしたら「継続は力なり」の一歩先に思考が働いているか?を見直すと良いのではないだろうか。

 

今考えるに、ゴルもも28年~30年以上、離婚をしてからその関係を全てに近く絶ち、改めての行動を起こすとその時間の経緯というもので失った者(物)の大きさを実感することごろです。

 

今はゴルフへ行くのも車を20年近く絶ち、今までは全くその気もなかったが、ゴルフは絶対に必要なのである。今更とは思うが生活の前向きに考え変化が訪れると誠に不自由極まりなく、淋しささえ感じるこの頃である。

 

変化とは、するにはそれに伴う道具(手段)も必要である。

西洋医学の治療医学では限界がある。東洋医学の予防医学を見直すべき。

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<パン一斤は週2回程度焼きます。今回はレーズン入りです>

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<アスパラと生しいたけの炒め物。スーパーで安売りしていましたので。レンコンは数年ぶりにオランダ煮を甘辛でつまみに最高!レンコンの歯ごたえは抜群でした>

最近はラッキョウに凝ってね。今晩は夕食にしらす大根おろしで、おかずは一杯あるので不自由はないです。

 

叔母は鍼灸の出張治療を受けている。

この鍼灸がご縁で叔母の膝の痛みも緩和されているのでしょう。実は私は整体と鍼灸、気功についてはその道の権威の方とのご縁がある。それも、私の生き甲斐の一つはその方面での才能のある方を育てることである。行きがかり上そうなった。

 

その理由は鍼灸師で私の住いの近く治療院(Mさんとします)を営んでいた方、ゴルフで腰、股関節を痛め、近いこともあって通い出した。

 

すると治療する内に会話は弾む、何かと私の今までの経験を話し(東洋医学の思想を信奉している)私は東洋医学は「予防医学」、西洋医学は「治療医学」という信念を持っている。

 

そのうえで「細胞の活性化」が健康を考えると最も大切である。それが叶うのは東洋医学でそれがその思想の根本である。

 

私はその住いのMさんは私のアドバイスで治療法を工夫し、結局は私の薦めである気功の権威を紹介した。それを体得し今では大繁盛の治療院になっている。

 

ただ今は縁が途絶えたのは良くなると人は余計な事を考え始める。「女」です。

それとこの世で一番怖いのは私に対し「ジェラシー(嫉妬)」です。そこまでは教えることは出来ません、。ですから治療は優れていても「この辺があなたの限界です。所詮は職人でわりです」と言って突き放したが、今はどうしているか?指先の感覚は一流でしたが。

 

「これから自分の不足分を感じる時があります」と言ってそれから疎遠である。

 

私は己の体調はその当体患部を構成する細胞集団に話し掛けているが、そういったことを教える寸前であった。

 

前回、叔母に対して厳しい言い方をしていましたが、叔母の食生活は見習うべきものがある。私も行く度に口論ばかりではない。叔母が私が訪ねてくれるので喜んでくれている。

それが料理も美味しい所へも連れて行ってくれる。

 

まずは全てが手料理で激しい気性の割には優しい味である。

 

考えてみれば叔母の健康に関する考え方と治療に当たっているその姿勢と治療院の選択は最良とはいえないが堅実である。

 

そこで叔母の家に出入りする鍼灸師の女性が30代で経営している。

そのことに触れる。

 

そのNさんの治療は実際に施術を受けたことがないのですが、叔母の選択は間違いはないです。電気治療なども受けているようですが叔母の程度では最良とはいえませんが結果的に杖を頼らずに歩行が出来るようになっています。

 

それよりも行く度に火曜日の昼近くにそのNさんにお会いします。

鍼灸とする方と経営者でもある。30代でしょう。これからいろいろある、それが潜む。

 

背後の「光」だけで見れば自分の息子の嫁にしたいくらいの人物である。

 

私はNさんが放つ背後の「光」が気になっていた。愛嬌がって、可愛い。極、わたし的な考えは、女性に求めることでは結婚して子供を持ち家庭を築くという意味での孤独感を覚えた。

 

そして気がついていない今後、発生する問題と私生活の孤立感、例え夫でも頼れない一人しっかりと自立を考える運命を感じている。

 

占ったのでこの位にします。守秘義務があるので。この辺りで終わります。