下手を打つとはこんなこと。

最近の相談内容は政治的な話しばかりとはいえなかったが、叔母二人の問題も関わり頭の中がゴチャゴチャになり、混乱の極みであった。

 

それが原因か?胃を壊したが主治医の処方により何とか普段のように戻った気がする。

気楽に前回のブログでは世界観みたいなことを言っていたが一介の陰陽師が語るには大きすぎる。

 

でも100年後の地球は?(本当は1000年の筈が地球環境の変化で)となると私は生きている間が大丈夫という気楽さはある。

無責任ですが子供、子孫を考えるとどうかとも思うが。

 

地球が過去に何回も繰り返した地軸を南北を正反対のひっくり返し(この話は何百億年という単位)それが身近に起こり得るというのが実態です。

 

その事実は地質学的に証明されています。北極点を見つけるには、北へ向かえばいい。ただし、少々注意が必要だ。

 

今、地点は、着々とヨーロッパ方向に動いているのだ。 4月8日付「Science Advances」に発表された論文によると、近年この「極移動」が急激になりつつあり、その原因は気候変動にあるという。

 

気候変動と極移動の関係が明らかになれば、氷床の融解や干ばつについての今後の研究、予測に大きな影響を与えそうだ。それが数年後が分かりませんが?私達が生きているうちは世界は混迷を来しながらも数十年は大丈夫でしょう。

 

話が壮大になり過ぎた。

因みに私の方位地図は北が地図上の北よりも23度くらい傾いています。それが正しい北です(流派によっては地図上に北を使っている)その地図を相談者に提供しています。

 

極端に矮小な話になりますが、いまだに小池劇場に収まりがつかない。希望の党の代表の任を表明した。

いくら日本人が熱しやすく冷めやすく忘れっぽいとはいえ、あれからまだ22日しか経っていない。「私は代表の座を降り、皆様方をサポートしたい」なんて言われても、「挽回」どころか、「もう何を言っても信じられないな」と、さらなるイメージダウンを招くというのは、中学生でもわかる。

 

 ましてや、小池百合子という政治家は、有権者潜在的な不満を忖度して、分かりやすい「敵」を設定することで、自身のブランディングに活用してきた政治家である。

希望の党」では派手にヘタ(下手)を打ったが、ここまで雑な「二枚舌」を使ったらどうなるかという判断力は失っていないはずだ。

 

いつまでも収まらないには、焦って代表辞任をしたのには理由がある。

 

小池百合子都知事が、希望の党代表を辞任した。「都政に専念することで挽回を図る」との見立てが報じられているが、背景はそう単純ではない。小池氏のブランディングの「一丁目一番地」とも言える受動喫煙防止を戦場に、自民党山東昭子議員という“強敵”が現れたからだ。(窪田順生:ノンフィクションライターのレポートを引用)

山東議連に「日本最初の受動喫煙防止対策法案」という大きな政治的カードを奪われてしまうのではないかという「焦り」からではないのか、というのである。

 

いつまでも権力欲の強い人ですね。

私がずっと関わって来て思ったことは小池さんの政治的手法は政治を分かりやすくしたこと。

 

「分かりやすさ」と「正しさ」を選ぶとしたら、殆どの人が分かりやすさを選ぶ。しかし長いスパンでみると正しさが勝つ。分かりやすさは歴史的にみても皆が選ぶ、だが「知」でみると「あの時こうすればよかった」と思うはずである。それが僅か数日、数カ月で終わった。

やっと静かになると思ったが、問い合わせが続く。

やっとというか、いつもの「決まった手順」「お決まりの所作」「日課」などのルーティンに近いきまりきった仕事日々作業ルーチン-ワークが始まる。

 

ちょっと違って来たのは大森駅方面へ行くことが少なくなったことであろう。それによるお決まりの行動が狂って来た、違って来たということである。

 

私のルーティンに主流はやはり飲食である。生きることに支障を来すからで、そのウエイトは重要である。

 

いろいろ行きました。いろんな店でいろんな料理を食べましました。余り言うと未練がましいと言われるのですが「Rossえびす家」の影響が大きい。料理とマスター、マー君(息子)は正直未練がありますよ。楽しかった会話は今はないから拍子抜けしています。

 

「味」にはとてもうるさいとはよく言われるし自認している。それは今回は味を取るか、人間関係からくる居心地を取るかであるが、私は居心地を選んで「安らぐ店を探し歩いた」

 

それが「こんなところにCafé」だがまだまだですね。人間関係の構築というのはなかなか困難と極める。それは自分に問題がある。手古摺っている。

それは生年月日が分かったら証明できるだろうが、一ツ障害がある。否、それが丁度バランスなんでしょうね。気にする人がいないと例え客であろうが店とのバランスが悪くなる。

 

そんなに望むほど早くは居心地の良い環境は出来るものではありません。

何しろ70歳も生きていると癖だらけで個性の塊(かたまり)ですから、それでも結構、言動には気を使っているのですが、ムクムクを自我が出てしまうんです。

 

自己主張が強いんですね、良いところを見せたいと言うのではないのですが。そうではなくて知識は表現しないと身にならないんです。使わないと身にならないんです。

ブログはそのほんの少しの試みに過ぎない。

 

心理学の派閥にも自我心理学派と自己心理学派があります。 自我心理学派の歴史は古く、自己心理学派は新しいです。 優劣はありませんが、時代的に「自己」の方が、「自分の認識する世界は自分1人だけでなく、他人との相互関係も通じて成立してくる」という点で、現実的にも理解されやすいです。

 

フロイトは他人の存在は無重視して、自我が勝手にしていることにした。 自我は自己を動かして他者とかかわるため、直接他者にかかわることはない。 自己(セルフ)は自分自身で感じられるもの。直接他者と関わる。 他者視点での私の体験を自己と言う。 自分は悲しんでいる、など感じられる。 よって相手と共感することで他人の自己が観察できる。 

 

と何かに書いてありました。それだけ自己をあやゆる方面で見つめようとしたいるんですが。なかなかね?先人の言葉などで一気に自分が変えることが出来るならと視界を広めているんです。

 

今はやっと静かになりましたが、相変わらず無能の小池が今日希望の党の代表を辞任するという報道があったらしく与党から問い合わせがありました。

問い合わせをする必要がないと思うのですが、どうも公明党絡みでどう扱ったらいいかという内容でした。

 

どのように答えたと思いますか。後日。

 

私の周りは小池ファンばかりでした。一時的には、極端ですが意地が悪い私ですから「誰だっけ?小池小池と騒いでいたのは」とその当人を探しています。

 

そうした方の逃げている姿は滑稽で、まるで今の小池氏のようで惨めですね。

どこの居酒屋でもそうでした私は皆さんに批判されましたが、その人たちは今は知らん顔、

 

小池いじめはこのくらいにしておきます。でも収まらないのは支持した奴らです。相当批判の渦に巻き込まれました。

 

さて、世界的に見てサタンの力が増して来ていますから、世界はますます混乱するでしょう。でも世界が救われる救世主が現われると私は信じています。

 

ここで又小池氏に戻りますが、その救世主は身近な所にいるんです。既に。

それに小池氏がその方と大いに関わる人物(その方本人ではない。まだ、ご本人もその自覚がない)を晒し物にしたんです。その報いですね。

 

何度も言いますが小池氏は考えるだけで気持ちが悪くなるんです。あれ!何ですか?性別は?今の人相見て下さい。希望の党設立時の会見の顔と今は全く覇気がない。しわを隠しているファンデーションののりが悪いのがみじめ。でも小池氏の出現は面白かった。

 

何も背負っている物・者(憑依現象)はないが神も悪魔も価値のない人間として扱っているのでしょうね。(ただ騒がしているだけの存在)何かが憑依しているほうが遥かに人間的です。

暫くぶりに講演(座談)をする。

私の京都の叔母の入院と千葉習志野の叔母の体調不良、それと同時くらいの衆議院議員選挙ととても忙しかったので中断をしていた宗教団体青年部の講演依頼があった。

 

今回勘弁していただいたのはテーマがまだ準備不足で決まっていない。それを理由に時間をもらった。

しかし青年部が「30人くらいの参加者ですが、是非先生との座談会もいいのでは。希望者も多いので」と言って来た。

それもいいかなと思い受けることにした。それは実に何が出るか分からないという面白い2時間であった。

 

私の陰陽師としてが一番興味があるようでそれに最初は集中したが、幹部の方一人を例にして生年月日からその方を占う手順と、私がいつも強調する下記の言葉を添えた。

 

氣學とは「人間諸般の運勢と大気(大自然)とは密接な関わりを持つ」との考えに根を置き大気には、人がこの世に生を受けてから常に影響を受け続ける。

目に見えない時々刻々と変化する「氣」(エネルギー)が存在すると考え、その「氣」の種類・性質を探求することによって、人々の幸福に役立てようとする思想であり、その具体的手段としての占術であるといえます。

「氣學」は中国5000年以上の歴史からなる学問(運命学)であり、」経験値に基づいた統計学です。

生年月日を重要視するのは、私達はこの大自然の氣に触れ、生まれ出て後、産声を上げ呼吸をし始めた瞬間からその性格や運命に大きな影響を与えられそれぞれ一生を歩むといわれます。人間には様々な概念を学習や経験によって習得するのではなく、生まれた時から既に備わっているという生得説に従っています。

 

幹部の方を占うと、皆さん驚きを持って座談の半分以上はこの内容であった。

 

そして今回の衆議院選挙の与党側から受けた相談内容の話しが面白く捉えられた。私が最初から小池都知事に対し批判的であったことは証明されたこと。

実例を語ると笑いの渦で小池劇場はこうしたところぐらいは成功裡といえますね。だって「排除」してよかったんですよ。出なければ希望の党民進党の名が変わっただけになっていた。その方が最悪で小池氏は再起は絶望。でもナミの人間ではないですから。

 

又言いますが「大嫌い!気持ち悪い。何の力もないのに」。というと大笑い!

 

「先生は今衆議院選挙後の世界情勢(日本の行く末)をどう思われますか」という質問に即答えたのは「日本の最大の脅威は少子化です」というと皆さんキョトンとした顔をされているのが面白かった。

 

少子化対策こそ、今後国として勝利の道に繋がる(雑誌の言葉を引用する)

スウェーデン、フランス、イスラエル少子化対策の先進国です。

 

後は「強いていえば加えれば」「北朝鮮問題ですね」。

質問は冷戦時代には米ソが核戦争の危機があっても抑止(抑制)が効きましたよね。中国の習近平が外交音痴なだけでバカではありません。またイスラエル、インド、パキスタン三国は核保有を決して口にしない。

 

金正恩はあのヘヤ―スタイルですからね。何をするのか分からない気の小さい男ですから恐い!

 

私は北朝鮮空爆。第三次世界大戦は?答えると非難の的になりますから止め時ます。 人間は愚かですからね。日本から救世主でも出ない限りは救えないでしょうね。

 

日本は世界(地球大で考えると)のヘソです。中心です。米国トランプではなく、日本次第ということです。

 

話が北朝鮮ということになると面白くないですね。

宗教法人の座談に戻ります。30人の講演という堅苦しさがないのでとても楽しいのだが、参加者にこんなことを言われた。

 

「先生の発する言葉に古い(今があまり使われていない)言葉がよく出ますが」と言われた。

「例えば何ですか?」と尋ねると「必定(ひつじょう)」だという。そうかな?と思いながら「恐らく私は時代劇が好きだがら何気なく使っているのでしょうね。そんなに頻繁にですか?」と聞き直す。

 

それと「後生だから」という言葉という。

こんな言葉が印象に残っているのはただ!珍しいのと滅多に使わないから印象が強かったのだと思う。自分ではそんなに頻繁にとは思っていない。

「必定」は辞書でも

ひつ‐じょう〔‐ヂヤウ〕【必定】[名・形動]

そうなると決まっていること。必ずそうなると判断されること。また、そのさま。「このままいくと、失敗は必定だ」とある。その通りですがつかっているかな?

 

「後生(ごしょう)」は。

実はこれ、「後生一生」などという慣用句の省略形と考えられます。

 

後生一生の願い、というと、死ぬまでの一生と、さらに死んだ後生まれ変わった後の一生も含めて、たった一度のお願い、という意味で「それほど滅多にないお願い事」という意味なんですね。

 

で、この「後生(一生の願い)だから助けてください」の( )部分が消えてしまった形だと思います。とあります。

 

現代では「後生だから」という定型で「これひとつだけでいいから叶えて欲しい願い」を指す表現として定着しています。

 

まあつまり、省略されてしまうほどよく使われる言葉だったのでしょうし、よく使う=じゃあ滅多にないお願いじゃないんじゃないか、という別の突っ込みができるわけですが(笑)。

 

人前で語るということはこんな些細な事、細かいことに拘るのですね。もしかしたら格好つけて使っていたのかな。そんな性癖があるから。

やっと安らぐ店を見つけました。

今晩は「こんなところにCafé」に行ってきました。 えびす家Rossの精神的なRossを補う場所をやっと見つけました。それが「こんなところ」です。 居心地のいいところは自分自身で作り上げなければいけないと悟りました。

それは「こんなところ」は創業数カ月というところが私なり、私の好みに育て上げられる可能性があるということです。偉そうに言っているのではなく。

 

オーナーご夫婦もまだ飲食業としては「純」ですから、これから店の味を構築していくのでしょう。ですから私の世界も作りやすいのです。

 

というのも飲食には50年以上の関わりですが、客としてですが、えびす家は既に出来上がっている店です。私のような甘ったれには格式があり過ぎ、到底歴史の重みに負けてしまいます。オーナー夫婦には特段の何ともいえない重みがあります。 さて、古き関わりは既に何の未練もなくなりかけました。

「こんなところ」にも楽しさを発見し今晩は養源寺の御住職と共通の趣味である。カメラについてがきっかけで最後は宗教論にまで至りました。(住職の娘さん夫婦がオーナー)

 

調子に乗って言い過ぎを又やってしまいました。

前後のこの発言に至るまではかなりな高尚な会話はありました。

 

でもやっちゃいました。こんな発言をしてしまいました。

 

宗教というのは飼い馴らしのシステムです。

人間というのは飼い馴らされないと、羊や山羊や牛や馬のように飼い馴らされないと野獣なんだということで、飼い馴らしのシステムとして、イスラム教、あるいはそれ以前からあるユダヤ教、次いでキリスト教というのが成立してきたと思います。

これは大きな思想を生む根源になるのですけれども、飼い馴らしのシステムとしては、日本では仏教が六世紀半ば、奈良朝以前に入っていたわけです。と。 養源寺は日蓮宗、私の実家も同じですが、私は上述の考え方を持っています。

 

それを聞いている御住職は穏やかなお顔をされ、じっと聞いてくれていました。

何と愚かな調子の良い自分が恥ずかしくなりました。

その後話しを逸らし、自分が今まで描いて来た仏画の話に持っていくという手の込んだ会話になりました。

 

思ったんですが、私が知識をひけらかし住職に己の知識で、恐らくはそれは意図的に私をよく見せようとする自己顕示欲としか思えない。そんな自分が住職の前で示している。 それを住職はソフトの受け止めていることに気がつかないで調子よく司馬遼太郎等の名を連ね滔々と雄弁をふるっている自分が時を置き恥ずかしくなっているのを住職の姿勢で気がつかられました。 それは会話上のやり取りでしたが、住職の会話は一見平凡だがそれは檀家の方々にお話しをするかのように亡くなられた方に対する、それを何というのでしょうか説教ですか、実のソフトの返答が返ってくる。

 

私にはそれが出来ない。知識をひけらかす。愚かで恥ずかしくなりワイン一本を空けてふらつきながら家路にと、自分の方には重い後悔がドカッと背負って帰りました。

 

本当によかった。家に近く、ましてや吉方にあり、安らぐが但しメニューがまだまだである。

 

そうでした因みに「こんなところに」は「じゅん散歩」でTVに取り上げられました。

 

そうそう!えびす家Rossで友人たちが河豚とか冬の鍋物が楽しめないと嘆きましたのでそれはそれで是非行ってあげて下さいと言っています。

 

私は早くマー君(息子)の時代になることを楽しみにしています。生きているか

障がい者のイベントに参加(介助)、気持ちは清らかに。

昨晩は「こんなところにCafé」に吉方取りに行ってきました。 吉方とは行くたびに納得をしてしまうのですが、店が始めたばかりな割には混雑をしていました。 吉方とは人(客)も勿論「食」も何もかもが素晴らしい。いい方との出会い。食も開店当初に比べると工夫があるので美味しい。

今は金、土曜日しか夜がやっていないので、それも20時30分までなのです。 養源寺と墓場の間の闇間に存在するので奇異でむしろ 面妖、怪しいとさえ思うのである。

 

しかし違って来た。不思議なパワーを感じるようになったのである。それは寺の住職が何ともいえない穏やかであり、坊主というよりも不思議な言い方であるが普通の人なのである。この方の力が大きいのでは。

 

店の隣の裏から本門寺の五重塔に繋がる石段で首つり自殺があったくらいなのだがその思い(意識)がまるで感じていなかった。

 

幼い頃そこを通るだけで恐ろしさを感じたのです、石段の人間の足で蹴上げが、いくつもの水平な段(踏みづら)が異様な寒気すら感じたものでした。雅語では、きざはし(階)と言うところに汚らしい雑草が茂っているのだが、今は全く開放感が漂う。

 

否、違う!今こうしてこの文章を書いていても私の手や右足に何かが憑依している。不快ではないが恐らく女性であろう。この迷霊はこのCaféが出来たことを喜んでいるのかもしれない。憑依は私の場合は痺(しび)れや痒(かゆ)み賭して現われる。 今は顔にもピリピリと軽く痙攣(けいれん)する。今また手にも痺れが。何かを訴えているのでしょうね。存在を分かってくれたのを喜んでいるのかもしれない。 何だか肩まで重くなって来た。「存在を分かってくれた!」と言いたいのでしょう。

 

そんなお店でも何となく不思議なパワーがある。 何なんだろうと考えているよりもそれを知らせたい人が数人いる。

 

今朝は知的障害者のお婆さんが通う施設の年一回のイベントがある。それに私が十年間という何回だったでしょうか。障害者の中で普通の方が体験したことのない光景の中で介護(付添い)をしている。

 

39回というのですが区議、都議、衆議院議員、これだけでも20人以上。その他に施設に関わる方々と福祉関係の方々、それぞれの挨拶で寒空の中で挨拶が始まる。

 

その他、催しものが盛りだくさん。でもそのお婆さんは寒さに耐え切れず、早めの昼食を施設内で昼食にして頂く。

 

実は私としてはそのイベント内での出店が面白い。10年での結論としては唐揚げは特別の美味しい。

後は自家製のパン、これは数点購入した。

 

そこで障害者ですがその光景は異常です。(それは我々から見たらですが)

ぴょんと跳ね回る人。大田区長の挨拶中でも目の前をぴょんぴょん跳ね回る。

 

大声を出す人不思議な行動をします。それに仕事とはいえ対応する施設のスタッフの眼の輝きが澄んでとても綺麗。身を捨てて食事中でもそれを中断して対応する。

 

こんな方々と一緒に又その環境にいる自分はきっと精神を清められていると思う。

こんな障がい者、そのスタッフとボランティアでイベントに協力をしている男性も女性も何と飾り気がないがシンプルで美しい。化粧気のない女性で決して派手ではないむしろ地味な服を着ているが美しい。目だろうな!輝いている。

 

そんな気持ちが洗われて気分が良いままの上述の「こんなところにCafé」へ。

ゴルフレッスン後、何処へも行く気になれず。家で過ごす。

30日月曜日のラウンドレッスンは必ず行くようにしている。

とても気分転換になり、たかがゴルフといえども自分の性格、欠陥を知ることにもなり、そのスイングの問題点は全てが体力以外の精神的な事が原因であることは見にしみている。

 

この課題を克服することは人間的にも成長することになる。

 

今回は散々であった。というのはまともな理由がある。それは台風の襲来である。

天気予報は気をつけて見ていたが、30日に通り過ぎても風などの影響でアクアラインが通行止めになる可能性が高い。気持ちは半々であった。

 

それで前夜飲み始めてしまった。それは梅酒を飲んだのもいけなかった。

梅酒だが度数が高いので深酔いをしてしまった。夕方プロからメールで行くことになり、慌てる。

それでも何とかなると思い翌朝を迎える。(梅酒は昨年初めて作ってみました。梅も10個近く食べてしまいました)それでも股関節ストレッチなど柔軟体操をする。

 

ラウンド中も下半身に力が入らない。言い訳は嫌なので我慢をしたラウンドをしていたが、体もそうだが、頭(思考)も混乱状態であった。 最近はレッスンでは絶好調が故により安定したスイングを求めていた。それが二日酔いもあるが思考が混乱していた。やっていたことが出来ない。すっかり元の木阿弥。

とんでもないミスを何度もおかしてしまった。

 

プロとBACCOで食事をし、反省会。そこで自分にもプロにも課題を与えた。

励まされたが「上昇し、調子を落とすがどん底までは行かない。少しずつ積み上げるのですよ」と。ヤケ飲みにプロが付き合いワイン2ボトルを空けてしまった。

 

次回は11月27日がラウンドレッスンです。

 

11月に入りました。水曜日はゴルフレッスンで30日のラウンドの反省レッスン。

プロが解決法を考えてくれていた。それと私が考えている方法とは一致はしないが、何処かで一致するところがある。 さて試行錯誤を繰り返し一時間、レッスンに費やする。プロのアドバイスを試す、私のドローボールのスイングを試すが結論には至らない。

 

さて次は金曜日がレッスン日なのでそれまでに決めることにする。 ただプロの言葉に私に対する思いやりであろう。言葉があった。

プロは仲間をつくりもっとラウンド経験を積んでくださいということなのである。 でも私は28年間ゴルフを封印しましたのでゴル友達は大分失いました。 盛んにしていたころはパブル期、その仲間は今は行方知れず、倒産による夜逃げ、自殺、程度の良いのは落ちぶれて立ち飲み屋で見かけた。 後はヤクザさん。落ちぶれに入る私はこの仲間ではまあまあ救われた方ですね。

 

さあ!これからはどんなゴルフ人生を歩むのでしょうか。(年間60~90ラウンドとは行きませんが) ゴルフ会員権と車(ゴルフには必要)は今のところ課題です。。

刻み煙草が届き、煙管が楽しめる。

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<純銀製の延べ煙管>

 

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<如心/じょしん>金属部は真鍮です。如心と延べ煙管を買いました。

 

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煙管(キセル)を二本買ったのだが、刻みタバコが届かない。

ネットでの購入で煙管は直ぐに届いたが、その前に年齢の確認の通知が届いている。軽く考えていたら、刻み煙草だけが届かないのは不思議に思っていた。

 

「そうだ!」と思わず膝を打った。コンビニでタバコを買うと年齢確認がある。それと同じなんだと気付いた。

 

年齢確認の通知を改めてみますと「なるほど!そうだったのか」と幾つかの確認方法が記載されていたが、私は免許証をコピーし郵送した。(叔母が遺言状に私にお金を残す為に住民票が必要というので一緒に送った)

 

すると本日早速、宅急便で刻みタバコ(宝船)が届いた(年齢確認が届いたのだろう)

 

早速、刻みタバコを慣れぬ手つきで「煙管の基礎知識を参考に」丸めて煙管の火皿(煙管の部位名)に、初めて吸ってみると紙巻きタバコに比べるとソフトで美味しい。

 

それは煙管にもよるがやはり羅宇(らう)の部分が竹の場合は味がソフトですね。名は如心(じょしん・きせる)という煙管。

まだ全体が金属(銀製)なのは吸っていないがこれは味がシャープだそうです。名は延べ煙管(のべ・ぎせる)と言います。これは高額でした。

 

煙管の持ち方も武士、町人、農民、博徒違うのです。格好いいし、雰囲気がある。

 

如心の煙管を寝る前に「もう一服!」実に紙巻きタバコでは味わえないマイルドさが何ともいえない。今までこうした味わいは経験がない。

 

今は便利で銜(くわ)えて火をつければいいタバコがわざわざ煙管で面倒くさいがこの手間分の味を楽しめる。暫く楽しんでみるかな。

昔の人は全てに手間をかけても深い世界を知っているんですね。

 

戻るも好し!。(良し)

 

30日月曜日はラウンドレッスン、相当アッパンダウンの狭いコースらしいが眺望が非常に良いらしい。でも台風22号の影響がどうなのか、連絡が入る予定である。

 

東京湾アクアラインが台風が去っても風の影響で走行できない場合も想定できる。

 

今、プロからメールが入り行くことになりました。