叔母の介護疲れでも衆議院選挙の問い合わせがある。

今度は習志野の叔母が転倒して御近所の方から連絡が入る。

お花の先生をしていたのでお弟子さんが独り暮らしの叔母のお世話をしてくれている。でも私が頼られるのはやはり土・日曜日トラブルがあると叔母か御近所の方から連絡が入る。

 

日曜日はボランティアで障害者の集いに知的障害者のお婆さんをお連れしなくてはならない。大田区体育館までだが今回は助かる。

ずっと送迎をしていたが、今回は送るだけ半日で済むことで午後は自分の時間が作れるが、でも外は”雨”それも冷たい雨で洗濯は溜まるし外出する気にもなれず、かといって仕事は叔母の介護疲れでする気にもなれず。

 

いまだに前妻が又やってくるのかもしれないと落ち着かない。まあ!ないであろうとは思っているが外から聞こえる人の声、何やら音がするとピックっと意識がそこへ向く。

 

それでも必ず行くのはゴルフのレッスンいつもは水・金曜日だが今回は水曜日がプロの都合で中止。それで月曜日、本日に変更された。

 

行きますよ!ストレスが溜まり、リセットする為にもゴルフボールを一週1000発は打たないとすっきりしません。(週三回のレッスンで当初は二回でしたが)

 

突然問い合わせが、与党ですが「10月の小池さんの運気が最高という人気占い師が言っていますが、どうなりますか?」という内容でした。

 

「そうとも言えますが、その後の結果が残酷ですね。”民進党をリセット(排除)”と言った愚かな言葉が不味かった」支持率も急落!私の言う通りになりました。本音(愚かさ)が出てしまいました。

 

10月はね、確かに運気が二重丸、でも11月から下降線、急な落ち込みで12月は最悪、1月までには相当な結果が待ち受けていますね。 待ち受けると言うのは例えば希望の党が多数当選したとします。議員の大多数がガラクタ揃い、党として議員とした何とかチュルドレン(小泉、小沢など)と同じ運命辿り、小池さんはそれよりも政治家として、都知事として惨めな運命と辿るでしょう。希望の党が都議選のように延びたら延びたで悩ましいですね。

 

因みに安倍首相は7月~9月は良くないですね。でも10月から上昇期に入ります。

このことも面白い現象ですね。皮肉ですね。象意はそうなっています。

 

象意とは、その結果と象意が頭の中でピッタリ一致することがありますから、その時に「ああ、こういうことなのか」と思いましょう。それが正解です。

いつまでも学ぶことは多くあります。

金曜日から土曜日にかけて前妻が訪ねてきました。 それには事情があり、私を頼って来たのですが行くところがない事情は心得ているので受け入れました。

暫くぶりにそれこそ小池百合子大好き、盲目です。 それについてはかなりなディベートになりましたが、それはそうした市民運動など積極的に活動しているからなので論戦には私は負けません。

 

元夫婦ですが、それで終わることはないのですが(この表現は誤解が伴いますね。過去に触れて嫌気がさすということです)、疲れ果て同じベットでなるわけですから、男女、夫婦とは不思議な縁といえますね。

 

もう一晩泊まる予定でしたが、帰って行かなければならない事態が起こり帰りました。

私としては「障害者の集い」にボランティアで参加しなければならないので家にいられるよりは安心しました。

 

落ち着いて吉方取りが東で出来ました。それで開放感(前妻が居ない)からお好み焼き屋の「膳」に行ってきました。

 

いやいや知らないとはいえ、お好み焼き意外に摘みの豊富さは驚くべきものがあります。

マスターに今度メニューの端から注文しますと言って帰りました。

 

実に工夫があり、面白い料理があるので楽しみです。E店に拘って今まで何十年通っていましたが、世間知らずでした。「お好み焼き屋」ですよ。

 

料理というのは美味しいだけではない。その店の醸しだす雰囲気は人間性が重要なんだと70歳で悟りました。

 

料理と人(経営方針)ですね。店としては総合的なバランスです。それを欠ける要素はあるならばそれは店が乗り越える勇気か、客がそれ以上に人間的に優れていなければなりません。

 

私は凡人でした。甘えん坊でそれを店に求めて叶わなかったことが今回、素晴らしい店がいくつも何処にでもあることを知りました(店の見た目も気にしていた)

 

世間は広い、素晴らしい店と人がいるということです。

 

「膳」はお薦めです。実にフレキシビリティなそれが魅力です。

今晩は坊さんが三人呑んでました(お坊さんの愚痴も面白い)

小池百合子氏の政見放送を聞いていて気持ち悪くなる。

大森で飲食をした帰りは30分歩いて帰るのだが、途中春日橋近くでお好み焼き屋がある。

お好み焼きなどは家で食べるもので料理としては簡単でわざわざ食べに行くものではないとズーット思っていた。

 

出張でも広島へは行っていましたが全く興味がなかった。ところが娘は大のモンジャ好きで美味しいと聞いていたのでモンジャは興味があった。

 

いつもその店は混んでいるので通るたびに覗きこんでいた。それは興味はあったが自宅に近いので知り合いが多いのではと避けていた。

 

でも生まれた初めて行きました。

入って驚いた。広島風お好み焼き(いろんな種類がある)でも分からぬまま海産風というのを注文した。

焼きそば、キャベツがたっぷり入りさっぱり気味で美味しかった。強いて言えば醤油、、ソース好きな私にはソースがもっとあったらいいなと思ったくらいです。

 

でも居酒屋としても面白い、おでん、サイコロステーキ、ステーキなど当然と思えばそうだが鉄板があるので納得はいったが摘みになるメニューが豊富で今後は通うつもりだ。何しろ豊富なので今後が楽しみです。

 

サラダもある。が近いので当日も中学の同級生が居た。それぐらいの躊躇いがある。

強いて言えば居心地として他の客との席の間隔が狭い。此処にのぞむのは贅沢かな。

 

私は独りで飲むのが好きで自分のスペース(空間)を大事にする。

 

実は外へ出たくて近くのお好み焼き屋「膳」に行ったのは理由がある。

希望の党政見放送を見ていた時、小池百合子が党首として政見放送をしていた

なにやら国政、政治に女性が関わるのが日本は世界で100何番目とか表で表していた。

 

実に話も上手い。天才詐欺師たる所以であろう。喋りもまさに秀抜である。

それを聞いていて気持ちが悪くなって来たのである。

 

この女性の政界進出も実に数を問題にしているがくだらない。

三浦まり上智大教授(政治学)は「そもそも民主主義で一番大事なのは、議員は代理人であるということ。女性議員を増やす目的は女性たちの声をすくい上げることで、やみくもに増やしたり、議員本人が目立ったりというだけでは意味がない。一過性のブームでなく、政治に参画する女性が途切れない持続可能な増え方かどうかがポイントだ」とくぎを刺す。ジャーナリストの治部(じぶ)れんげさんも「価値観や中身の多様性が大事。既存の枠組みに過剰適応した女性が集まっても意味がない」と“議員の質”を重視する。

 

と言っている。本当にそうだ。

 

小池氏は自らの出馬を否定している。いわば、真に国政に責任をいうという意味での「御神輿(みこし)」を持たないまま、祭を始めている。有権者は戸惑わざるを得ない。

 

都民ファーストの国政進出は小池百合子という人物を考えれば、大いにあり得る訳です。日本新党新進党自民党などと移り変わる中で、彼女は「政治的コミニュケ―ションの天才」であっても、「政治の天才」ではない。防衛大臣でも環境大臣でも、脚光は浴びても政策がついてこない。プレゼンテーションの新鮮さはあってもコンテンツがない。この手法は長くは続かない。ですから都民ファーストは、都政だけでは間違いなく失速する。そこで「今度は国政に」となったのでしょう。

 

ちょっと話が逸れるが女性で経済評論家の荻原なにがしという人は当初「小池さん、小池さん」と大いに賛美していましたが、今は全く小池の「こ」の字もない。

こういう人、特に女性が多かったですね。

この種の人がある程度は選挙で希望の党に入れるでしょうね。身近に多いんですよ。まだこんな人が。石原、舛添氏の方がよっぽどましでした。

 

日本が本当に心配ですね。安倍さんは世界が必要としているんです。森友、加計問題?小さい小さい。

政治とは魑魅魍魎な世界ですね。

新幹線内で退屈なのでブログを書いています。

日帰りで京都から戻るバスの中で主婦二人は会話をしている。普通の女性たちだが会話が聞こえてくるが、主婦同士に会話と耳には入るが気に留めていない。

 

でも一人の女性から「-を否(いな)めない」という言葉は発せられた。「オヤ!」と思わずその女性の顔を拝んでしまった。意味は「断れないとか否定できない」

 

会話上はなかなか使いませんから見た目では判断をしてはいけませんね。

 

この前は中学生が「立つ瀬がない」と会話で使っていた。意味は「面目を失う。立場を失い苦境におちいる」ですが、これも余り使いませんよね。「やんなっちゃう!恥かいた」とか言います。

 

それで会話に聞き耳を立てていると「火を見るより明らか」=きわめて明らかで、疑いを入れる余地がないということですが中学生の会話でしたら「確かよね!」とか「間違いないよね」とか言うでしょう。

 

きっとこの中学生は本をよく読んでいる娘なんでしょう。普段の会話に自然にはなかなか出るものではありません。

 

私はTVで特に時代劇などを見ていると調べたくなる言葉が良く出てくる。それを調べるのも習慣化しているが、これも出会い実に楽しい。

 

こんな言葉も「かりそめ」なんて言うのも使用例はごく少なくなりましたが、私は何気なく他人の会話を二つの耳でしっかりと情報を集めている。

 

でも日本語っていいですよね。和臭(わしゅう)が漂う。

 

新幹線に乗っているといろんな人と出会う。

サラリーマン風な二人連れ、今回の衆議院選挙の話しから、株価の動向を気にしているような会話をしていた。

 

私が薄笑いをしていたのか、話しかけられた(というよりも飲食、缶ビールと摘みが美味しそうに見えたのか) 「うるさくて、すいません!」と言いながら又話が熱を帯びてくる。

小池東京都知事の「希望の党」の話に及んでいた。又私を見てうるさいのを詫びように頭を下げて来た。

 

「いや、いや結構ですよ。気にしていません。面白い話で楽しいです」と返答。

その後意見を求められ、何気ない無難な会話に終始する。

 

どうも希望の党の若狭議員を良く知っている人らしい。都民ファーストを脱退した都議二人の話になると頂点に達していた。

 

私の年齢を聞いて途端に姿勢を但し、意見を求められたので一言最後に言いました。

 

都民ファーストの会は、情報公開を掲げて都議選を戦ったにもかかわらず、所属都議の取材窓口は党本部に一本化するなど、事実上、取材規制を行っている。55人の都議のうち39人が新人であり、未熟さによる失言や不用意な発言を防ごうというのが、その理由だと指摘されていますよね」

.

「要するに小池氏以外は、まともにマスコミ対応もできない集団だということです。だが“隠すより現る”と言われるように、政治家としての力がない者は、いずれその本性を暴かれることになるでしょう。小池氏頼みの連中は、絶頂期というものは、そうそう長くは続かないことを間もなく知ることになるでしょう」と。

 

「驕れる者久しからず、ただ春の夜の如し」と話しを締めました。

 

新幹線内では退屈なのでPCを携帯しブログを書いています。

 

いい加減でよかった。

曽野綾子さんの言葉に安堵しました。

まず私は自殺など絶対にしないであろう。それは人の死に対する考え方や価値観などは個人で異なりますが、死生観とは大袈裟には言いません。

 

自殺に追い込まれる人の多くは多分当事者が几帳面で、物事をゆるがせにできない。性格の人だろう、と思う。

世の中には、さぼる、という形で、その人の直面して困難を、部分的に回避して、大して心に負担を覚えないでいられる性格の人もいるのである。私はそうである。

 

言い訳ッぽいですがこれは一つの才能だと私は思っている。

 

人間というのは、誰か他人が評価するよりもずっと、自分で自分のことを常に評価し続けています。そのような機能が、脳(前頭葉・内側前頭葉前野)のあることが知られているくらいです。なので、他人の言葉よりも、自分の思い込みの方が、コンプレックスを強くしているのです。

 

人間は心が傷ついてしまう時には、誰かの言葉そのものが、その人の心を気づつけるのではないのです。自分自身の持っているネガティブな自己評価を、誰かの言葉が後押しし、この言葉に同意してしまったときに、人は傷つくのです。つまり、その言葉を肯定することで、自分を傷つけてしまいます。

 

ですが人間は無意識に「誰かが何を言ったとしても、自分自身が持っている”自己イメージ”に合致することしか同意しない」という性格を持っています。

 

私はいい加減な面ととても丁寧な真面目な部分があるのですが、誰でもそうですかね。 離婚して子供二人が女房について行かずに私を選びました。

正直立派な父親ではなかったので驚きました。お手伝いさんがいて豊かな生活をしていましたから料理など全く出来ません。

女房から「明日、この家を出て行きますからとご飯の炊き方、味噌汁の作り方だけを教えてもらって父子家庭が始まりました。

 

途方にくれましたが、初日の話など語ると涙涙!でした。

それでも上述の話ですが、私は適当にいい加減でしたから、友人、知人に頼って助けてもらったり、直ぐに彼女をつくって料理をしてもらったり。

 

私の会社で25年尽くしてくれた女性が随分と力になってくれました。

父子家庭でしたから、頼ってばかりとは行きませんので料理は料理学校で特別に個人教授で基本を習い、料理本で料理を覚え、今では一人前です。

 

でもなるべくてを抜いた見た目のいい料理ばかりです。楽に楽しく、美味しく、健康的なことだけを心掛けていました。

 

一度だけ子供二人が寝静まった時に二人の顔を見に部屋へ行き、自殺を考えたことがあります。

淋しくて淋しくてしょうがなかったことがありました。でも道連れには出来ませんから、留まりました。

 

意外と繊細なところもあるんです。淋しがり屋の甘えん坊なので父親でありながら子供が三人暮らしていたもんなんです。

 

子供には甘えられませんから、強い頼りがいのある父親でなければね。頑張っちゃったんです。

でも直ぐに彼女をつくって週末には泊まって子育てを放棄したのですが、返ってその方が人間らしいと思うのですが。子供はどう思っていたのか。

 

育て上げ、一人と一匹のワンちゃんと暮らすことになりました。今は独居老人、65歳近くになって半強制的に知り合いのアパートに押し込まれてしまいました。

 

叔母二人と子供による私のことは心配で今は六畳一間、台所、風呂トイレという生活です。

その替わり新聞や郵便が溜まっていると大家さんが飛んできます。それが目的ですからね。

 

成人して母親と堂々と会うようになると子供二人は豹変、母親から私の女癖の悪さといい加減さなど悪口雑言の限りを尽くし子供達も徐々に洗脳され今や疎遠になり、母親べったりです。「母は強し」ね。子宮は強い(母の胎盤にいたというのは)。

 

でもね私は饒舌なようで意外と肝心な事は言わない(良く言われます)言い訳が嫌いなんです。子供にはどんな誤解が生じているかは知っていますし、説明もできますが言葉というのはね、納得するには時が経たなければ分かりませんと考えちゃうんです。

 

人はいろいろです。恐らく長生きでしょうね。

忙しいのでパニックです。イラついています。

この文章は新幹線で書いています。

京都の叔母が危険な状態で私のことを呼んでいると娘(一番下の従妹)から連絡があり、駆けつけました。

私の母が私が誕生して、一度も抱かずに短い生涯を終えた。その私を祖母と母の妹である次女、三女が私を育ててくれた。 其の三女が今回危険な状態なのである。今回で二度目なのだが私のことが心配でたまらないのである(娘が焼きもちを焼く)

 

母が私のことを祖母と妹二人に「この子を頼みますと」頼んで亡くなったので、その思いは一入(ひとしお)であろう。 駆けつけるだけのことであるが、娘も安心(頼りにする)してくれる位が私の役割しかない。

 

愚かであるが、仕事が溜まっていて、どちらかというと気分は殆どがそちらに向いている。

でも帰りの新幹線ではウイスキーで疲れと気分を癒す。

 

ウイスキーには、この夜の気分(善し悪しは別にして)と己の愚かさをヤンワリと流してくれるところがある。それにシューマイを摘みのするのが私の好み。

 

このひとときで、どれだけ私が救われたかと思う。しかも美味しい。

 

最後になるかと叔母の家にあった叔母と私の近影の写真があったので、こっそりとバックに入れて持ち帰ってしまった。というのは亡くなった母にこの叔母がそっくりなんです。

 

私の気持ちを騙してでも母と一緒に撮った写真と思い込めるような、そんな写真であった。偽装家族とか娘の存在に新たに加わりました。

 

二人とも近影ではありますが母の一緒に写った写真です。

 

新幹線の車中でもメールで今回の選挙に関わる問い合わせが多い。

私の占いの通り小池百合知事がとうとう正体がバレ始めた。一時は私の占いを批判する人が圧倒的に多かった。ざまあ!みろ。稀代の詐欺師であり、政界のモンスターである。

 

混沌とした政界のなりゆき。さしあたっての政治の情勢をも頻繁に問い合わせが殺到する。

新幹線の車中ではロクな回答は出来ない。

イラついてこんなことを数人の政治家に送った。嫌味も含めて。(期待も)

 

「人間も物も、すべて善と悪、賢と愚を合わせ持った存在なのだ。善だけを持った存在は神しかなく、悪だけを持つ存在として悪魔という概念が出来た。この中間に生きる人間の二面性を理解できる日本人をつくれば、日本は必ず精神的に強い国家にあるだろう」

 

自民党は「教育」を選挙では掲げている。

「日本の教育はもっと哲学的に深くなければならない。「皆いい子」ではなく、「人間皆平等でもない」という現実を、姿勢を正しく教え、その解決に向かって働ける勇気ある人をつくらなければならない。その勇気こそが、故人の運命を「想定外」に大きく明るく改変しうる力なのである」

 

私の願いでもある。

 

IpadのLINEが調子悪いので大森の auに一番で向かった。

そこでE店のマー君(息子)に会いました。一瞬仕事着の姿しか見ていないので分からなかった。

でも懐かしいと思うくらい行っていないので通常に挨拶を交わし、マー君も商売人として当たり前な誘いの言葉をかけてくれた。

 

マスターとマー君は相性がいいので懐かしさは人一倍あるのだが、LINEで行かなくなった理由を初めて明かした。

美味しい料理を美味しく頂けないというのは料理屋としては行く意味がないのでそんなような理由を説明した。

 

マー君は性格が好きでね。変な表現ですが可愛がっていた。

それと絵描き的な表現ですが透き通るような聡明さがある、それが素直すぎて頑固さとして映るのであろう。職人とはそういうものです。わたしもそうですから。

 

今は忙しいので落ち着いたら日曜日にでも食事に誘うか

方位を犯して享楽にふけると其の償いを受ける。

暦を毎月送っている皆さん!

こんな経験をしました。29日金曜日ですが暦を見て北東は暗剣殺⇔五黄殺でした。暦ではア(暗剣殺)と五(五黄殺)ですね。

 

私としては食事をするのに「こんなところにCafé」が南西でしたから、これも北東の反対が南西でアでした。それで「ゴンジャ」行くつもりが途中で北東のイタリアンに行ってしまいました。

 

当然方位除けをして向かいましたが、「凶」の磁場でいえば軽減しているだけなのです。

案の定その店で私自身で自分を追い込んでしまいました。

恥ずかしいですが自分の悪いところが出てしまい、見栄を張ってしまったことが自分を苦しくしてしまいました。

 

五黄殺とは

五黄殺とは、五黄土星の象意によって、自ら自発的に死を招く方災である。

 

五黄殺の方位に引越(移転)・旅行等をすると、あらゆる災難の原因を自ら作りやすくなり、徐々に自滅していくことが特徴である。

 

自らの考え方、言動、肉体の全てが内部もしくは内面から腐敗・破壊されていき、 死病に襲われたり、事件を起こしたり、悪業を平気で行うようになる人がでてくる。

 

自らが原因で、もめ事や争い事になりやすく、トラブルが絶えなくなってくる場合が多い。

また、五黄殺方位に移転したりすると、ごく稀に人生が一見発展したかのように(花開いたように)社会的な注目を集めたり、思いもかけない大金を手にすることもあるが、結局最終的には、徐々に何もかも失い、自滅に向かっていく人が多い。

 

五黄殺による災厄の一例として、 死病、ガン、難病、原因不明の病気、悪性の腫瘍、自殺、中毒死、殺人を犯す、破産、倒産、内臓の腐敗、高熱、自家発火の火事、焼死、自己原因による交通事故死、精神異常をきたす、などがある。

 

自動的に事故・事件などの災難を起こしやすくなる大凶方である。 尚、五黄土星が回座している方位に関連した事象が五黄土星の象意と合わさって特に強く出やすい。

 

要するに自動的であり、自己原因による自滅の道を辿るのである。

他人様には方位と吉方取りを薦めていながら、自分で犯したしまった報いです。

 

現にE店には全く疎遠になり(北東)ただ適当な距離間ではBACCO、ベネディーレには通っています。

 

でも北東ならではの障害、対人関係では足を引っ張る人、何かと不愉快な思いをさせる人、そういう場所になるのである。

まあ!E店には息子さんとマスターには懐かしさはあるが、これも縁でしょうね。

 

でもそういったミステリー方位には魔力(魔性)みたいな危険ながらも引きつける不思議さもあるのです。

 

全ての吉凶には必ず原因があります。暦でその日の方位を見て下さいね。

 

自身の気を引き締めて明日はボランティアで午前中は知的障害者のお婆ちゃんのお世話に行きます。そして午後はゴルフレッスンその帰りには「こんなところにCafé」でスパゲティとビールでも考えています。

 

改めて明日は南西「こんなところにCafé」が吉方位なので吉方取りも兼ねて行ってきます。

 

今日はボランティアから帰ると忙しかった。

洗濯が夏の綿毛布の洗濯、勿論衣服、下着もありました。それだけではありません。

ゴルフ以外のは出かけることが少なくなったので料理をするようになりました。

 

今日は洗濯をしながら、大根と手羽先の煮物(大根に煮物が大好物)、手羽元の酢醤油煮(レタスで包んで食べるのが大好き)を圧力釜で調理しました。 忙しかったです。今大根が今一つですね。旬ではないのでしょうか。

 

明日はカジキマグロのソテー、バルサミコソースで調理します。

後はこんにゃくの炒め煮を摘みに作ります。健康的でしょう。

こんにゃくは灰汁抜きをし、ごま油で炒めます。だしの素と砂糖を加えてさっと混ぜる。。

それにみりん、醤油、酒を加えます。

 

それに唐辛子、いりごまを絡めますと良い摘みになります。